第267話 無力と感謝と
「みんなー! お昼からのお祭りも、楽しみにしててねー!」
元気で甘ったるい声のあとに、野太い大声援が響き渡りました。
「ア……アリエスさん?」
中央広場の舞台上では――なんと天使化したアリエスが、パートナーのヒツジ型ワンダーたちといっしょに、アイドルのようなパフォーマンスをしていました。
野太い大声援の正体は、それを見るために舞台のまわりに集まっている男性たち……つまり、アリエスのファンたちです。
『ヒツジのおねーちゃん、ノリノリだねえ』
シロンも、ぽかーんと目をまんまるにしています。
羊毛のもこもこ素材のチューブトップにショートパンツという、かなり露出の多い格好で、女神の祝福を受けたことで、さらに美貌と愛らしさを増した笑顔を振りまいています。加えて、豊満さを増した体を元気いっぱいに揺らしているのですから、魅了されない人間のほうが少ないでしょう。実際、エミルもおどろき、ややあきれつつも、視線は踊るアリエスにくぎづけになっていました。
観客から話を聞くと、これはお祭り本番前の宣伝活動兼、公開リハーサルのようなものらしいです。
エミルはアリエスに見とれながらも、安心したように笑みを浮かべました。
だって、露出した二の腕や胸元からは、あの痛々しかったキズあとが、すっかり消えていたのですから。
「……そろそろ、行こうか」
『うん!』
ひとしきりアリエスのパフォーマンス観覧を楽しんだエミルとシロンは、満足げな顔で中央広場をあとにし、次の行き先へ向かうのでした。
☆ ☆ ☆
「……ありゃ、これじゃ入れそうにないね……」
エミルが次におとずれたのは、ギルド・グレートコロニーの本部でした。
けれど入口には、たくさんの警察官たちが出入りしていて、一般人の立ち入りは禁止されています。
きっと、マスター補佐だった事件の黒幕・マグニフの件で、いろいろと調査しなければならないことがあるのでしょう。
ちなみに、エミルが聞いた話によると、ほかにも彼にそそのかされた者や、その思想にひかれて協力した団員が何名かいたらしく、その人たちもまとめて逮捕されたのだそうです。
『ねえ、あれ、カイザーとミスリオじゃない?』
シロンが指さした先には、見覚えのある黒スーツ姿の銀髪の少年と、銀色のチビドラゴン、そして背の高いメイドさんの姿がありました。
少年警察官ミスリオと、パートナーの【ミスリルドラコ】のカイザー、従者のアザレアの三人です。
「ほんとうだ、おーい!」
彼は警察としての立場を隠しており、こういう場所で声をかけるのはあまりよくないかとも思いましたが、人から少し離れた位置で手持ち無沙汰そうにしていたので、まあいいか、とエミルは呼びかけました。
「……エミルか。元気そうだな」
ミスリオは、こころよく応えてくれました。
「そっちもね」
エミルもまた、にこりと答えます。
「今回の一件、また借りができてしまったな」
「気にしなくっていいのに。わたしはわたしのやるべきことをやっただけだよ」
「フッ、あいかわらずだな」
『カイザーも、げんき?』
『まあまあだ』
『え!? しゃべれるようになったの!?』
『その驚き顔を見れば、訓練したかいがあったというものだ』
ドラゴンたちも、なかよしそうです。
カイザーは、シロンが人の言葉をしゃべれることをうらやましく思い、ひそかに特訓していたことを、誰にも明かすつもりはないようです。
「ごめんね、お仕事中だった?」
「いや……今回、俺達は何も出来なかったに等しい。せめて警察としての職務で挽回しようと思ったんだが……気が変わった」
「どういうこと?」
「この町のようすは見ただろう?」
「うん、見たよ」
「どう思った?」
「みんな、たくましいなって」
「そういう事だ」
「そういうことかあ」
『シロンはわかんないよ! どーゆーことなの!?』
エミルたちにぷんすか怒るシロンの顔を見て、カイザーがわずかに、ぷっと吹き出しました。
ミスリオは、町を歩く人々やワンダーたちを眺めながら、静かに答えます。
「この町の人々は、自分たちの力で町をよくしていける強い心を持っている。外様の俺達が入り込む余地などない。むしろ、余計な軋轢を生むだけだろう」
「そんなことはないと思うけどなあ」
「それに、警察組織というのは縄張り意識が強いものですから」
