第269話 私がマスターウィザードになった理由(わけ)
「がおー! みんな、くってやるー!」『ギャオー!』
「そんなことさせないもん! いけー! シロン!」『ワオーン!』
公園では、小さな子どもたちと、そのパートナーのワンダーたちが、ヒーローごっこをして遊んでいました。
「……ほほえましいけど、わたしの役をやってるのを見るのは、ちょっと恥ずかしくって、複雑だなあ……」
『あのワンちゃんも、シロンをえんじるには、かっこよさがたりないね!』
そのようすをベンチに座ってながめながら、エミルとシロンは苦笑いを浮かべます。すっかり、ふたりは町のヒーローになっていました。
「私のマネしてる子はいないのかあ。すっかり人気、とられちゃったなあ」
そこへ、聞き覚えのあるあかるい声が聞こえてきました。
「お姉ちゃん……」
エミルと同じく、顔を隠すためにマントのフードを深くかぶったエイルお姉さんです。
「体はもういいの?」
「じゅーぶん寝たから、へーきだよ。私にだまってひとりで出かけるなんて、ひどいな~」
「ごめんなさい。そんなつもりはなかったんだけど……」
「じょーだんだよ。私、うれしいんだから。エミルのすごさを、みんながわかってくれてさ」
そう言うと、エイルは誇らしそうな笑顔を浮かべ、フードの上から妹の頭をなでました。
「えへへ……」
エミルは、ふにゃりとした笑顔を浮かべます。やっぱり、お姉ちゃんにほめられることが、エミルにとってはいちばんうれしいことなのです。だからこそ――
「……お姉ちゃん、いつまでこの町にいられるの?」
「ん? どうしてそんなこと聞くの?」
「だって……そうしたらまた、離ればなれになっちゃうんだもん……」
エミルは、しょんぼりとうつむきました。ふだんはしっかりしている彼女ですが、いまは12歳の年相応の女の子の顔になっています。
「せっかく、4年ぶりに会えたのに……またお姉ちゃんとお別れなんて、やだよ……」
ぽろぽろと涙がこぼれ落ちます。ローブの中から顔をにゅっと出しているシロンは、エミルをなぐさめようと、ぺろぺろと頬をなめてあげました。
「エミル……」
ふだんは底抜けにあかるいエイルも、妹の泣き顔を見ては、さすがに悲しそうな表情になります。そして後ろからエミルをぎゅっと抱きしめました。
「そんな心配しなくたっていいよ。私たちは、これからもずーっといっしょだ」
『そういうわけにもいきませんよ』
エイルの指輪から、パートナーの剣の精霊――【聖王剣精エクシリア】が現れ、困ったような顔で言いました。
「なんでだよ、エクス」
『あなたはマスターウィザードで、妹さんはまだ、かけだしウィザードだからです』
「関係ないだろ、そんなの。エミルは私の妹だぞ。いっしょにいて、なにが悪いんだ」
『原則として、マスターウィザードの側近として同行を許されるのは、五等星魔法生物つかいからなんですよ。授与の際に聞いたでしょう……いや、聞くような人じゃありませんでしたね、あなたは』
エクシリアは、がっくりと頭をかかえました。
『ごとーせい?』
『ウィザードには、マスターウィザードの下に、一等星から十等星までの階級があるんです。ウィザードとしての貢献度に応じて、国から与えられる称号ですよ』
『ふーん』
自分から聞いておきながら、シロンはあまり興味がなさそうに返事をしました。
『そういうわけですので、ご主人さまは、休暇が終わる明日には、妹さんと別れなくてはいけないのです』
エクシリアは、どこかもうしわけなさそうに、うつむき加減で告げました。彼女としても、姉妹を引き離すことに心を痛めているのでしょう。
「くっそー、めんどくさいなー。こんなことなら、マスターウィザードになんて、なるんじゃなかった」
エイルは、不機嫌そうに言い捨てます。
『ねえ、おねえちゃんは、どうしてマスターウィザードになったの?』
シロンは、ふと疑問を口にしました。
その言葉に、エミルも同時にハッとします。
たしかに、ちょっとヘンだなと思いました。お姉ちゃんは積極的に人助けはしても、それは功名心からでは、けっしてないはずです。エミルのよく知るお姉ちゃんは、表彰や称号なんてめんどくさいもの、わずらわしいと思うような性格でした。その気になれば、辞退だってできたはずなのです。
「だってさ、エミル。むかしから、私のこと、すごいすごいってほめてくれてたでしょ?」
「う、うん。そうだけど……」
エミルは、なんだか照れくさくなりました。
「マスターウィザードってさ、この国でいちばんすごい人に与えられるやつでしょ? エミル、毎日新聞読むでしょ? だから、私はエミルの言う通り、いちばんすごくなったよーって、村にいるエミルに知らせたかったんだよね」
「えっ……」
