第272話 とむらいの祭り
ひとしきり歌い、踊り明かしたアリエスとベルディアは、玉のような汗を浮かべながら、ふたつの発表を行いました。
ひとつめは、逮捕された前領主ジェラルドに代わって、養女のベルディアが新領主となること。そして、ふたつめは……
「――ギルド・ワイルドライブは、本日をもって解散。新たに“メリーカネーション”と名を変え、新たなマスターであるこの私、アリエス・リテラチアのもと、ファーブリアの町の平和のために心機一転、尽力することを、ここに宣言します!」
発表はスピーカーを通じて町じゅうに響き渡り、会場は割れんばかりの大歓声に包まれました。
舞台のまわりに集まっていた元ワイルドライブの――デコイとボコスをはじめとした、アーネスト派の団員たちは、ひときわ大きな声をあげています。
「アリエスさんが、新しいギルドマスター……」
ユーリは口をあんぐりと開け、おどろいていました。
彼女の強さと包容力は、ユーリもよく知っています。けれどそのいっぽうで、甘い声と覇気のない愛らしい顔、それにほんのちょっぴりドジなところがあることも知っていました。人をひっぱる魅力はあると思いますが、ちゃんとギルドのリーダーとしてやっていけるのか、正直少し心配でもあるのです。ワイルドライブはもともと、あらくれ者の集団だったわけですし。
「だいじょうぶだよ。信じよう。それになにかあっても、まわりの人やワンダーたちが支えてくれる。いまのアリエスさんなら、それがちゃんとわかってるはずだから」
エミルは、やわらかな表情で言いました。
エミルもまた、無様で情けないアリエスの姿を何度も見てきました。けれど同時に、やさしくて頼もしい姿も見てきたのです。いざとなれば、誰にも負けない芯の強さを持っていることも。そして――愛する人のためなら、どこまでもがんばれる人だということも。
だからこそ、エミルはこの決定を心から受け入れていました。
舞台の上では、アリエスとベルディアが指をからませたまま、翡翠色のひとみで見つめ合っています。
新しいギルドの理念は、ただファーブリアの町を守るためだけのものではありません。新たな領主となった最愛の人を支え、守り抜く――そんなアリエスの胸に秘めた想いを、彼女をよく知る者たちだけが理解しているのでした。
そして、アリエスたちのパフォーマンスが終わると――いよいよ、今回の祭りのメインイベントがはじまります。
「……それではこれより、ワイルドライブのギルドマスター……アーネスト・グラントン氏の葬送の儀を執り行います」
ベルディアの悲しげで、それでいておごそかな声が、静まり返った広場へ重く響き渡りました。
そう――これこそが、きのうのきょうで祭りを再開した、本当の理由。
それは……この町に長年貢献してきたアーネストを、皆で見送るためだったのです。
☆ ☆ ☆
――それは、ゆうべのことでした。
浄化の魔法によって、すべての人間とワンダーがイバラから解放され、町が女神の祝福を受けた直後のことです。
【伐天改獣ノーブルバラタノオロチ】と一体化し、地面へ放り出されたマグニフと同じく……アーネストの体もまた、中央広場から少し離れた路地裏に倒れていました。
しかし――
「……駄目ですね。もう……亡くなっています」
ふだんは無表情なアンリですら、悲痛に顔をゆがませながら告げた言葉。
その場に集まっていた全員が、大きな衝撃を受けました。
「デ……デタラメ言うんじゃねえ!」「ボスが、こんなことでくたばるもんか!」
デコイとボコスは、診断を下したアンリの白衣につかみかかります。
けれどアンリは抵抗せず、ただじっと二人を見つめ返すだけでした。メガネの奥のひとみは、わずかに潤んでいます。その表情が、かえって現実を突きつけました。
やがて二人も事実を受け入れ……その場に泣き崩れるのでした。
「どうして……エミルちゃんの浄化魔法で、みんな元気になったはずなのに……!」
「女神さまの祝福だって、受けたはずだよ……?」
アリエスとベルディアは、悲しみに口元をおおいながら、震える声で問いかけます。
「……彼は、あの花の塔……バラタノオロチの苗床に直接されていました。ただ養分にされていただけの者達とは違い、すでに命を失っていたのです。浄化でも祝福でも……失った命を取り戻すことはできない……」
「そんな……!」
エミルもまた、あまりのショックに言葉を失っていました。
アーネストは、正直に言えば、これまで特別親しい相手ではありませんでした。
けれどエキシビションマッチで実際に戦ったことで、彼がどんな人なのか、なにを思って行動していたのか――その一端を感じ取ることができていたのです。
――そう。彼がひたすらに町のためを思い、その身を削ってでも守ろうとしていたことを。
「親父……」
そのとき、不意に聞き覚えのある男の声が響きました。
そちらへ目を向けると、スズカとアザレアに拘束された、アーネストの息子――そして、この騒動の主犯格のひとりであるアーノルドが立っていました。
たちまち、その場にいた全員の視線が彼へ突き刺さります。
なかでも――
「テメエ……どのツラ下げて、オレらの前に出てきやがった!?」「オマエのせいで、アーネストさんは……!」
アーネストを強く慕っていたデコイとボコスは、いまにも殴りかからんばかりの勢いで怒鳴りました。
それどころか、その目には本気の殺意すら宿っています。ほかのアーネスト派の団員たちも、怒りに顔をゆがめながら前へ出ようとしていました。
……ですが。
「おやめなさい!」
アンリの鋭い制止の声が、場を切り裂きました。
ぴしゃりと響いたその声は、ふだんの彼女からは想像もできないほど強いもので――だからこそ、だれもが思わず動きを止めてしまったのです。
アンリは静かに大きくうなずきました。
するとワイルドライブの団員たちは無言で道を開け、アーノルドは父のなきがらへ向かって、ゆっくりと歩き出します。
そして数秒ほど、黙って父の顔を見下ろしていると……赤いひとみから、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちました。
そのまま力が抜けたように、ひざから崩れ落ちます。
「親父……親父っ……!」
そこにいたのは、悪党でも主犯格でもありません。ただ、父親の死を悲しむ、一人の息子の姿でした。
この場のだれもが、アーノルドに対して思うところはあるでしょう。
けれど――いま、この瞬間だけは。だれも口を開かず、ただ静かに、父と子の最期の対話を見届けることにしたのでした。
――そんなときです。
(おい、嬢ちゃん……エミルっつったか。俺の声、聞こえてるよな?)
「え?」
エコーのかかった野太い声に、エミルははっと振り向きました。
するとそこには――意外なようで、意外ではない人物が立っていたのです……




