007
委員長は教室の時計を見てほっと息をついた。
扉からちらりと顔を出す。さっきまで賑やかだった廊下に人影はない。
「……よし」
小さく呟き、扉に手をかける。
しかし、扉は途中で動かなくなった。見ると、隙間に上履きのつま先が差し込まれている。
「ちょっと、開けてもらえるかな」
扉の隙間から、ぱっちりとした瞳が覗いていた。
「あら、ごめんなさい星空さん。うちのクラスに何か用事でも?」
委員長はひきつった笑顔を貼り付け、扉を開ける。
「ちょっと、友達に聞きたいことがあって」
「一応、確認するけど。その友達のお名前は?」
「羽白さん!」
「ダメです」
「え! なんで!?」
「あなた、羽白さんの友達じゃないでしょう?」
「友達だよ! ね? 羽白さ~ん」
星空は両手を口元に添え、教室へ向かって叫んだ。
教室中の視線が一斉に星空へ向く。
「ちょっと! あなた!」
「羽白さん! ちょっと! 話そうよ!」
羽白は星空を見るなり、慌てて教科書で顔を隠した。
「あなた、やっぱり、羽白さんの友達じゃないじゃない!」
「……バレちゃったかぁ。でも! 羽白さんに聞きたいことがあるのはホントなんだよ!」
星空はそう言って、委員長の横を通り抜けようと一歩、踏み出した。
「ちょ、押さないで!」
「だから、聞きたいことがあるんだってば!」
「ダメです!」
委員長が慌てて押し返す。そこへ近くの男子生徒まで加わり、教室の入口はちょっとしたもみ合いになった。
「わかったから! 私から聞いておいてあげるから。あまり騒ぎにしないで」
「いい、ここで聞くから」
「はい?」
星空はその場で再び、大声を張り上げた。
「羽白さ~ん! 龍ヶ崎くんと高井くんとはどういう関係なの!?」
教室が騒めく。
「龍ヶ崎って、あの不良の!?」
「高井って誰だ?」
「そいつは知らん」
「あれだよ。龍ヶ崎と同じA組の髪の長い奴」
羽白はゆっくりと教科書を置いて、顔を上げた。
騒めいていた教室が、じわじわと静かになっていく。誰もが、羽白の返事を待っていた。
羽白は小さく息を吸う。
そして、人差し指を唇にそっとあて、ぎこちない笑顔で返事をした。
「秘密っ」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、女子たちの間で黄色い悲鳴があがった。男子たちは茫然としている。
「今の見た!?」
「は、羽白さんのレア表情だ! あんな笑顔初めてみたわ!」
「ちょちょちょっと! 秘密ってなに!? どういうこと!? そういうこと!?」
「龍ヶ崎……、高井……」
「なぁ……俺たちでぶっ飛ばしにいかねぇか?」
「お前……龍ヶ崎に勝てんのかよ……」
「ちょっと! みんな落ち着いて! そこの男子! A組に殴り込みになんか行ったら、帰る席はないと思え! あぁ、もう! 星空さん! なんなのよ! ってあれ?」
振り返ると星空の姿はなかった。
「ちょっと! 星空さん!? 星空!? 星空ごらぁあああ!!!!」
当の星空はというと、すでに廊下の向こうだった。
「羽白さんは篠崎ハーレムに入ってもらう予定だったのに……。こうなったら予定変更だよ。先にあの子から攻めていくか」
◇
2階から3階へ続く踊り場で、俺たちはたむろしている。教室は相変わらず居心地が悪く、今朝はここを避難場所としていた。
昨日の話も一通りし終えたところで、そろそろ教室に戻ろうかと腰を上げた。そのとき、廊下に悲鳴や雄叫びのような声が上がった。どうやら、榊の作戦が成功したようだった。
「大成功だな」
榊はわざとらしく、悪人のように微笑んだ。
「しかし、まぁ、これで星空も諦めてくれるだろう」
今朝、教室に入った瞬間から、星空に羽白のことを根掘り葉掘り聞かれた。だが、俺たちは教えられないの一点張り。その結果、星空は羽白本人のところへ突撃していったのだった。もちろん、これも榊の計画通りである。
俺たちが教室へ戻る最中、向こうから星空が歩いてきた。
「羽白さんに聞いてもダメだった。こうなったら、力づくでも君たちから聞き出すしかないようね」
羽白からも関係を聞き出せなかったのが相当悔しいらしい。星空の俺たちを見る目には殺意すら感じる。
なんだ? 拷問でもする気か? それは非常に嫌なのだが。
「そんなことより、榊の返事はどうなんだよ」
星空は顔を茹で上がったタコのように真っ赤にして、保留! と叫んで走り去った。
「これ、便利だな! 榊!」
「いちいち、リアクションが可愛いんだよな」
「……おい」
「さて、俺たちもそろそろ戻るか」
「お、おう」
教室の扉を開けると、ちょうど湖月が出てきた。……嫌なタイミングだ。
「お、おっと、ごめん……なさい」
「……」
危うく肩がぶつかりそうになり、反射的に謝ったのだが……彼女は俺が存在しなかったかのようにそのまま通り過ぎて行った。俺も気にしていないフリをして、そのまま席へ戻った。
……慣れないなホントに。いや、慣れるようなものでもないのだけど。




