010
羽白と学校でも話すようになってから数日後、彼女は奇妙なことを言い出すようになった。誰かに見られている感じがして落ち着かないのだという。それは、いつものことだろうと思ったのだが、どうもそうではないらしい。決まって、俺や榊たちと会話をしているときに、覗かれているように感じるのだそうだ。
そして、それは今日も同じだった。
羽白が妙に怯えていたので、仕方なく人目に付かない体育館裏に集まったのだが、例によって羽白は、また気配を感じると言い出した。
「羽白、またか?」
「うん……。そこの曲がり角に誰か……」
人影はないが一応確認しようと思い、曲がり角へ近づこうとした。
すると、そこから現れたのは――小柄な美少女だった。
「ごきげんよう」
「有栖川さん!? なんで?」
有栖川は他に人がいないか確認するように辺りを見回してから、手招きをした。
「龍ヶ崎さん、ちょっとこちらへ来ていただけません?」
榊は言われた通りに、近づいた。
すると、有栖川はにこっと微笑んで、素早く榊のネクタイをつかんで顔を引き寄せた。
「てめぇ、なんだよ! その眼鏡は!!!」
突然の有栖川の豹変に俺たちは絶句した。
「これは、伊達眼鏡だが」
「なんで! 伊達眼鏡なんだよ!」
「昔の俺が眼鏡だったからな」
「じゃあ、その髪は!」
「これは俺の趣味」
「趣味って!!!!!」
有栖川はゼエゼエと肩で息をしながら、頭を押さえている。
俺は今の流れでだいたい理解した。榊も恐らく、理解しているだろう。
有栖川瑠璃子は――――龍ヶ崎大悟だ。
高井が羽白に生まれ変わったように、龍ヶ崎もまた有栖川に生まれ変わったんだ……。しかし、よりによってお嬢様とは……。
「ギャップが凄い……」
「なんだテメェ」
有栖川が俺を睨んだ。小柄な美少女ではあるが、そこはさすがの元不良……威圧感が凄まじい。
「いや……なんでもないっす」
羽白は有栖川の突然の怒号に泣きそうになっている。
有栖川はそんなことなどお構いなしに話を続けた。
「お前ら、俺の正体……わかってんだろ?」
「龍ヶ崎大悟、だろ?」
榊は解けたネクタイを直しながら、有栖川の元の名を口にした。
「そうだ。その体の元持ち主だ」
「それで、龍ヶ崎。何の用だ? 体を返してほしいのか?」
「え? 返せるの?」
「無理だ」
「じゃあ聞くな!」
「俺たちのことはどこまで知ってるんだ?」
有栖川は咳払いをして、腰に手を当てる。
「俺が盗み聞きしたのは、そこの女が高井で、今の高井が別人のおっさんってところまでだな」
それから、俺たちは有栖川に羽白のときと同じように転生の経緯を伝えた。
「……そうか、死んで生まれ変わったってことか。そこは俺と同じだな」
そういえば、羽白にも転生の直前のことは聞いていなかったな。彼らは原作から退場した後、どういう人生を送ったのだろう。
「死んだ理由とか、教えてもらえないか?」
「事故だよ。俺は色々あってここを退学したんだが、その3年後くらいにバイクでやらかして死んだのさ。……お前はどうなんだよ高井」
高井は有栖川を直視できないようだった。彼女の視線は有栖川から逃げるように下を向いている。
「僕も……そんな感じ」
「そんな感じって……。羽白も事故で?」
思わず聞いてしまった。……自分の死に関することなんて誰も語りたくないはずなのに。
「はい……。20歳になる前に死にました」
嫌な単語が頭をよぎった。
「まさか、羽白……お前」
「え? あぁ、事故だよ。詳しいことは覚えてないんだけど。少なくとも、自分で死んだわけじゃないから」
「そうか……。悪い……嫌なこと聞いちゃったな」
「い、いえ。こういう状況だし、気になるのはしょうがないことだよ」
「俺はもう慣れたけどな。高井、お前だって15年、その体で生きてきたわけだろ? まだウジウジしてんのか? いい加減、受け入れろよ。今の人生をよ」
「そ、それは……」
コイツ……。そう簡単に割り切れる問題じゃないだろ。
「その割には有栖川も未練たらたらって感じだぜ?」
榊はおどけた口調で言うと、有栖川は榊を睨んだ。
「何が言いたい」
「なんで、この学校に来たんだよ。ご立派な家の娘さんなんだろ? お嬢様学校にでも通えばいいものを」
「それは……」
有栖川は口をもごもごさせて、何も言い返せなかった。
少し安心した。強がってはいるものの、有栖川だって何か思うところがあるのだろう。過去と決別したわけではないんだ。
榊は、ばつが悪そうに黙り込む有栖川の頭にぽんっと手を置いた。
「気になったんだろ? 龍ヶ崎大悟のことが」
「やめろ! バカ! 触るな!」
有栖川は手を払いのけると、一歩下がった。
「……この世界に昔の自分がいるって知ったとき、少し気になった。それは単なる好奇心で……」
有栖川は真っ直ぐにかつての自分の顔を見つめた。
「いや、そうじゃないな。今の俺なら、昔のバカな自分を救ってやれるんじゃないかと思ったんだ」
榊は優しく微笑んだ。
「お前はそういうやつだ。有栖川」
「……15年分の俺の記憶を持ってるのは恐ろしいな」
有栖川は照れくさそうに笑った。
◇
スマホの時計を確認すると、チャイムが鳴るまであまり余裕がないことがわかった。
そろそろ、教室に戻らないと。羽白が授業をサボるなんてことになれば大事件になるだろうし……。
「お互い、まだ話し足りない感じだとは思うけど、そろそろ戻るか」
「もうそんな時間か」
有栖川が素直に切り上げたことを不思議に思った。てっきり、次の授業はなしだ! 聞きたいことが山ほどある! とか言うのかと思ったのに。
「続きは放課後に」
「あぁ、それは無理」
「え?」
「真っ直ぐ、帰宅しないといけないんだ。送迎車も待機してるしな」
「マジかよ……」
「それが、お父様と約束したここへ通うための条件の一つなんだよ」
……お父様って。中身が龍ヶ崎と知ってからは、その単語を口にすることに違和感を覚えるが、それは有栖川瑠璃子としての自覚があるということなのだろう。そう捉えることにした。
「お父様って」
榊は俺が堪えたセリフを言い放った。
「なんだよ?」
あれ、無自覚? それだけ、有栖川家の教育が染みついているということなのか?
「さすがです、お嬢様」
「だから、なんだよ!」
榊は相変わらずの調子だった。それでも、俺は気づいていた。
――――あの時。
――――――有栖川が榊のネクタイを掴んだとき。
榊の顔は、どこか安心したように、微かな喜びを滲ませていたことを。




