第273話 ワイルドライブの真実
「わあ」
エミルが振り向くと、そこに立っていたのは、青白く光る筋骨隆々の壮年男性――いまそこで死んでいる、アーネストのユーレイでした。
エミルは小さく、ちょっぴり驚きます。
(なんだよ、反応がちいせえなあ。オバケに話しかけられてるんだぜ。もうちっとビビッてくれてもいいだろう)
「まあ、慣れてますから」
がっかりしているようすのアーネストに、エミルはしれっとした態度でこたえました。日常的にユーレイが見えている彼女にとって、これぐらいではびっくりするほどでもないのです。
「エミル、誰と話してるの?」
エイルがたずねます。ユーレイが見えないほかの人間にとっては、エミルがまるでネコみたいに虚空を見つめて、ひとりごとをつぶやいているようにしか見えませんから。
「アーネストさんのユーレイ」
「えーーーーーっ!?」
これまたエミルがしれっと答えると、エイル以外の全員が絶叫しました。
「そ、そうだった。エミルは、ユーレイが見えるんだっけ……」
ユーリはハッと思い出したように、ほっと息をつきます。
「親父が……そこにいるのか……?」
拘束されたままのアーノルドが、驚いた顔のまま、ごくりと息をのみました。
「いるよ。あなたやみんなに、言いたいことがあるんだって。おのぞみなら、代弁するよ?」
エミルはけわしい顔で答えます。
「あ、そういうことなら、ちょっとよろしいでしょうか?」
そこへ、アンリがぴっと右手をあげました。
「なんですか?」
エミルが問うと、アンリは右手の指輪からワンダーを呼び出します。
ピンク色の、幾何学的ともいえるふしぎな模様の翅を持つ、幻想的な雰囲気のチョウでした。
「この子は【ゲンワクチョウ】。その名の通り、幻覚を見せて獲物を惑わせ、誘いこみ、巣で待つ幼虫の餌にするという特徴を持つ種です」
「生態の説明はいいですから!」
ぞわっと寒気を感じたエイミーが、思わずツッコみました。
近くでは、アリエスとベルディアも同じように、豊満な身体を震わせています。
『そ、そんな危険なチョウを使って、どうするつもりなのですか!?』
ムシが苦手なエクシリアは、主人であるエイルの影に隠れながらたずねました。
「この子の幻惑のチカラを使って、妹さんの姿と声を、アーネスト氏のものに変えて見せます。その方が、臨場感が出るでしょうからね」
「臨場感って……」
ユーリは引きつったほほえみを浮かべ、思わずツッコみます。
『それって、エミルがあのおじさんにヘンシンするってこと? なんかやだなー』
シロンがぶーっと文句をたれました。
「飽くまで幻覚でそう見せるだけです。実際に姿が変わるわけではありませんよ」
アンリの説明で、シロンはしぶしぶ納得したようです。
「わたしはかまいません。あなたもいいよね?」
エミルは承諾し、アーノルドの意思を確認します。
アーノルドは、とまどい気味の表情で少し考えたあと――
「……ああ、やってくれ」
そう言って、うなずきました。
その表情には、これまでの悪辣さとは違う、真剣な色が浮かんでいます。
すると、ゲンワクチョウがあたりに鱗粉をまき散らし――エミルの姿は、筋骨隆々の壮年男性――アーネストのものへと変わっていきました。
「わあ!?」
一同は、びっくり仰天です。
「み、みんな驚きすぎじゃない?」
エミルがリアクションすると、一同はさらに仰天しました。
なにしろ、エミルのかわいらしい声まで、アーネストのような野太い声に変わっていたのです。なのに、ふだんと同じ調子で話すものですから、そのギャップでよけいに驚いてしまうのでした。
そんな中、お姉さんのエイルだけは、おかしくって「ぷぷっ」と吹き出しています。
「幻覚はちゃんと効いているようですね。では、はじめてください」
アンリにうながされ、アーネストに見えているエミルは「はい……」と言いかけたところで踏みとどまり、こくりとうなずくだけで応えました。
