004
授業を受けて知ったのだが、教師たちも俺たちの豹変ぶりに驚いている様子だった。特に、登校すること自体稀だった龍ヶ崎については驚きを超えて感動すらしているようだった。
さらに当てられた問題もすらすらと解くものだから、お前は本当にあの龍ヶ崎なのか? と核心をついてくる者までいた。……失礼すぎる。
そして、午後の最後の授業が終わり、羽白との待ち合わせ場所の校門へ向かおうとしていたところ、担任の山口先生に引き留められた。
「君たち、ちょっと職員室まで来てもらえる?」
山口先生は原作でも篠崎の担任として登場する。26歳、彼氏なし。高校生たちの青春を間近で浴びながら、ときには自分も子供みたいにはしゃぐ、元気いっぱいの女教師だ。
そんな山口先生のデスクの前に立たされる俺たち。一体、何の用なのだろう。
「大したことではないんだけど。ただ、びっくりしてね。その、なんか二人とも急に雰囲気変わったでしょ? それも同時に。それでね、何かあったのかなって」
なるほど、先生が言うには他の教師からもあの二人はどうしたんだ? と心配されたりもしていて、これは本人たちと話す必要があると判断したらしい。一応、二人が同時に変わったのはただの偶然だと伝えた。
「高井くん、君はどうして髪型を変えたの? 私の知る限り、君はずっとあの長い髪だったわよね?」
変に嘘をつくのもあれだしな……。
「フラれたので……それで、モテる男になりたくなって……切りました」
「……そっか。なんか、ごめんね」
「……いえ、お構いなく」
「じゃあ龍ヶ崎くんは? 全然、授業を受けていなかった君が、問題もちゃんと解けていたとか」
「ずっと家で勉強してました。自習には限界があると感じたので、登校するようにしました」
「……そ、そう。……家で勉強してたんだ。それにしても、君もずいぶんと外見が変わったね」
「学校で授業を受けるのだから、それに相応しい格好をしたまでです」
「……まぁ、これも何かの縁ってことで。勉強に躓くことがあれば、高井くんに相談しなさい。高井くん、龍ヶ崎くんをサポートしてあげて」
何の冗談だ? 俺なんかより榊の方が遥かに学力は上だぞ。
「頼りにしてるぞ。高井くん」
そういって龍ヶ崎は俺の肩に手を乗せた。
「お前、ふざけてるだろ」
昇降口から、校門前で俺たちを待つ羽白の姿が見えた。
しかし、あの孤高の美少女が明らかに誰かと待ち合わせをしているとなると、周囲は気になってしょうがないのだろう。ちょっとした人だかりになっている。
これ以上、目立ちたくねぇ……。
俺たちはそのまま、校門へ向かった。
羽白が俺たちを見つけて小さく手を振ったが、俺たちはそれを無視した。
すると彼女は、とても悲しそうな顔をして、小さく振っていた手を何かに傷つけられたかのように胸へ引き寄せた。
羽白とすれ違う瞬間、俺は呟いた。
「後ろ、離れてついてきて」
羽白は、周囲に悟られないように、距離を取ってついてきた。
そして、俺たちは学校から少し離れたところにある公園にたどり着いた。多少、学生が通るかもしれないが、人通りも少ないし、話をするにはちょうどいいだろう。
「それで、話って?」
「あの……その……高井くん、なんか雰囲気変わったなって……」
どういうことだろう。高井と羽白は元々知り合い? ……いや、そんな記憶はないぞ。
「まぁ、色々あって」
「そ、そうなんだ……」
「その……失恋してさ。それで! ここらで心機一転、がんばろうと思ったんだ! 髪を切ったのは決意表明みたいなものなんだ」
「……な、なんだか話し方も違うね」
「形から入ってみるとさ、やっぱ、気持ちも引っ張られるというか……そんな感じ」
……さすがにこれは無理があるか?
