003
榊は死んでいた……。俺のせいで死んだんだ……。
「榊……俺は……!」
ダメだ……。言わなければいけないのに! ……謝らなければいけないのに!
嗚咽で上手く言葉が出ない……。
「ごめんな、黒木。助けられなかった」
榊の表情は、溢れ出る涙のせいでよくわからなかった。それでも、聞き慣れた落ち着いた声……いや、今は違う声のはずなのに……。その声を聞けば、彼がどんな顔でその言葉を口にしたのか容易に想像できた。
何とか気持ちを落ち着けて謝ろうとしたとき、榊はそれを見計らっていたかのように先に言葉を投げた。
「落ち着いたか?」
「あ、あぁ……」
◇
俺たちは今、授業をサボって屋上で仰向けになって空を眺めている。
これは、せっかくの漫画の世界なんだから漫画っぽいことしようぜ、という榊の案である。
「なるほど、お前も一昨日からか」
「あぁ、俺の場合はビンタされた瞬間に思い出した」
「ビンタって!? あの話か!」
「そう、地獄みたいな修羅場が俺の始まりだった」
……本当に。
「なにモノローグみたいなこと言ってんだ」
「……榊はどうなんだよ」
「バイク乗ってるときだったな」
「あぶねぇ!」
「二度目の人生が一瞬で終わるところだった」
「い、一瞬で終わらなくて良かったよ……」
「しかし、あれだな。せっかく、そこそこの会社に入ってバリバリ働いて金も貯めてたのに、またやり直しっていうのは……」
「黒木ならまたやれるさ。エリートくん」
「……お前の方が相当だろ」
榊とは小学生からの付き合いだ。……本当に仲良くなったのは中学生からなんだけど。
コイツは昔から勉強も運動もそつなくこなす才能の塊みたいなやつだった。俺はそんな榊に憧れて、引き離されないように、ずっと食らいついて、そのおかげで同じ大学へ通うこともできた。
「さて、次の授業で戻るか」
榊はそう言って起き上がった。
「お前はどうする? 黒木」
「俺も戻るよ。あ、そうだ」
榊もわかってると思うが……。一応、言っておかないと。
「星空望叶は警戒しておいて損はないと思う」
「……そうだな」
星空望叶――『冴えない僕でもギャルゲみたいな恋愛してもいいですか?』、通称『サエボク』の重要キャラ。
篠崎が望んだギャルゲのような恋を叶えるためにやってきた妖精だ。もともとは小さな妖精の姿をしているが、篠崎をサポートするために原作の一話で人間の姿で転校してくる。
厄介なのは、星空が篠崎の恋愛をより魅力的なものにするために魔法の力を使って、周囲の人間を巻き込んでイベントを発生させることだ。
「高井の時は、湖月が働いている場所を教えたんだっけ?」
「偶然を装ってな。設定上、魔法を使っても人の意思を操作したりすることはできないから、風の魔法で篠崎が持ってた湖月のチェキを高井の席へ飛ばしたんだよ」
高井の暴走後、星空は篠崎や湖月にこっぴどく叱られるのだが、そこはなんかコメディ調で……そもそも、高井の退場ですら少し笑える場面であった。まぁ、ラブコメだから仕方ないのかもしれないが……。
……当時は面白かった。
だけど、今の俺は――高井だ。
同じような目に遭うのは御免だ。――冗談じゃない。
「お前からあの漫画を借りたのは正解だったな。まさかこんな形で役に立つとは」
榊はフェンスの方へ歩いていった。俺もその後に続いた。
「もう少し、時間あるな。同窓会の続きでもするか? 確か、お前の仕事の話で終わってたよな」
「いいよ、別に。今更、仕事の愚痴を言ってもしょうがねぇだろ」
「だな」
その時、俺の足が急に止まった。……あれ? 俺、震えてる?
異変に気づいた榊が俺のところへ駆け寄った。
「黒木! どうした!?」
だめだ……震えが止まらない。脈もめちゃくちゃ速くなってる……。それに、あの時に感じた気持ち悪い浮遊感が……。
「わりぃ、榊。俺……高所ダメになったみたい」
榊はハッとした表情を見せて、すぐに俺の手を引いて屋上を出た。
「すまん、黒木。屋上は……配慮に欠けていた」
「いやいや、謝るなよ」
……謝らなければいけないのは俺の方なのに。
「お前は平気なのか?」
「あぁ、俺は大丈夫。なんか、あの時は必死だったし、あまり覚えてないんだ」
「…………あのさ、榊」
「いや、ダメだ。聞かない」
「なっ!」
◇
教室の近くの廊下に差し掛かった時、ちょうど、休み時間を告げるチャイムが鳴り響いた。
生徒たちが廊下へ出てくる中、また彼女を見つけた。――羽白詩織だ。周囲をきょろきょろと見回している。友達を探しているのだろうか。
「なぁ、さか……。いや、龍ヶ崎」
「なんだ? 教室に戻らないのか?」
「いや、あの子。知ってる?」
俺は彼女に悟られないよう、親指でそっと示した。
「あぁ、羽白さんか。綺麗だよな」
「まぁ、そうなんだけど……原作にはいなかったよな?」
「いなかったはずだけど……。あの子、なんかこっちに歩いてきてない」
「え?」
俺が榊から視線を彼女に戻すと、さっきまで遠くにいたはずの彼女が、もう目の前まで来ていた。
「あ……あの……」
羽白はその容姿に違わず、透き通るようなか細い声で話しかけてきた。少し気を抜けば、周囲の喧騒に紛れて聞き逃してしまいそうなくらい小さい。
「ほ、放課後……ちょっと……お時間……よろしいでしょうか?」
俺と榊は互いに顔を見合わせて、同時に答えた。
「僕たち、何もしてないですよ」




