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 羽白と学校でも話すようになってから数日後、彼女は奇妙なことを言い出すようになった。誰かに見られている感じがして落ち着かないのだという。それは、いつものことだろうと思ったのだが、どうもそうではないらしい。決まって、俺や榊たちと会話をしているときに、覗かれているように感じるのだそうだ。


 そして、それは今日も同じだった。


 羽白が妙に怯えていたので、仕方なく人目に付かない体育館裏に集まったのだが、例によって羽白は、また気配を感じると言い出した。


「羽白、またか?」

「うん……。そこの曲がり角に誰か……」


 人影はないが一応確認しようと思い、曲がり角へ近づこうとした。


 すると、そこから現れたのは――小柄な美少女だった。


「ごきげんよう」

「有栖川さん!? なんで?」


 有栖川は他に人がいないか確認するように辺りを見回してから、手招きをした。


「龍ヶ崎さん、ちょっとこちらへ来ていただけません?」


 榊は言われた通りに、近づいた。

 すると、有栖川はにこっと微笑んで、素早く榊のネクタイをつかんで顔を引き寄せた。


「てめぇ、なんだよ! その眼鏡は!!!」


 突然の有栖川の豹変に俺たちは絶句した。


「これは、伊達眼鏡だが」

「なんで! 伊達眼鏡なんだよ!」

「昔の俺が眼鏡だったからな」

「じゃあ、その髪は!」

「これは俺の趣味」

「趣味って!!!!!」


 有栖川はゼエゼエと肩で息をしながら、頭を押さえている。


 俺は今の流れでだいたい理解した。榊も恐らく、理解しているだろう。


 有栖川瑠璃子は――――龍ヶ崎大悟だ。


 高井が羽白に生まれ変わったように、龍ヶ崎もまた有栖川に生まれ変わったんだ……。しかし、よりによってお嬢様とは……。


「ギャップが凄い……」

「なんだテメェ」


 有栖川が俺を睨んだ。小柄な美少女ではあるが、そこはさすがの元不良……威圧感が凄まじい。


「いや……なんでもないっす」


 羽白は有栖川の突然の怒号に泣きそうになっている。

 有栖川はそんなことなどお構いなしに話を続けた。


「お前ら、俺の正体……わかってんだろ?」

「龍ヶ崎大悟、だろ?」


 榊は解けたネクタイを直しながら、有栖川の元の名を口にした。


「そうだ。その体の元持ち主だ」

「それで、龍ヶ崎。何の用だ? 体を返してほしいのか?」

「え? 返せるの?」

「無理だ」

「じゃあ聞くな!」


「俺たちのことはどこまで知ってるんだ?」


 有栖川は咳払いをして、腰に手を当てる。


「俺が盗み聞きしたのは、そこの女が高井で、今の高井が別人のおっさんってところまでだな」


 それから、俺たちは有栖川に羽白のときと同じように転生の経緯を伝えた。


「……そうか、死んで生まれ変わったってことか。そこは俺と同じだな」


 そういえば、羽白にも転生の直前のことは聞いていなかったな。彼らは原作から退場した後、どういう人生を送ったのだろう。


「死んだ理由とか、教えてもらえないか?」

「事故だよ。俺は色々あってここを退学したんだが、その3年後くらいにバイクでやらかして死んだのさ。……お前はどうなんだよ高井」


 高井は有栖川を直視できないようだった。彼女の視線は有栖川から逃げるように下を向いている。


「僕も……そんな感じ」


「そんな感じって……。羽白も事故で?」


 思わず聞いてしまった。……自分の死に関することなんて誰も語りたくないはずなのに。


「はい……。20歳になる前に死にました」


 嫌な単語が頭をよぎった。


「まさか、羽白……お前」

「え? あぁ、事故だよ。詳しいことは覚えてないんだけど。少なくとも、自分で死んだわけじゃないから」

「そうか……。悪い……嫌なこと聞いちゃったな」

「い、いえ。こういう状況だし、気になるのはしょうがないことだよ」


「俺はもう慣れたけどな。高井、お前だって15年、その体で生きてきたわけだろ? まだウジウジしてんのか? いい加減、受け入れろよ。今の人生をよ」

「そ、それは……」


 コイツ……。そう簡単に割り切れる問題じゃないだろ。


「その割には有栖川も未練たらたらって感じだぜ?」


 榊はおどけた口調で言うと、有栖川は榊を睨んだ。


「何が言いたい」

「なんで、この学校に来たんだよ。ご立派な家の娘さんなんだろ? お嬢様学校にでも通えばいいものを」

「それは……」


 有栖川は口をもごもごさせて、何も言い返せなかった。


 少し安心した。強がってはいるものの、有栖川だって何か思うところがあるのだろう。過去と決別したわけではないんだ。


 榊は、ばつが悪そうに黙り込む有栖川の頭にぽんっと手を置いた。


「気になったんだろ? 龍ヶ崎大悟のことが」

「やめろ! バカ! 触るな!」


 有栖川は手を払いのけると、一歩下がった。


「……この世界に昔の自分がいるって知ったとき、少し気になった。それは単なる好奇心で……」


 有栖川は真っ直ぐにかつての自分の顔を見つめた。


「いや、そうじゃないな。今の俺なら、昔のバカな自分を救ってやれるんじゃないかと思ったんだ」


 榊は優しく微笑んだ。


「お前はそういうやつだ。有栖川」

「……15年分の俺の記憶を持ってるのは恐ろしいな」


 有栖川は照れくさそうに笑った。


 ◇


 スマホの時計を確認すると、チャイムが鳴るまであまり余裕がないことがわかった。

 そろそろ、教室に戻らないと。羽白が授業をサボるなんてことになれば大事件になるだろうし……。


「お互い、まだ話し足りない感じだとは思うけど、そろそろ戻るか」

「もうそんな時間か」


 有栖川が素直に切り上げたことを不思議に思った。てっきり、次の授業はなしだ! 聞きたいことが山ほどある! とか言うのかと思ったのに。


「続きは放課後に」

「あぁ、それは無理」

「え?」

「真っ直ぐ、帰宅しないといけないんだ。送迎車も待機してるしな」

「マジかよ……」

「それが、お父様と約束したここへ通うための条件の一つなんだよ」


 ……お父様って。中身が龍ヶ崎と知ってからは、その単語を口にすることに違和感を覚えるが、それは有栖川瑠璃子としての自覚があるということなのだろう。そう捉えることにした。


「お父様って」


 榊は俺が堪えたセリフを言い放った。


「なんだよ?」


 あれ、無自覚? それだけ、有栖川家の教育が染みついているということなのか?


「さすがです、お嬢様」

「だから、なんだよ!」


 榊は相変わらずの調子だった。それでも、俺は気づいていた。


 ――――あの時。


 ――――――有栖川が榊のネクタイを掴んだとき。


 榊の顔は、どこか安心したように、微かな喜びを滲ませていたことを。

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