「……高井くんは変われないよ」
「え?」
「た、確かに...見た目とかはすごく変わったと思うけど……。それでも……本当の意味では変われないよ。
どうせ、すぐに気づくんだ。……自分は何も変わってなんかいないって」
……羽白に高井の何がわかるんだ。高井は……確かにどうしようもないところもあった。
――――最低なこともした。
あの時……光が差したあの時……。
結果的にそれは高井を破滅させたけれど……。
それでもあの時! 変われる気がしたのも本当だったんだ!
「――ふざけるな、羽白」
羽白は俺の一言に驚いたのか、一歩後ずさった。
「おい、高井」
榊が割って入ろうとしたが、俺の目を見て、手を止めた。
「羽白、人は変われるんだよ。変わろうとすればいくらでもな。確かに今までの俺は……ずっと自分の世界に閉じこもっていた。それでも、その先へ……小さな一歩さえ踏み出せれば変われるはずなんだ! 俺はそう自分を信じる。変われないなんて言って、いつまでも引きこもるよりは数倍ましだ!」
羽白は視線を逸らすかのように俯いた。白銀の前髪は彼女の表情を俺に見せまいと隠しているようだった。
「……それは、簡単なことじゃない」
「そんなことはわかってる。だけど……変わることに失敗したのなら……また、変わろうとすればいいだけだろ!」
彼女の肩は強張り、小刻みに震えている。そして、鼻をすする音が小さく漏れていた。
なんで泣く!? 強く言いすぎたか!?
「お、おい……今のは」
「違う、違うの。嬉しかったんだ……だって、君は僕のことを――」
「ぼ、僕?」
「――君は……高井宗太じゃないんでしょう?」
顔を上げた彼女の瞳は涙で海月のように揺れていた。
……これは言わなきゃいけない流れだよな。
「……俺の本当の名前は黒木だ。それでも、15年間高井だったのも事実だ」
「そう……やっぱり、そうなんだね……はじめまして、黒木くん。僕の名前は高井、高井宗太」
手で必死に涙を拭きながら、彼女はかつての名前を教えてくれた。
俺は彼女にハンカチを渡した。
あの時、あの人がしてくれたように。
誰からも見てもらえない、認識されない世界で、初めて自分の存在を感じさせてくれた人がいた。
それは、暗闇に差し込んだ光芒のようだった。
――だから、そうしたかった。
転んで手を擦りむいた高井に、そっと手を差しのべてくれた――――湖月麗奈のように。
羽白は驚いた表情を見せて、さらに涙が溢れだした。そして、ぐしゃぐしゃになった顔で微笑んだ。
その笑みは、生前できなかった高井の笑顔なんだ、と思った。
◇
羽白が落ち着いた後、俺と榊はこれまでの経緯を伝えた。ラブコメ漫画の世界だということは伏せて。
「俺たちは実質、君よりも年上なんだ。だから、溜口は控えるように」
「榊……いいってそういうの」
羽白はこういうノリが苦手なのだろう。笑えばいいのか、謝ればいいのか、どっちつかずの表情になっている。
「……羽白さん? 何してるの?」
そのとき、声が聞こえた。……この場で一番聞きたくない声だ。
振り返ると、星空が公園の入り口に立っていた。
「顔、赤いよ? もしかして! 泣いてるの!?」
星空望叶!? なんでここに!?
まずい! この状況は!
「おーい! 望叶! 急に走り出すなよ! それに恋愛センサーってなんだよ! ってあれ?」
な! 篠崎まで!?
本当にまずいぞ! 明らかに俺と榊が羽白を泣かせたみたいな状況になっているし!
何か言い訳を考えないと……。
「羽白さん?」
「わ、私は……」
羽白は俺たちを庇うように、声を絞り出した。
しかし、篠崎の背後から現れた少女の姿を見て言葉を失った。
「ちょっと二人とも、置いてかないでよ」
湖月は俺たちを視界に入れると、一瞬にして表情を固くした。
羽白の身体はガタガタと震えている。俺ですら、心臓の鼓動が落ち着かないんだ。高井本人である羽白なんてもっとヤバい状態に違いない……。
「あ……あ……」
羽白は今にもその場へ崩れ落ちてしまいそうだった。