エミルは、自分にだけ見える、かたわらのアーネストのユーレイの言葉を、一字一句もらさず代弁しはじめます。
雰囲気を壊さないよう、棒読みにならないように――できるだけ感情をこめて。
「……いきなりだが、悪いな。死んじまって。だが、気にすることはねえ。もともと俺の命は、長くなかったからな」
「なっ……!」
息子のアーノルドと、アンリ以外の全員が、再び驚きました。
「やはり、それが表舞台から姿を消した、本当の理由だったのですね」
「さすがはムシ博士の嬢ちゃんだな。気づいてたか」
「それを確かめるための、エキシビションマッチでしたから」
当時、開催が危ぶまれていたお祭りを盛り上げるためのイベント――マスターウィザード・エイルの妹、エミルをダシにした、二大ギルドマスターを交えてのエキシビションマッチ。
しかし、その裏の目的は、アーネストの真意を確かめるためのものでもありました。
その直後、アンリとエミルはマグニフの罠にかかり、寄生植物に捕らわれてしまったため、得た情報を活かすことはできませんでしたが……アンリは、アーネストの戦いぶりから、彼の身体に起きていた異変に気づいていたようです。
「お察しの通り、俺の体は病に侵されていた。余命は、大体……今から二か月後くらいって診断だった。医者には、一生の頼みだから誰にも言わないでくれって、クギを刺してたからな。ギルドの連中も、誰も知らねえ」
「だから、息子に拐かされ、領主に隷属されるという不覚を取った――というわけですか。貴方にしては、迂闊過ぎるとは思っていました」
アンリが冷たく言うと、うしろでアーノルドは、バツが悪そうに目をそむけました。
しかし、次に放たれたアーネストの言葉は、意外なものでした。
「……それは違う」
「え?」
「あの世に行く前に、謝罪しよう。今回の一件、元をたどれば、すべては俺自身が招いたことなんだ」
一同に、どよめきが広がります。
「それは……どういうことでしょうか? わかるように説明を求めます」
無表情なアンリの声にも、わずかな戸惑いがにじんでいました。
「……数か月前のことだ。俺は余命宣告を受けた。歳を取ったせいか、ふしぎとショックはなかった。だが同時に、いくつかの心残りが、ふっと湧いてきた。だから最期に、生きてるうちに、そいつらをどうにか清算しようと思ったのさ」
「心残り……ですか?」
アリエスが、きょとんと首をかしげます。
「一つは、お前だ。アーノルド」
「オ、オレ……?」
突然名指しされ、アーノルドはぎょっとしました。
そしてアーネストは、エミルの口を借りて、息子との過去を語りはじめます。
アーノルドが産まれると同時に、彼の母親である妻が亡くなってしまったこと。
それ以来、男手ひとつで育てることになったこと。
アーネスト自身もまた、両親の顔を知らずに育ったため、息子との正しい接し方がわからず、ずっと手探りでやってきたこと。
その結果、自分の腕っぷしをひけらかし、いばり散らす乱暴者に育ててしまったこと。
同時に、アーネストの持つ潜在的なカリスマ性まで受け継いでしまった息子のもとへ、彼を慕う同年代の、同質の仲間たちが集まってしまったこと。
それにより、ワイルドライブというギルド自体が、荒くれ者どもの集まりという印象を強めてしまったこと。
さらに、ギルドマスターであるアーネスト自身も、老いと病によって、その流れを抑えきれなくなってしまっていたこと――
「……言い訳をするつもりはねえ。すべては、俺の父親として、ギルドマスターとしての不甲斐なさが招いたことだ。そのせいで、愛すべきファーブリアに、とんでもねえ迷惑をかけちまった。本当に……すまなかった!」
そう言うと、アーネストはひざをつき――エミルの身体で、深々と土下座をしました。
一同は、またしてもびっくり仰天です。
いったい、この告白が今回の騒動と、どう関係しているのでしょうか――?




