005
篠崎はまだ、状況を飲み込めていないようだった。あんなことをした俺がここにいても、悪人だと決めつけない。篠崎はそういう男だ。原作を読んでいたときも、彼のそういう優しさが好きだったし、かっこいいと思っていた。
しかし、状況が最悪なのは変わらない。
「羽白さん?」
星空が羽白の方へゆっくりと歩み寄る。
羽白はそれに気づいていない。湖月から目を離せなくなっていて、それどころではないのだ。
湖月も、羽白の尋常ではない様子に戸惑っているようだった。それもそうだろう、恐らく二人に大した面識はない。それなのに、羽白は自分を見るなり怯えきっているのだから。
「あ、あの子、私のこと……」
あぁ!くそ!俺が割って入るか!? だが、なんて言う? くそ! 何も思い浮かばねぇ!
その時、星空の歩みを止めたのは榊だった。
「ずっと好きでした。付き合ってください。星空望叶さん」
――え?
その場の全員が絶句した。
「は、はわわわわわわわわ!?」
星空は顔を真っ赤にして、言葉にすらなっていない何かを叫んでいる。
「き、きみ!? 正気!? わ、わわ私のことが好きって」
場の緊張が一気にほどけた気がした。篠崎は目を輝かせ、湖月は呆れた顔をしている。
「ったく! せっかく羽白さんが相談に乗ってくれたのに! 何も活かせてねぇじゃん! さっきは羽白さん、お前の誠実さに心を打たれて涙まで流してくれてたのによ!」
俺は出任せを言う。もう榊に乗っかるしかない。
「いや、効果覿面だろ。見ろよあれ」
榊はそう言って、地面を転げ回る星空を指差す。
「つ、つつまり……あのイメチェンも私へのこ、こ告白の準備だったってこと!?」
星空の妄想が爆発している。
「きょ、今日のところはこれくらいにしておいてあげるんだから!!! 」
そう言って、星空は公園から去ろうと二人を引っ張ったが、篠崎はその腕を振り払った。
「な! 返事くらいしてやれよ!」
「ちょちょちょっと! それは、またごご後日!」
「つか、羽白さんはいいのか!?」
羽白は、はっとしたように顔を上げ、声を振り絞った。
「わ、私は! ……大丈夫です」
「ほら、ああ言ってるんだから! 行きますよ! こんなところにいたら私、頭がどうにかなっちゃいそうです!」
湖月も星空に連れられて、そのまま公園を去った。去り際、彼女は「私の気のせい?」と小さくつぶやいた。
◇
「お前! いきなり告白ってどういう神経してんだ!」
「星空って、原作ではこういうイベントなかったじゃん? だから、どうなるのか気になってさ。それに、アイツなら上手く暴れてくれそうだと思ったしな」
「OKされてたら、どうするつもりだったんだよ…」
「そりゃ、付き合うだろ。俺、星空好きだし」
そうだった……。コイツに漫画を貸したとき、誰が推しか聞いたら、星空だと答えていた。
「つか昨日、警戒しようって言ったところじゃないか」
「それなんだが、俺はアイツの中で、自分に恋心を抱く男の子になったわけだろ? それって、当て馬にしづらくなったってことでもあるわけじゃん?」
「確かに……そういう捉え方もできるか……」
「お前も告白しとく?」
「しねぇよ!」
それよりも……。
「大丈夫か? 羽白」
羽白はベンチに腰掛けて、ぼんやりと遠くを眺めている。あまりにも色々なことが起きすぎたのだろう。
かなり疲れている様子だった。
「ごめん、ちょっと……頭が真っ白になって」
「無理ねぇよ。俺もびびったし」
これまで羽白がどんなふうに過ごしてきたのか、俺にはわからない。
それでも、あの怯えた姿を見れば、羽白が今も高井だった頃の痛みを抱え続けていることくらいはわかる。
羽白は……どうして、またこの学校を選んだのだろうか。
「しかし、問題は明日だな」
榊はわざとらしく、眼鏡をくいっと持ち上げた。
「俺たちの関係、絶対聞かれるぞ」
「理由を考えなきゃだし、何より湖月が羽白に接触するのは避けたい」
「そ、そこは大丈夫……かも」
「そうなのか?」
羽白は小さく頷いた。
「ぼ、僕、こんな感じだから……クラスの女の子たちが気を遣ってくれて、あまり周りに人を近づけないようにしてくれていて……」
なんだそれは……大奥みたいになってるのか……。
「んじゃ、そこはいいとして理由をだな」
何かもっともらしい理由はないだろうか。
「答えなくていいんじゃないか?」
「おい、怪しまれるだろ」
「それでいいだろ。俺たちはもう、十分に怪しいんだから」
「羽白も秘密ってことにしてくれるか?」
「う、うん。でも、いいの? 正直、黒木くんたちばかりに負担をかけてるような……」
「いや、そこは俺の言う通りにしてくれれば大丈夫だ」
榊は再び、眼鏡をくいっと持ち上げた。
そして、俺たちは榊から作戦の内容を聞いて解散した。
――上手くいく気がしねぇ……。




