008
羽白に教えてもらい訪れたのは住宅街の中にぽつんと佇む小さな公園だった。羽白の家の近所にあり、学生の姿はほとんど見かけないらしい。
俺たちが公園に到着して間もなく、羽白もやって来た。
羽白は俺たちに小さくお辞儀した。
夕日色に染められた銀髪はいつにもまして神秘的に見えた。この子が、高井宗太なんて言っても誰も信じないだろう。
「初めて家族以外の人と連絡先を交換しました」
「それは、俺も同じ」
「あ、そっか」
羽白は慌てて口に手を当てた。
「榊さん、ありがとうございました。星空さんも、クラスのみんなも、あまり詮索してこなくて、ホントに助かりました」
「どういたしまして」
また、得意げに眼鏡を押し上げてやがる。
「秘密って、正直に秘密だと言うもんですね。みんな、すぐに納得してくれました」
「それにしては、悲鳴が混じった歓声が廊下まで響いていたけど……」
「はい……。普段からあまり、喋らないもので。さすがにみんな驚いたんでしょう。ホントに、相槌くらいしか打ってこなかったので」
いや、そういう解釈になるか? ……あの歓声。
「その後は大丈夫だったのか?」
「はい、桐野さんがすぐに止めに入ってくれたので」
「桐野さん?」
「僕のクラスの学級委員長です。いつも、助けてくれるんです」
羽白にも頼れる友人がいたのか。それは、嬉しい発見だ。
「いい友達じゃないか」
「友達、なんでしょうか……僕がこんな感じだから気にかけてくれているのだと思います。委員長ということもあり、面倒見が良いといいますか、親切なんです。とても」
羽白は、自分が周囲からどう見えているのか、あまりわかっていないらしい。
「羽白は……その、いつから羽白なの?」
「そうですね。黒木さんとはちょっと違うんですが、生まれたときからです」
「そうか……」
「元の羽白さんもいるのかなって思っちゃいますよね。できれば、返したいです」
言葉に詰まる。
「あ! えっと! 黒木さんに身体を返してほしいとか! そういうのは全然なくって!」
「いや、気持ちはわかる。ホントに……」
けれども……。どうして、先にそういう発想に結びついてしまうのか。簡単にそんなことを言ってしまうのか。それが、少し寂しかった。
「龍ヶ崎もどこかにいるのかな」
榊がぽつりと言った。
羽白と高井のように、龍ヶ崎だってどこかにいてもおかしくはないと思う。
榊は今までの龍ヶ崎の記憶をどう受け止めているのだろうか。
「いると思う」
俺の返答に榊は笑った。
「なら、幸せでいてほしいね。俺は」
きっと、高井がそうだったように、あの不良なりに、抱えていたものがあったのだろう。少なくとも榊はそれを直接感じ、今は彼の幸せを望んでいる。
「あの……私からも質問していいでしょうか」
「ん? なんでもどうぞ」
「あの、お二人は彼女とかいらしたんですか?」
「え、なんでそんなこと聞くの? 急に学生っぽいな。いや、学生だけど」
「その……。なんといいますか……」
羽白の顔が赤いのは夕陽のせいではない。
「お二人はすごく自信に……溢れているように見えて。そういうのってやっぱり、モテるのかなとか……、あ、あるいは、彼女がいたからこそ」
榊はたまらず吹き出した。おい! 笑ってやるなよ!
「黒木にも彼女は何人かいたぜ? 長続きはしなかったけど」
「お前だって同じようなもんじゃねぇか」
「いや、俺の方が長続きした」
「大して変わらねぇって」
羽白はやっぱりといった表情で俺たちのくだらないやり取りを眺めている。
「別に恋愛が人を強くする! とかさ、そういうのはないぜ? まぁ、あるんだろうけど、それだけじゃないって話で」
自信があるように振る舞っているだけだ。客先でオドオドしていたら話にならないし、気が置けない友達の前で臆する必要もない。
羽白は、まだそういう感覚を知らないだけなのだ。
そして、誰もがそれに気づける。俺たちだって、最初から上手くやれていたわけじゃない。
「そ、そうなんですか……」
羽白が少し小さく見えた。
恋愛だけが自分の中で唯一、世界を変える可能性のように感じていたのだろうか。
――湖月の存在がそうだったように。
そして、それは正しくもあって間違いでもあったことを今更、突きつけられても……どうしていいのか、わからないのだろう。
けれども、今の羽白は俺たちと何の隔たりもなく、とまではいかないがそれなりに話せているように感じる。しかし、それを本人に伝えたところで、ズレた受け取り方をされそうだと思ったので、胸にしまっておくことにした。
◇
それはとある昼休みの出来事だった。俺たちの教室に一人の少女がやって来た。
小柄で可愛らしい西洋人形のような女の子だった。彼女の一挙手一投足は可憐で気品に満ちており、育ちの良さが自然と滲み出ていた。
――有栖川瑠璃子である。超がつくほどの有名な一流企業のご令嬢だ。入学当初からかなりの噂になっていて、彼女の出自もさることながら、何より西洋人形みたいに整いすぎた容姿が男子のみならず女子たちの心まで奪っていた。
そんな彼女が、今、俺の教室にいる。しかも、いかにも高級そうな紙袋を篠崎へ手渡していた。
「わざわざ、こんな立派な袋に入れなくてもいいのに」
「いえ、これはお礼です。あなたからお借りしたタオルとささやかではありますが、私の気持ちを入れておきました。どうか、受け取ってください」
遠目から見ても、まるで恋の始まりみたいな空気に思えた。
しかし……引っかかるのは、彼女が原作に存在しないことだった。
「龍ヶ崎、どう思う?」
「小さくて可愛いよな」
「そうじゃなくて……」
一瞬、有栖川の肩が小さく跳ねた気がした。……いや、それよりも。榊の発言を聞いた星空の視線が恐ろしかった。




