第270話 王様からのメッセージ
エミルたちは、マスターウィザード・ランスの要請を受け、町の領主の屋敷へやってきました。
ここを訪れたのは、町の前々夜祭のとき以来、二回目です。
あのときは、こんな大事件に巻き込まれることになるなんて、予感はあっても、ここまでとは想像していませんでした。
「いらっしゃい、エミルちゃん、エイルちゃん」
玄関で出迎えてくれたのは、領主の娘ベルディアでした。
領主が逮捕された今、暫定的に彼女がこの屋敷を取り仕切っているのでしょう。
その右腕には、最愛の親友であるアリエスが、むぎゅっと抱きついていました。どうやら中央広場でのパフォーマンスを終えたばかりのようです。
しかも彼女の服装は、以前――ノースリーブやセーターを着ていたころ――以上に目のやり場に困るものでした。白いもこもこしたチューブトップが、豊かな胸元をこれでもかと主張しています。
「お初にお目にかかる! ファーブリアが誇る二大美女よ! 実になかなかまぶしいが、この俺様も負けちゃいないぜ!」
ランスは会うなり、シュバッとポーズを決め、美男子オーラを放ちはじめました。
それは、町一番の美女ベルディアと、町のアイドル――女神の祝福によってさらに魅力を増した――アリエスの放つ華やかなオーラと、真っ向からぶつかり合います。
もっとも、当のふたりには、そんなつもりはまったくないのでしょうが。
『バカなことをやっていないで、話を先に進めませんか?』
さすがのエクシリアも、あきれ顔です。
正直、エミルたちも同じ気持ちでした。
「ねえ、ユーリくんは来てないの?」
ベルディアの腕を豊満な胸ではさみ込みながら、アリエスがたずねてきます。
「まだ寝こんでます。ゆうべは大変だったから……」
戦いによる疲労というより、主な原因は薬の副作用でした。
イザベルに薬を飲まされる場面も、その効能も、アリエスはその場で見聞きしていたため、それだけで事情を察したのでしょう。
「そっかぁ、残念。せっかくの新しい服、ユーリくんにいっぱい見てほしかったのになぁ」
アリエスは、大きな胸を包む白いチューブトップの裾をつまみながら、少しだけ口をとがらせました。
「お祭りが再開するころには回復してると思うから、だいじょうぶですよ」
「というかアリエスさん、そうやってユーリさんを誘惑するの、やめてくれませんか?」
エイミーは不機嫌そうな顔で、小さく抗議しました。
「やだなぁ、誘惑だなんて。私はただ、もっときれいになっちゃった私を、ユーリくんに見てもらいたいって思ってるだけだよ?」
アリエスは、まったく悪びれたようすもなく言います。
22歳のオトナではありますが、彼女の心は、身につけている白い服みたいに、どこまでも純真なのでした。
「それを誘惑って言うんですよ! だいたいアリエスさんには、ベルディアさんがいるじゃないですか!」
「だって! ユーリくんのことも、いいなって思っちゃったんだから、しょうがないじゃない! ね、ベル?」
「うん。男の子に恋しちゃうアリーも、かわいいって思っちゃったから、私は別にいいよ」
「ぐっ……」
エミルさんへの嫉妬で、あれだけの事件を起こしておいて! あたしも人のこと言えないけど!
――そんな言葉が喉まで出かかりましたが、さすがに踏み込みすぎな気がして、エイミーはぐっと歯を食いしばって飲み込みました。
「それに……なにがあっても、アリーのいちばんは私なんだって、ちゃんと伝わったから……」
「ベル……」
ベルディアとアリエスは、翡翠色のひとみ同士でうっとりと見つめ合います。
ふたりのまわりには、ほんとうにピンク色の空気が漂っているのではないかと思えるほど、甘々な雰囲気がひろがっていました。
『……だから、バカなことをやっていないで、話を先に進めませんか?』
エクシリアは、さらに深いため息をつきました。
エミルたちも、今度ばかりは完全に同意です。
ふたりの仲がより深まったのはよろこばしいことですが、ここまで来ると、たしかにもはやバカップルといえる領域でした。
「そうだな。これ以上まぶしくされると、この俺様の存在感までかすんじまう。さっさと用件を済ませてもらうとするか」
ランスがさらりと前髪をかき上げます。
そして一同は、ベルディアの案内で、来客用の応接室へと通されるのでした。
☆ ☆ ☆
領主屋敷の応接室は、高級感のあるテーブルと、一対のやわらかそうなソファ、今の時期は使われていない暖炉、そして葉ぶりのよい観葉植物が置かれているだけの、シンプルなつくりでした。
窓から差し込む昼の光が、磨き上げられたテーブルを静かに照らしています。けれど部屋の空気は、きのうの事件の余韻を引きずっているせいか、どこか張りつめていました。
「全員……とはいかないが、当事者はだいたい揃ったようだね。それでは、王様からの沙汰を伝えるとしよう」
ランスは珍しくまじめな口調で言うと、どこからともなく取り出した巻物を広げました。
この場には、エミルとシロン、エイルとエクシリア、エイミーとユール、アリエスとベルディアのほか、レイチェルとキラキラ、コジカ、リップルとキラリン、イザベル、アンリ、そして涼風のスズカまで、きのうの事件をともに戦った仲間たちが集まっていました。
さすがに全員ではありませんが、主要な面々はほとんど顔をそろえています。
「……あれ? ライカさんは?」
「クロウさんも、いませんね……」
エミルとエイミーは、きょろきょろと部屋を見回しました。
ですが、ふたりの姿はどこにもありません。
「ああ、彼女たちはいいんだ。それより、話をはじめるぞ」