エミルは目を見開きます。
ぽろぽろとこぼれていた涙は、いつしかあふれて止まらなくなっていました。
お姉ちゃんがマスターウィザードの称号を受け取った理由が、自分をよろこばせるためだけだったなんて。エミルにとって、こんなにうれしいことはありませんでした。
「エ、エミル!? 私、そんなにひどいこと言っちゃった!?」
大泣きする妹を見て、あわてふためくエイル。こんな姿、きっとエミルの前でしか見せないでしょう。
「ちがう……逆だよ……すっごくうれしいの……お姉ちゃんはやっぱり……わたしのお姉ちゃんだったんだって……」
エミルは泣きじゃくりながら、エイルの体にしがみつき、その胸に顔をうずめました。
「ははっ……なにそれ? そんなの、決まってるじゃん。いつ、どんなときだって、私はエミルのお姉ちゃんだよ」
エイルは、また誰にも見せないようなやさしいほほえみを浮かべ、妹を抱き返すのでした。
するとエミルは顔をあげ、キリッとした笑顔で宣言しました。
「お姉ちゃん……わたしも、もっとすごくなるよ。お姉ちゃんのそばに、ちゃんと並び立つために。そのための実績と強さを積み重ねて、いつかきっと……ここからが、わたしのほんとうのスタートなんだ!」
エイルは、そんな妹の決意を秘めた顔を見て、ぷっと少し吹き出します。
「なんか、なつかしいね。まるで4年前の、あの夜みたいだ」
それは4年前、エイルが追放される前日の夜。シロンと出会った森で、エミルが誓いを交わしたときのことです。妹が、いままた同じような誓いを口にしたことが、ちょっとおかしく感じたのでした。
「そうだね。わたしたち、体は大きくなっても、なんにも変わってない」
エミルも、おかしくなって笑いだします。
そしてエイルは、そんな妹の頭にぽんと手を乗せて言いました。
「なら、私も待っててあげる。エミルが私に追いついてくるときを、ずっと待ってる。4年も待ったんだから、今度だって楽勝だよ。ていうか、いまのエミルなら、もう4年もいらないよ。きっと」
「……うん!」
姉妹は笑顔で抱き合いました。
エミルのローブの中のシロンも、エイルのそばに立つエクシリアも、その光景をほほえましそうに見守るのでした。
パチパチパチパチ……
「美しい! なんて美しい姉妹愛だ! さすがの俺様も、あまりのまぶしさに目がくらんじまったぜ……」
そのとき、拍手とともに、一人の長身の男性が、涙ぐみながら姉妹のもとへ歩み寄ってきました。
エイミーに町を案内してもらっていたはずの、マスターウィザード・ランスです。
そのエイミーはというと、彼のとなりで、なんと七段七色のアイスクリームを両手で持って立っていました。
「あ、チャラい兄ちゃんじゃん。兄ちゃんも、この町に来てたの?」
エイルは気安い調子でたずねました。
「おいおい、そのチープな呼び方はやめてくれって言ったろ? お前の才能も、俺様がチャラいことも認めてるが、俺の方が先輩で、対人戦の実力だってまだ上なんだぜ?」
ランスは前髪をかきあげながら苦言を呈しますが、その顔はどこか楽しそうです。
「それより、エイミー……そのアイス、いったいなに?」
エイルよりだいぶ背の低いエミルの目には、エイミーの持つアイスのほうが目立ってしょうがないようでした。ローブの中のシロンも、じゅるり、とよだれをたらしかけています。
「すごいでしょ! ランスさんが、道案内のお礼にって買ってくれたんです!」『キュー!』
エイミーは、めちゃくちゃうれしそうに若草色のひとみをキラキラさせ、自慢げに答えました。
よく見ると、ベレー帽の上のユールも、オレンジ色の小さなアイスをにぎっています。きっとニンジン味なのでしょう。
「フッ、なーに。大したことじゃない。スゥーパァースタァーの俺様にとっちゃ、ほんのはしたガネさ」
「じゃあ、私とエミルにもおごってよ。十段で!」
エイルは、目上の相手に対しても、しれっと図太さを発揮しました。
「やぶさかではないと言いたいところだが、それじゃエイミーへのお礼がかすんじまうだろ? 三段まででがまんしろ」
「ちぇー」
ランスは、さすがのさわやかさでエイルの要求を受け流します。
おごってはくれるんだ……と、エミルは心の中でツッコミを入れました。
「おっと。俺様としたことが、いつもの調子に巻きこまれて、本来の要件を忘れるところだったぜ」
『要件……ですか?』
主人と同じマスターウィザードの言葉に、エクシリアは真剣な表情になります。
「そろそろ正午――約束の時間だ。王様からの沙汰を言い渡す時間だぜ。いますぐ領主屋敷に集合だ」
エミルとエクシリアは、はっと目を見張りました。
ついに来た、王様からの沙汰の時間――いったい、どんな話が飛び出してくるのでしょうか。