「ああ……そういえば、前に読んだ物語とかでも、そんな感じだったなあ」
アザレアの説明に、エミルは納得したようにうなずくのでした。
『ニンゲンって、ほんっとめんどくさいね!』
『ドラゴンの私達が、縄張り意識にどうこう言う資格はないと思うが……』
ぶーたれるシロンに、カイザーが静かにツッコミを入れました。
「そうだ、一応伝えておく。アスタとアンナは、今朝早くこの町を出たようだ」
「え? そうなの? あとで会いに行こうと思ってたのに……」
きのうの戦いのあと、イバラに捕らわれていた仲間たちは全員解放されました。しかし、話をするまもなく解散してしまっていたのです。
『でも、どうして? せっかく会えたのに、おまつりのやりなおしだってあるのに!』
「気持ちはわからなくもない。俺達全員、昨日の戦いでは力不足を文字通り痛感したからな……祭りを楽しむような精神的余裕など、あるまい。逆に、脚光を浴びたお前達とも顔を合わせづらいだろうしな」
「そっか……」
エミルはうつむきました。
自分としては、そんなことはないと思っています。しかし同時に、経験上、無力感にさいなまれる気持ちも痛いほど理解できるので、これ以上なにも言うことはできませんでした。
『あ、そういえば、ハクとそのウィザードはいっしょじゃないの?』
シロンが思い出したようにたずねます。カナトの名前を出さないあたり、まだ彼のことを許してはいないようです。
ミスリオは頭をかかえながら、はあとため息をついて答えました。
「……あいつは宿屋に閉じ込めてある。回収したはずの黒い杖を、いつのまにか持ち出していたとはな……こちらの管理不行き届きもあるとはいえ、手グセの悪いヤツだ」
「じゃあ、あとでありがとうって伝えておいて。またハクを暴走進化させたことは許せないけど、おかげで助かったのも事実だから」
「約束しよう」
「それからアザレアさんも。イザベルさんから聞きました。花の塔に突入する前に、あの白い線を引くのを手伝ってくれたって」
白い線で描かれた、シロンの浄化魔法の効果を増幅させるための、町全体を囲む簡易魔法陣。
イザベルから、レイチェル以外にも、それを描くための協力者がいたことを聞いていましたが、アザレアはそのひとりだったようです。
「私の助力など、ささいなものです。マナの総量には自信があったのですが、レイチェル様とは比べるべくもありませんでしたし」
イザベルも、レイチェルの引いた線がいちばん長かったと言っていました。
魔法陣を描くには大量のマナを消費します。彼女の大きな体には、それに見合うだけのマナが、筋肉と同じようにパンパンにつまっているのでしょう。
「……そろそろ、俺達も行く。この借りは、いつかまとめて返させてもらう。また会おう」
ミスリオとアザレアは、くるりとこの場を立ち去ろうとします。
エミルたちは、それを呼び止めようとはしませんでした。
ミスリオもまた、アスタやアンナと同じ気持ちなのだと理解していたからです。
でも――
「……わたしは、ミスリオや、アスタやアンナに、リップルにコジカが、なにもできなかったなんて思ってないよ」
ミスリオは、ぴたりと足を止めます。
「みんながユーリたちを助けるために動いてくれなかったら、わたしはこうして生きていなかった。ベルディアさんだって取り返せなかった。そして、マグニフの計画通り、女神様は狩猟神になって……最終的にお姉ちゃんがそれを討ったとしても、ファーブリアの町はきっと滅んでたよ」
エミルは声をわずかにふるわせながら、フードをはずし、ベレー帽を胸の前で抱えるように持ちました。
「だから、あなたたちがどう思っていたとしても、わたしはみんなに感謝しています。どうも、ありがとう!」
そして、ミスリオの背中に向けて、ぺこりと頭を下げたのです。感謝の気持ちを、めいっぱいこめて。
シロンも、それにならっておじぎをしました。
ミスリオは背を向けたまま――その表情をゆるめ、フッと口角を上げます。
「……こちらこそ、礼を言わせてもらう。またいつか……必ず会おう」
「うん!」
『カイザーも、げんきでね!』
『お前もな、シロン』
こうして、エミルたちはミスリオたちを見送り――自分たちもグレートコロニーをあとにして、次の目的地へ向かうのでした。




