第271話 愛の答え
ランスによる王様からの沙汰と論功行賞の通達が終わり――領主屋敷を出ると、ファーブリアの町では、豊穣祈願祭が再開されていました。
町じゅうは、きのうと同じ……いいえ、それを大きく上回る活気に包まれています。
それはきっと、エミルとシロンの浄化魔法のおかげです。闘争の空気はすっかり消え去り、二日前に暴動を起こした人たちもみんな解放されたことによる、単純な参加者の増加。さらに、新たな英雄の誕生を祝う気持ちが、町全体をあかるくしているのでしょう。
「ユーリ、だいじょうぶ?」『かお、まっさおだけど……』
エミルとシロンが、心配そうな顔を向けます。
合流してきたユーリは、なんとか薬の副作用こそ抜けたものの、まだ気分が悪そうでした。上から下から出るものをすべて吐き出し、味覚も回復したばかりなのです。ムリもありません。
『もうすこし、やすんでおいたほうがいいんじゃないの?』
彼に抱っこされているクリスも、気づかうように顔を見上げました。
けれどユーリは、つらそうな顔をしながらも、かぶりを振ります。
「ううん……だって、せっかくのお祭りなんだもん。ぼくだって、楽しみたいよ……」
「ユーリ……」
彼があきらかにムリをしているのは、エミルにもわかっていました。
けれどエミルは、ぐっと口を結んでから、なにかを考えこむように目を伏せ――そして、ぱっと顔を上げます。
「……そうだね! せっかくの半年に一回のお祭りだもんね! 町の平和を勝ち取ったおいわいでもあるし! めいっぱい楽しまなくっちゃ、ソンだよ!」
そう言って、シロンといっしょに「おー!」と手をあげました。
エミルたちだって、きのうはいろいろ大変だったはずです。それなのに、元気いっぱいに見える――のですが。
ユーリの目には、どうもそれだけではないように映りました。
まるで、なにかを振り払うように、なにかを考えないようにするため、ムリにあかるくふるまっているような……そんな気がしたのです。
「さあユーリ! いっぱいお店回ろう!」
笑顔のエミルに、がしっと手首をつかまれ、ユーリはドキッとしてしまいました。疑問は、その瞬間、どこかへ吹き飛んでしまいます。
同時に、思い出しました。エイミーを正気に戻した直後、彼女に言われた、あの言葉を。
――エミルさんに、想いを伝えてあげてください。
ユーリの顔は、ますます赤くなりました。
当のエイミーは、ユーリが告白しやすい空気を作るため、気を使ってエミルとふたりきりにしてくれたのです。
彼女との約束を果たすためにも……この機を逃すわけにはいかない。
ユーリは、そっと決意を固めるのでした。
☆ ☆ ☆
エミルとシロン、ユーリとクリスは、お祭りのお店をたくさん回りました。
さっきお屋敷で、新領主となったベルディアから、これまでのお礼としてたっぷり賞金をもらったので、おカネはじゅうぶんすぎるほどあります。
しかも今回は、れっきとした自分たちのおカネです。だからこそ、きのうアリエスにおごってもらったとき以上に、みんな遠慮なく食べて、遊びました。
『やっぱり、わたあめサイコーだね!』『いえいえ、かきごおりがいちばんです、ねえさま!』
ちびドラゴン二体も、とっても楽しそうです。
そして驚いたことに、いままで少食だったクリスが、シロンに負けず劣らずのくいしんぼうになっていました。
進化して、体が成長したせいでしょうか。熱い食べものは、前にもまして苦手になったみたいですけれど。
「ユーリ、楽しい?」
右手に串焼きのお肉、左手にりんごあめをにぎったエミルが、笑顔でたずねました。
ユーリは、またドキッとしてしまいます。エミルへの気持ちを意識してしまうと、いつも以上に彼女がかわいく見えてしまうのです。
(……あ、そうか。エミルって、すごくかわいいんだ……)
