第268話 魔法陣のタネあかし
「イザベルさん!」
エミルは町の薬屋さんの前で、イザベルと出会いました。
この薬屋さんは、数日前、エミルたちが“ナオレンゲ”の花の採取依頼をもらったお店です。
「おお、エミルか! よくここがわかったな」
探検家のイザベルは、いつもどおりのはつらつとしたようすで返事をします。
「エイミーから聞いたの。薬屋さんに行ったって」
「だが、どの薬屋に行くかまでは伝えていなかったはずだろう?」
ファーブリアの町には、ほかにもいくつか薬屋さんがあります。
「わたしがいちばん思い当たる場所に来てみたら、こうして一発で会えたってわけです」
この薬屋さんは、エイルやユーリ、それからエイミーたちといっしょに薬草採取の依頼を受けた、思い出深い場所でしたから。
「そういうわけか。……だが、そのおかげで、この町は救われたと言ってもいい」
「どういうことですか?」
「あの簡易魔法陣を描くために使った白いチョーク……あれは、この店で作ってもらったものなんだ」
「えっ!? そうだったんですか!?」
エミルもシロンもびっくりです。
そういえば、あのチョークの出どころが気になると、さっきレイチェルも言っていました。
「森で君たちの魔法を見て着想を得てな。簡易魔法陣で、この町全体に浄化のチカラを行きわたらせようと思ったんだ。それで、チョークの材料を集め、作れるだけの技術を持つ職人を探した。町で話を聞き回るうちに、たどり着いたのがこの店だったというわけさ」
「『へぇー……』」
エミルとシロンは、そろっておくちをあんぐり。
「ただ、店主のばあさんが言うには、それにはべらぼうなカネがかかるらしくてな。私のポケットマネーでは、どうにもできなかったんだ」
イザベルはそこで、ふっと笑みを浮かべました。
「そのときだ。何がきっかけだったか、君たちという共通の話題で、私たちは意気投合してな。おたがい、“君たちには大いに助けられた身だ”って話になったのさ」
「そうだったんだ……」
するとイザベルは、胸を張って大げさなポーズを取り、テンション高めに言いました。
「そこで私は切り出した! このチョーク作りは、エミルたちを助けることにつながるのだと! すると粋な店主のばあさんは、こころよくタダで引き受けてくれた! ――というわけなのさ!」
「なるほど……それなら、わたしもあとでちゃんとお礼を言わなくちゃですね」
人のためにしたことが、巡り巡って自分の助けになる。
何度も経験してきたことですが、エミルはあらためて、その大切さを実感するのでした。
『ところで、なにをざいりょうにしたの?』
シロンは直感的になんとなく気になって、たずねます。
「えっ……そ、それは……知らないほうがいいと思うなぁ。……特に君は」
イザベルはギクッと顔を引きつらせ、露骨に目をそらしました。
『えーっ!? そういわれると、よけーきになる! おしえてよー!』
シロンはバサッとイザベルの顔に飛びつき、しつこく問い詰めます。
「むぐっ……! そ、その……君が寝ているあいだに、こっそりウロコを数枚と、よだれとツメを少し失敬して……」
『…………え?』
一瞬、シロンの動きがぴたりと止まりました。
そして数秒後――
『うがーっ! ゆるさーん!』
ゴオオオッ!!
わなわなと怒りで顔を真っ赤にしたシロンの口から、灼熱の炎が噴き出します。
「ぎゃああああっ!?」
イザベルは頭から炎に包まれ、町中に情けない悲鳴を響かせるのでした。
☆ ☆ ☆
「……そういえば、ライカさんがどこへ行ったか、知りませんか?」
薬屋に入り、おばあさんへお礼を伝え、チョーク製作の代金代わりにいくつか薬を購入したあと。
エミルは、くすんだ赤いショートヘアがアフロのように爆発してしまった、黒コゲ姿のイザベルにたずねました。
「いや、知らないな。彼女とは気が合うが、どうにもつかみどころがないからなあ」
「そうですか……」
「まあ、そのへんをぶらぶらしていたら見つかるかもしれないぞ。私のほうでも探してみよう」
「ありがとうございます。それじゃ、またあとで」
エミルとシロンが歩きだそうとした、そのときでした。
「エミル」
どこか真剣さをはらんだ声で、イザベルが呼び止めます。
「……なんですか?」
その空気を感じ取ったのか、エミルも神妙な面持ちで振り返りました。
「……君たちの浄化魔法は、本当にすばらしい。探検家として長いこと旅をしてきたが、あそこまで見事で美しい魔法は見たことがない」
イザベルはそう言って、戦いのツメあとなんてこれっぽっちも残っていない、町の美しい景観を見渡しました。
石畳の道には活気が戻り、人々の笑い声が響いています。あれほど町を覆っていたイバラも消え去り、まるでゆうべのできごとが、悪い夢だったかのようでした。それはきっと、誰もが思っていることでしょう。
『そんなにほめたって、シロンのウロコとツメをかってにとったの、ゆるさないんだからね!』
シロンはエミルのローブからひょっこり顔を出し、ぷりぷり怒りながらわめきます。
けれど、ほめられるのはやっぱりうれしいのか、しっぽはどこか得意げに揺れていました。