ランスの返事は、どこか素っ気ないものでした。
まるで、それ以上ライカたちのことには触れてほしくない――そんな空気すら感じられます。
「えーと、この度は騒動の解決、まことに大儀であった……ここは飛ばしていいな。要点だけ話させてもらうよ」
王様からのありがたい言葉を飛ばしていいのかと、その場の全員が思いました。
けれど、誰ひとり口には出しません。出したら出したでめんどくさいことになりそうだと、なんとなく察していたからです。
「まずは犯人たちについてだが……主犯格であるグレートコロニーのサブリーダー・マグニフ、ワイルドライブのマスターの息子・アーノルド、そして領主ジェラルド。この三名は王都へ護送したのち、王国側で裁きを下す」
ランスは巻物を目で追いながら、淡々と読み上げます。
「また、それらに与し、配下として動いていた者たちについては、ファーブリアの警察へ裁きを一任するものとする……だそうだ」
「きのうのきょうなのに、ずいぶん耳が早いですねー」『おうさまのみみは、ロバのみみだから?』
エミルとシロンは、そろって感心したように言いました。
「影の者たちの情報網は正確だからね。まあ、この俺様という光が強大であればこそ、彼ら影もより濃さを増すというものだが……」
「イミわかんない」『プルー……』
キザったらしく前髪をかき上げるランスに、リップルと、彼女に抱っこされているキラリンは、そろってうんざりした声を漏らしました。
「お父さま……」
父親――領主ジェラルドの名が読み上げられた瞬間、ベルディアは悲しげにうつむきました。
無理もありません。父親が罪を犯し、これから裁きを受けるのです。娘として、平静でいられるはずがありませんでした。
「ベル……」
そんな彼女をなぐさめるように、腕にしがみついていたアリエスが、そっと身体を寄せます。
そのぬくもりに支えられるように、ベルディアは小さく目を閉じるのでした。
「次は……この町の統治権についてだな。新たな領主には、ジェラルドの義子ベルディアを任命する。また、ギルド・ワイルドライブは新たな代表を立て、再建をはかるべし……」
「え、義子? ベルディアさんって、領主さんのほんとうの子どもじゃなかったんだ?」
エミルたち――ベルディアと親しくしていた者たちは、一様に目を丸くしました。
「うん、ごめんね。ずっとだまってて。立場上、あまり公にできることじゃなかったんだ」
ベルディアは少し困ったように笑います。
『ヒツジのおねーちゃんは、しってたの?』
「えへへ、私は知ってたよ。親友だもん!」
アリエスは、なんでもないことのようにぽよんと胸を張りました。
「でもね、ふたりだけのヒミツだよって約束してたから、私もずっとだまってたんだ! ね、ベル?」
「うん。ちゃんと守ってくれて、ありがとう、アリー……」
そう言って見つめ合うと、またしてもふたりのあいだに甘い空気が流れはじめます。
もはや周囲も、「またか」という顔でした。
「でも、こういうときには都合がいいかもしれないね。領主交代の際に、“問題を起こした前任者とは血縁ではない”って明かせば、町の人たちも必要以上に不信感を抱かずに済むだろうし」
壁際で腕を組んでいたスズカが、ニンジャらしくドライな口調で言いました。
「そーゆーこと、思ってても口に出さないほうがいいと思いますけど」『キュー……』
エイミーと、ベレー帽の上に乗っているユールは、そろって半目でぶーたれます。
「ワイルドライブの再建をはかれ、とおっしゃるが……具体的には、どうしろと言うんだい?」
イザベルが問いかけました。たしかに、それだけではかなりざっくりした話です。
「それについては、ちゃんと考えがあるから、心配しなくてもだいじょうぶ!」
アリエスが、ぴしっと右手をあげて答えました。
「考えって?」
エミルが首をかしげます。
「それは、お祭りのときに発表するよ。お楽しみに!」
アリエスは、ぱちーんとウインクしました。女神の祝福のおかげで、その破壊力はさらに増しています。何人かは、思わず目をそらしてしまうほどでした。
「罪人たちの護送には、二日後に王都の騎士団がやって来る。話したいことがあるなら、それまでに済ませておくといい。収容所には、君たちが来たら通すよう伝えておこう」
「話したいこと、か……」
エミルとエイミー、ベルディアとアンリは、それぞれ思うところがあるのか、静かにうつむきました。
怒り、悲しみ、聞きたいこと。胸の中には、まだ整理しきれない感情が残っているのでしょう。
「たしか王都って、ここからすげー遠かったっすよね? それなのに、騎士さまたちはたった二日で来れるんすか?」
コジカが素朴な疑問を口にします。
『王都には、高速で大人数を移動させられるワンダーがたくさんいますからね。心配無用ですよ』
エクシリアが説明すると、コジカは「おったまげー!」と目をひんむいて驚きました。
「フッ! 俺様なら、一瞬だがな!」
なぜか対抗心を燃やしたランスが、ばさっと前髪をかき上げます。ですが、その場の誰ひとりとして、本気にはしていませんでした。
「では、この件についてはここまでかな。さて――次はいよいよ、お待ちかね! 楽しい論功行賞の時間だ!」
ランスは突然、大仰なポーズを決めます。
『ろんこーこーしょー?』
「つまりね、がんばった人たちに、王様からごほうびをあげるよ、ってこと」
『ごほうび!?』
エミルに教えてもらったシロンは、大きなひとみをキラキラと輝かせるのでした。
しかし、そのよろこばしいはずの発表は、ふたりにとって、悲しい別れをもたらすものでもあったのです……




