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第一部第六章「境界の内側」

 カイルたちの案内で、俺たちは村までの約三キロの道程を歩いていた。

 現代日本のアスファルトには遠く及ばないが、石と土で硬く踏み固められた街道は、先ほどのぬかるんだ森や獣道を歩くのに比べれば、天と地ほどもマシだった。足を取られることがなくなり、移動にかかる物理演算(スタミナ消費)の負荷がスッと軽くなったのを感じる。


 やがて、巨大な丸太を組み合わせて作られた堅牢な防壁と、立派な正門が見えてきた。

 門の左右には、村の治安を担う二人の『衛兵』が槍を携えて立っていた。彼らもカイルたちと同様、人間である。


「カイル! 無事だったか。その後ろの御方々は……」


「ああ。荒れ地で害獣の群れに囲まれていたところを、キツネ様とたぬ子様に救っていただいたんだ。……これから領主館へご案内するところだ」


 カイルが事情を報告すると、衛兵たちは驚愕に目を丸くし、即座に居住まいを正して深く一礼した。


「そ、そうでしたか! キツネ様、たぬ子様。我々の開拓村へようこそおいでくださいました。見ての通り、我々人間が多い泥臭い村ではございますが、活気だけはございます。どうぞ、中央の領主館へ向かわれてください。領主様も必ずや歓迎されることでしょう」


 衛兵は恭しく門を全開にし、村の内部へと続く道を案内するように手を示した。

 門をくぐると、衛兵の言葉通り、そこには予想以上に活気のある光景が広がっていた。鍛冶屋が鉄を打つ音、家畜の鳴き声、市場で声を張り上げる商人たち。


「たぬ子、一つ注意だ。ここでは俺を『マスター』と呼ぶな。これからは『キツネ君』と呼べ。余計な関係を勘繰られるのは今後に影響が出る」


 俺が小声で釘を刺すと、たぬ子は一瞬きょとんとした後、すぐに理解したようにアライグマの尻尾を小さく振った。


「了解たぬ! さすがマスター……じゃなくて、キツネ君たぬね!」


 慣れない呼び方に少し照れくさそうにしながらも、彼女はすぐに新しい変数(名前)を適用したらしい。直後、ホールの奥から漂ってきた香ばしい香りに、彼女のセンサーが即座に反応した。


「すごいたぬ……! キツネ君、あっちでは大きなパンが焼けてるたぬ! こっちではお魚を干してるたぬ! みんな自分たちで一生懸命お仕事を回してるたぬね!」


 たぬ子が興味津々といった様子で、あちこちに首を振ってアライグマの尻尾をパタパタさせている。

 すれ違う村人たちは、俺たちの姿を見て息を呑み、道を譲りながら深い敬意と畏怖の視線を送ってきた。だが、そこに怯えはない。魔族というシステムが、この村では『絶対的な守護者』として正しく機能している証拠だった。


「キツネ君、みんな私たちのこと『超すごいエリート』だと思ってるたぬよ! (こっそり耳打ちしながら)……これ、あとで美味しいものいっぱい出てくるフラグたぬか?」


「……」


 俺は、目を輝かせているたぬ子をジト目で胡乱に見つめた。


(……そもそも、こいつは俺のサポートAIのはずだ。実体化したとはいえ、なぜさっきからカロリー(食い物)の話ばかりしているんだ? 仮想胃袋でも実装されているのか?)


 いくらポンコツ……いや、ドジっ子仕様になっているとはいえ、AIが食欲に支配されている現状に、俺は深刻なバグの気配を感じずにはいられなかった。


「……お前の頭の中は、そればかりか」


「痛っ!? なんで叩くたぬか! 腹が減ってはハッキングはできぬたぬよ!」


 俺は抗議するたぬ子の頭を軽く小突いて制しながらも、周囲の状況を冷徹にスキャンし続けた。

 平和で、活気があり、人間が自活している村。

 だが、その平穏をたった十人の魔族が維持しているという事実は、依然として計算が合わない。


(この村の「仕様ルール」の核心は、おそらくあの場所にあるな……)