「……だが、新聞でも取り上げられたように、そんな君たちを、もう誰も放っておいてはくれないだろう。いい人間も……悪い人間もな」
エミルは、ごくりと息を飲みます。
冒険者たちの休憩所で別れる際、ミスリオも言っていました。
浄化魔法は、ワンダーを暴走させる技術をあつかうバッテン・クロイツの残党たち――そんな悪のウィザードにとって、目ざわりでしょうがない存在だと。これから先、きっと今まで以上に、そうした危険な存在に目をつけられることになるでしょう。
それだけではありません。条件をそろえる必要があるとはいえ、町ひとつを丸ごと復元してしまうほどのチカラです。いい人の顔をして近づき、そのチカラを利用しようとする人間だって、きっと現れるにちがいありません。
エミルは町を見渡しました。いま目の前にひろがる、美しく平和な景色。けれど脳裏に浮かぶのは、事件当時の、イバラに覆われた荒れ果てた町の姿でした。
たしかに、親もとを離れて旅を始めた時点で、危険への覚悟はしていたつもりです。
ですが――今後も、あれほど大きな悪意に何度もさらされることになるかもしれない。そう考えるだけで、胸の奥がずしりと重くなるのでした。
『だいじょーぶだよ。おねえちゃんがいるじゃん!』
そんな不安を見透かしたように、シロンがエミルを見上げて言います。
「……そういうわけには、もういかないよ……」
けれど、その言葉を聞いたエミルの表情は、かえってさらにくもってしまいました。
『あっ……』
はげますつもりだったのに逆効果になってしまい、シロンもしゅんとうなだれてしまうのでした。
「うむ……君の姉はマスターウィザードだからな。王国でもトップクラスの、それなりに重い立場の存在だ。いくら実の妹とはいえ、君ひとりにかかりきりになるというわけには、いかないだろう……」
イザベルのそのひとことに、エミルは思い出してしまいました。
お姉さんのエイルとこの町で再会できたことは、ほんとうにうれしいことでした。またいっしょにいられる――そう思えただけで、胸があたたかくなったのです。
けれどエイルは言っていました。いまはマスターウィザードに認定されて間もないため、特別に暇をもらっているだけ。数日後には本格的に、立場にふさわしい大きな依頼をこなさなくてはならないのだと。
旅をはじめてまだ一週間。かけだしで、なんの資格も持たないウィザードのエミルでは、お姉さんと同行する権利なんて、基本的にはありません。実力差も、あまりにも大きくかけ離れすぎていました。
――せっかく4年ぶりに会えたのに。また、お姉ちゃんとはなればなれになっちゃう。
そう思うと、エミルはたまらなくさみしく、胸がぎゅっと締めつけられるのでした。
そんなエミルの表情から察したのか、イザベルはバツが悪そうに頭をぽりぽりとかきます。
「あー……すまない。そんな顔をさせるつもりはなかった」
それから、少しやさしい声になって続けました。
「だが、君には姉以外にも、助けてくれる仲間が大勢いるだろう。私も、その一人だ。困ったことがあったら、いつでも頼ってくれていい」
そして、黒コゲになった顔のまま、さわやかな笑みを浮かべるのでした。
「……うん。ありがとう、イザベルさん」
その言葉に少し救われたのか、エミルはやわらかくほほえみます。
そうして、手を振るイザベルと別れ、エミルは次に向かいたい場所へと歩き出すのでした。
☆ ☆ ☆
いっぽうそのころ。
マスターウィザードのランスと、彼を案内しているエイミーは――
「……しかし、信じられないな。本当に、君たちの言うような大事件があったとは、とても思えない」
ランスは、お祭り再開の準備におおわらわな町のようすを眺めながら、いぶかしげな表情で言いました。
通りには屋台を立て直す人たちの声が飛び交い、子どもたちの笑い声まで戻っています。だれがどう見ても、ゆうべあわや町が滅びかける一歩手前だったなんて、信じられません。
「それは、当事者のあたしもそう思います。きのうのことが、まるで悪い夢だったみたいで……」
『キュー……』
エイミーも物憂げな表情でつぶやきます。
ベレー帽の上で寝そべっているユールも、同じ気持ちなのか、しょんぼりと鳴きました。
「俺は、自分の目で見たものしか信じないタチなんだが……まいったな。これじゃ、判断のしようがない」
「でも、ほんとうにあったことなんです!」『キュー!』
さわやかに前髪をかき上げながら苦笑いするランスに、エイミーとユールはぷんすか抗議します。
「わかってる、わかってるよ。俺は子どもの一生懸命な訴えは、全面的に信じるタチでもあるからね」
ランスは両手をひらひらさせながら、エイミーを落ち着かせるように言いました。
「しかし、これだけの芸当をやってのける、あのエミル……なんとか保護する手を考える必要がありそうだな」
「ほご……?」『キュー?』
エイミーとユールは、なかよくきょとんと首をかしげます。
「超絶にきらめくすごいヤツは、誰も放っておかないってことさ。この俺様みたいにな!」
ランスはキラーンと効果音が響きそうな勢いでキメポーズを取り――エイミーとユールは、そろってぽかーんとするのでした。