考えてみれば、エミルに対してそんな感想を抱いたのは、はじめてのことかもしれません。いえ、ほんとうは前から気づいていたのでしょう。ただ、過酷な旅に食らいついていくのに必死で、そんなことを考える余裕がなかったのです。
「ユーリ、どうしたの? やっぱりまだ、気分悪い?」
心配そうに首をかしげるエミル。その仕草がまたかわいく思えて――
「……うん、すごく楽しい……よ……」
ユーリは顔をまっかにして、思わず目をそらしてしまうのでした。
『ユーリってば、へんなのー』『もう、ユーリったら……』
ドラゴンたちも、あきれ顔です。もっとも、ふたりがそれぞれに感じ取っている意味は、少しちがうみたいですけれど。
☆ ☆ ☆
楽しくて、しあわせな時間はあっというまに過ぎ――夕暮れが終わり、やがて夜がやってきました。
エミルたちは中央広場で、アリエスとパートナーたちのパフォーマンスに見入っています。
女神の祝福を受けて、さらにボリュームアップしたふわふわのピンク髪と豊かな体を揺らしながら、白い肌を汗で輝かせて歌い踊る彼女の姿は、まさにアイドルそのもの。
露出の多い舞台衣装も相まって、アリエスはステージの上で、誰よりもまぶしく輝いていました。
「ねえ……ユーリはアリエスさんのこと、どう思ってるの?」
ブッ!
ふいに投げかけられたエミルの質問に、ユーリは飲んでいたスッキリンゴのジュースを盛大に吹き出してしまいました。
「ど……どう思ってるって……?」
「だってユーリ、アリエスさんに好きだって言われてたよね?」
花の塔の中で交わされていた会話は、意識を失っていたあいだも、イバラを通して塔とつながっていたエミルに、すべて聞こえていたのです。
「た、たしかに……言われた、けど……」
ユーリはむせ込みながら、なんとか返事をしぼり出しました。
「わたしに言いたくないなら、それでもいいよ。でも、町を出る前に、アリエスさんにはちゃんと答えてあげなくちゃダメだよ。ユーリがどう思ってるにしろ、ね」
「う、うん……わかってる……」
ユーリはうつむき加減に答えると、ふたたび舞台上のアリエスを見上げました。
愛らしい笑顔を振りまき、魅力的な踊りで観客を惹きつけるその姿は、とてもステキだと思います。
実際にふれあったことで、その包容力のある、やさしい性格にも気づきました。好きか嫌いかで言えば、迷いなく好きだと答えられる人です。
けれど――それは、あくまで“人として好き”という気持ち。
いま、いちばん近くにいるエミルに抱いている感情とは、まったく別のものだということも、ユーリはちゃんと自覚していました。
だから――
「……エミル。ぼくはアリエスさんのことが好きだ。でもそれは、きみが思ってるものとは、ちがうんだ。それだけは、はっきり言えるよ」
ユーリは、アリエスの踊る姿を見つめながら、静かに言いました。
だからこそ――その横顔を見たエミルが、ハッとしたように目を見開き、どこか安心したような、やわらかな表情を浮かべたことに、彼は気づきません。
「それに……ほら」
ユーリが視線でうながすと、舞台の上には、いつのまにかアリエスとおそろいの素材の衣装をまとった新領主ベルディアが立っていました。
羊毛のようにもこもこした生地で作られた、胸元の開いた華やかなドレス。
町一番の美女のサプライズで登場したことで、観客たちは大盛り上がりです。
アリエスとベルディアは、互いの手を取り合い、指を絡めながらペアダンスを踊りはじめました。まるで、ほんとうの恋人同士のように。
女神の祝福を受けたアリエスと、女神の巫女に選ばれたベルディア。ファーブリアの町を代表する二人の美女の共演に、人々は思わず息をのみます。
「アリエスさんのとなりには、ベルディアさんがいる。ぼくは、それがいちばんいいと思うんだ」
「……そうだね。わたしも、ずっとそう思ってた」
ユーリとエミルはもちろん、花より団子なシロンとクリスでさえ、思わず見入っていました。
豊穣の象徴と呼ぶにふさわしい、ふたりの美女が織りなす――愛の舞に。