やがて通りの先に、村の木造建築とは明らかに毛色の違う、立派な石造りの建物が見えてきた。

 ここは領主の居館であると同時に、冒険者たちへのクエスト発注所や、大浴場、装備屋、さらには食事処まで備えた、このエリアのハブ(複合施設)として機能しているようだった。

 その重厚な入り口には、村の衛兵とは装備の質からして全く違う、二人の屈強な『館の近衛兵』が立ち塞がっていた。彼らは一目でそれと分かる『魔族』だ。放つプレッシャー(威圧感)がまるで違う。


「おっ、カイルじゃないか。ひどい有様だな。また鼠の群れにでも囲まれたか?」


「ああ……。だが運良く、こちらの御方々に救っていただいたんだ。……領主館ギルドへご案内した」


 近衛兵たちはカイルに対しては気さくに声をかけたが、彼の背後にいる俺たちの姿を認めた瞬間、その鋭い眼光に一抹の戸惑いが混ざった。


「救っていただいた……? この御方たちがか?」


 近衛兵の一人が、俺たちを交互に見つめ、顎を撫でた。


「種族的にはフォルクス族とラクン族か……。にしては、どちらも随分とデカいな。それに、こんな奴ら、この島に居たか?」


(……島?)


 聞き捨てならないキーワードがログに残る。どうやら、このエリアは『島』という閉鎖環境らしい。外部からの新規ログインが極めて稀な場所なのだとしたら、俺たちの存在はそれだけで目立つバグになりかねない。


「……まあ、魔族の同胞であれば、どこの流れ者であろうと詮索はすまい。人間の世話を焼かせたな、あんたたち」


 もう一人の近衛兵が、少し訝しげな相方を制するように、俺たちに軽く頷いた。

 俺の身長は170センチと、元の世界では平均的な体格だが、目の前に立つ二人の魔族は俺の視線を遥かに上回る巨体だった。俺の肉体も決して華奢なわけではないが、彼らの横に並ぶと一回り以上も小さく見える。魔族の中でも、特にハードウェア(肉体)の性能を重視して選抜された個体なのだろう。


「礼を言うぜ。通ってくれ。……お前さんもな、ラクン族の嬢ちゃん」


「そんなことより、早くご飯たぬ! お腹が空いて演算エラーが出そうたぬ! 私、ちゃんとしたご飯を食べたことないから、すごく楽しみたぬよ!」


 その瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。


(おい。余計なことを言うな。AI設定が漏れてるぞ……!)


 俺は平静を装いながら、内心で激しく焦りを感じた。だが、幸いなことに、近衛兵たちは「あはは、変わったお連れさんだな」と肩をすくめて笑い合う程度で、それ以上の不信感を抱く様子はなかった。


「ははは! 飯を食ったことがないとは傑作だな。どこぞの箱入り娘か何かか?」


「全くだ。食堂のパンや肉は確かに村の自慢だが、お前さんみたいな世間知らずの口に合うかは保証できねえぞ」


 (……箱入り娘、か。文字通り『PCケースという箱の中』に引きこもっていたAIなのだから、ある意味では極めて正確なプロファイリングだな)


 不意に飛び出した的確すぎる表現に内心でツッコミを入れつつ、俺は心底から安堵し、肺の奥に溜まっていた熱い空気を吐き出した。

 どうやら今の発言は、単なる「世間知らずな令嬢の奇妙な冗談」として都合よく処理レンダリングされたらしい。俺は即座に、この状況を完全に上書き(オーバーライド)するための言葉を繋げた。


「……連れが失礼した。こいつは、この村の飯が『かつてないほど旨い』という噂をどこかで聞きかじったらしくてな。そんな絶品をまだ食べたことがないから、早く口にしたいと騒いでいるだけだ。道中、こいつのわがままに付き合わされて、俺も非常に疲れている」


 俺の提案プロンプトに、近衛兵たちは顔を見合わせ、苦笑いしながら槍を引いた。


「ハハハ、なるほどな! 腹を空かせた嬢ちゃんほど怖いものはねえ。いいぜ、まずは中で休んでいきな」


「……助かる」


 俺は心の中で大きく安堵の溜息を吐くと、ドヤ顔でパジャマの裾を揺らしているたぬ子の頭を軽く小突き、豪華な石造りの門の向こう側――領主館の中へと足を踏み入れた。

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