第266話 ファーブリアの町はきょうもいい天気
突然、子うさぎ亭の食堂に現れたマスターウィザードの男性――ランス・グランシャリオの登場に、エミルたちはおどろき、とまどっていました。
『マスターウィザードってことは、おねえちゃんのなかまってこと?』
シロンは、きょとんと首をかしげます。
「そうとも、ドラゴンのお嬢ちゃん。もっとも、同じ肩書きを持つとはいえ、そのきらめきは俺様に及ぶべくもないがね。……とはいえ、彼女の才能は大いに認めているさ」
ランスは優雅にティーをたしなみながら、自信マンマンに言いました。軽薄そうな見た目どおりのナルシストで、威厳もなにもあったものじゃありません。
けれど――エミルの表情から、緊張は消えませんでした。
尊敬するお姉さんと同じ肩書きを持つ人物だからこそ、目の前の男性のチカラがホンモノであると、ひと目で理解できたのです。
さらに、たれ目の黄色いひとみの奥には、強い正義感と責任感の光が宿っていました。どうやらチャラいのは、表向きのポーズだけのようだと、エミルは気づきました。
「ここはなかなかいい宿だ。たまにはこういう、こじんまりした場所も悪くない」
「こじんまりしてて悪かったですね」
この宿の娘であるエイミーは、ふきげんそうに顔をしかめます。
「その、こじんまりした宿にわざわざ来たってことは……お姉ちゃんに会いに来たんですか?」
エミルがたずねました。
「その通り――だが、そのアンサーでははなまるはあげられないな。俺様が会いに来たのは、君たちを含め、昨日の騒動に関わった全員だからさ」
「えっ?」
みんなの声が重なります。
『きのうのこと……しってるの!?』
「今朝、新聞で読んだのさ」
「えっ……それなのに、どうしてもうここへ!?」
エミルのおどろきも無理はありません。
ランスがそれまでどこにいたのかはわかりませんが、少なくとも今朝の新聞で事件を知り、もうファーブリアの町へ到着しているなんて、いくらなんでも早すぎます。まだ世間は、朝ごはんの時間だというのに。
「俺様にかかれば、王国じゅうどこだって、あっというまにひとっ飛びさ。“世界最速の光星”の名はダテじゃない。なあ、エレクトラ?」
ランスは、右肩に乗せた黄色い鳥のあごをやさしくなでました。どうやらエレクトラという名前のようです。
シロンとユール、キラキラは、ひと目でわかりました。このトリ――ただものではない、と。
「まあ、移動方法については……わかりました。でも、それにしたって動きが早すぎじゃないですか?」
エミルの次の疑問は、新聞に載っていた自分たち姉妹以外の関係者を、どうやって知ったのか。そして、どうして自分たちが子うさぎ亭に宿泊しているとわかったのか――でした。
「王様が、かねてよりファーブリアの町で不穏な動きがあると察知していてね。“影の者”をもぐりこませていたんだ。そいつから事件のあらましは、逐一報告を受けていたのさ」
「影の者……って、もしかしてクロウって人のことですか?」
エイミーはハッとして言いました。
クロウ――ピンチにおちいったユーリたちの前に突然現れ、大きな助けとなってくれた、ナゾの黒マントとサングラス姿の……オトコかオンナかもよくわからないヒト。
そういえば、花の塔の一階で別れてから、一度も姿を見ていません。
「クロウ……ああ、“コードC”のことか。そうだよ、子ウサギのお嬢ちゃん」
ランスは、カップを置きながら肩をすくめました。
「まあ、そんなわけで、直接この町の状況を見て、ついでに沙汰を言い渡してこいってことでね。世界最速の俺様が派遣されたってワケさ。……ことわっておくが、けっして一番ヒマしてたからって理由じゃないぜ?」
エミルたちはみんな、なぜかなんとなく――この人、ヒマしてたんだな、と思いました。
『さたって、なんだっけ?』
「いいコトをしたコにはごほうびを。ワルいコトをしたヤツにはバツを。王様が、それをどう与えるか決めるってコトさ。さながら俺様は、それを告げに来た神の使いってところだよ、かわいいドラゴンのお嬢ちゃん」
『ごほうび!? むふー! おにーさん、いいヒトだね!』
“かわいいお嬢ちゃん”なんて言われて、シロンはすっかり上機嫌です。しっぽをぶんぶん振りながら、鼻息荒く胸を張っていました。
そしてランスは、空っぽになったカップをソーサーの上に置くと、スッと優雅に立ち上がりました。
「さて、そろそろ町のようすを見て回るとするかな。子ウサギのお嬢ちゃん……エイミーちゃんだったか? キミがいちばん地理にあかるそうだ。道案内をたのむよ」
「えっ……い、いいですけど……」
『キュー……』
エイミーはとまどいぎみでしたが、承諾するしかありませんでした。頭の上のユールも、気が重そうな声をもらします。
なにしろランスは、マスターウィザード――王国でも指折りの実力者です。断りづらいですし、いっしょに町を歩くだけでも緊張してしまいます。
「では、エミルちゃんに筋肉のお嬢ちゃん。そういうわけだから、正午に領主屋敷へ集合だ。またあとで会おう。アデュー!」
ランスはさわやかに右手を振ると、エイミーをともなって宿屋をあとにしていきました。
「……筋肉のお嬢ちゃんって、あたしのことだよね? えへへっ! ほめられちゃった!」
『キュー!』
レイチェルはにこにこ笑顔で、大きな体をぴょんぴょん跳ねさせました。パートナーのキラキラも、主人がうれしそうなので、いっしょになってはしゃいでいます。
受け取り方によっては悪口にも聞こえる呼び方ですが、筋肉自慢のレイチェルにとっては、最高のほめ言葉だったようです。
『ごほうび、たのしみだね!』
シロンは羽をぴょこぴょこさせながら、レイチェルにも負けないまぶしい笑顔を見せました。
「うん、そうだね……」
しかしエミルは、どこか浮かない表情。王様からの通達というものものしい雰囲気に、どうにもイヤな予感もぬぐえないようでした。
☆ ☆ ☆
「うわあ……ほんとうにやってるよ……」
朝食をすませたあと、約束の正午までの時間つぶしもかねて、事件後のファーブリアの町のようすを見ようと、ふたりだけで散歩に出かけたエミルとシロン。そんなふたりが目にしたのは、おどろくべき光景でした。
なんと、騒動によって中断された豊穣祈願祭の、再開に向けた準備が行われていたのです。
シロンの大規模な浄化魔法によって町は元通りに修復され、さらに女神ファルテミスの祝福によって、町じゅうから奪われていた活力も戻りました。
とはいえ、きのう大事件が起きたばかりだというのに、もう祭りを再開しようとしているなんて――ファーブリアの人々やワンダーたちのたくましさには、舌を巻くばかりです。
そもそも、メインイベントである“神降ろしの儀”はすでに終わっています。にもかかわらず、お祭りを再開する必要があるのか――それには、ある大きな理由があったのでした。
エミルはベレー帽の上からローブのフードを深くかぶり、人目を避けるように歩いていました。
ファーブリアを救った英雄として新聞記事にもなり、いまや、お姉さんのエイルに匹敵するほどの有名人となってしまったのです。顔を隠さなければ、大さわぎになるのは避けられません。
その証拠に、道行く人々はみんな口々に、エミルへの感謝と称賛を語っています。そんな中で堂々と歩いていたら、まちがいなくこちらに殺到してくるでしょう。
エミルはちやほやされること自体は、正直きらいではありません。ですが、自由を奪われるのは大きらいです。そういうところは、お姉さんとよく似ていました。
『みーんな、シロンとエミルにかんしゃしてるね! むふふー!』
シロンがローブの中から、カメみたいににゅっと首を出して笑いました。
「そうだね。がんばってよかった、って気分になるね」
ふたりはうきうきしながら、ゆうべ激戦の地となった中央広場へ向かっていきます。
そこで――
「……なに、あれ……」
エミルたちは、思わず足を止めました。
中央広場では、人だかりと歓声に包まれながら――びっくり仰天するような催しが行われていたのです……




