第263話 流れ星のキセキ
エミルを抱えて飛んだシロンは、ファーブリアの町が一望できるほどの高度まで達しました。
『こうして見ると、ホントにひどい……』
シロンが悲しげにもらした通り、バラタノオロチが倒れたことで【ケルベローズ】の動きこそ止まったものの、町じゅうにはイバラやツタが絡みついたままです。
それらに捕らえられ、苦しげに動けずにいる住人やワンダーたち。崩れ落ちた建物。荒れ果てた町並み。
そして――ふたりの足もとでは、暴走した女神ファルテミスの霊体が、まがまがしい気配を放ちながらゆらめいていました。
――それはそれは、とても痛ましい光景でした。
「……うん。だから、なんとかしなくちゃ」
エミルはぎゅっとくちびるを結び、強い意思をそのひとみに宿します。
そして、右手に強くにぎった杖を、高くかかげました。
「ねえ、シロン」
『なあに?』
「わたしたちが、はじめて出会ったときのこと……おぼえてる?」
『おぼえてるよ。一生忘れない。暗い暗い夜の森で、ちっちゃなエミルが、私を助けてくれたこと』
「わたしもおぼえてる。でもね、ひとつだけ……ずっと忘れてたことがあったの」
『忘れてたこと?』
「さっき、幼いころの記憶を見て思い出したんだ。わたしとお姉ちゃんは、あの日……森に落ちた流れ星を探しに行ったんだよ」
『ながれぼし? そうだったんだ』
「結局、見つからないまま帰ることになって、いつの間にか、その目的も忘れちゃってたんだけど――でも、いま思うとね」
エミルはやさしくほほえみました。
「わたしたち、もうとっくに見つけてたんだよ。流れ星」
『どういうこと?』
「はっきり思い出したの。あのとき見た流れ星の色は、白かった。それに、翼みたいな光や、尾っぽみたいな光が、夜空にゆらめいていた……」
エミルは、そっとシロンの腕をなでます。
「そして実際に森で見つけたのは――そんな場所にいるはずのない、白いドラゴンの子どもだった」
『それって、つまり……』
「うん。流れ星の正体は、シロンだったんだよ。わたしたちは、冒険の目的を、とっくに果たしてたんだ」
『私が……流れ星……』
シロンは目を丸くしながら、ぽつりとつぶやきました。
『……そうだったんだ……』
「シロンも知ってるよね? 流れ星に願いごとをすると、かなうんだって」
エミルは、自分を抱えるシロンの手をぎゅっとにぎります。
「……だから、わたしのおねがい、かなえてくれる?」
『……もちろんだよ!』
シロンは力強く羽ばたきました。
『あの日、あのとき出会ってから、私はずっと決めてた! 私を助けてくれた、家族になってくれたエミルの願いを――ぜんぶかなえてあげるんだって!』
「……ありがとう」
エミルはうれしそうにほほえむと、かかげた右手にはまった指輪――コネクタリングを見つめました。
「……花の塔の中で、カナトが最後にユーリへ伝えた言葉。杖は、あくまでチカラを導くための道具でしかない。真にワンダーへチカラを与えているのは……」
すると、中指にはめられた――シロンのための指輪が、やまぶき色の光を放ちはじめました。
『指輪が、光ってる……これって……』
「ずっと疑問に思ってたことがあるの。どうしてこの指輪は、“コネクタリング”って呼ばれてるんだろうって」
エミルは、光り輝く指輪を見つめながら続けます。
「ただワンダーを収納して、持ち運んで、連れ歩くためだけの道具なら……そんな名前、つかないはずだから」
『コネクタリング……“つながる指輪”って意味だよね……』
「そう。わたしはいままで、それを抽象的な意味だと思ってた。でも本当は、もっと具体的なものだったのかもしれない」
エミルの声に、少しずつ確信が宿っていきます。
「パートナーは、人間のマナを受け取ることで、より強力な魔法を使える。だったら、そのマナはいったい、どうやって送られているの?」
『それはやっぱり、杖とか剣からじゃ……あっ!』
シロンは思い出します。以前エミルが、アスタをまねて杖を使わずに指揮をしていたことを。それでも確かに、シロンはエミルのマナを感じ取れていたのです。
「そう。杖なんか使わなくても、マナを与えることはできた。ほんとうに、それを行っていたのは――この指輪だったんだ!」
エミルがそう言った瞬間。
うっすらと、中指のリングとシロンの胸を結ぶ、一本の光の糸が浮かび上がりました。
『これは……絆の、糸……』
「そう。わたしも今まで、たとえ話みたいに使っていた言葉。でも、本当に存在していたんだ……コネクタリングを通じて」
『じゃあ、その指輪こそが……』
「人間とワンダーをつなげ、マナを与えるための道具――!」
すると指輪と同時に、シロンの体もまた、やまぶき色の光を放ちはじめました。
『感じる……エミルのマナが、私の全身に満ちていく……! ハクと戦ったときと、おんなじみたいに!』
シロンがおどろきの声をあげると、エミルは右手ににぎったままの杖を高くかかげました。
「うん……思えば、このルミエールの杖は、コネクタリングが発明されるより、ずっと前に作られたもの。きっと、おんなじ機能を持ってるんだと思う。けれど昔のものだから、際限がないし、制御もきかない」
『モノに歴史あり、だね』
「そういうこと。……それに、エイミーとアリエスさんがパートナーと一体化する境地に目覚めたのも、きっとなにかのきっかけで、指輪のチカラが覚醒したからなんだと思う」
エミルは、やさしく指輪を見つめます。
「でも、それを意識的に自覚したわたしたちなら……もっと大きなチカラを引き出せるはず……!」
『それって、エミルが私と合体するってこと?』
「ううん。それはやらない」
エミルはきっぱりと首を横に振りました。
「エスメラルダ湖でも言ったけど、ひとつの体になること――それは、わたしたちが求めるものじゃないから」
『あ……そうだったね』
「そのかわり、シロンには、わたしのマナをめいっぱいあげる。そして、この杖で、シロンを勝利に、みんなをしあわせに導く」
エミルはまっすぐ前を見据えます。
「わたしは、お姉ちゃんみたいな戦いの才能や実行力はない。けれど……ものごとを広く見ることや、それを解決する方法を思いつくことならできる」
『そのエミルの思いつきを、私がかなえる!』
「そう。わたしが願って、シロンがかなえる! ――それが、わたしたちのロードなんだ!」
瞬間――シロンの体が、やまぶき色の光に包まれました。
まばゆい光が夜空を照らし、その姿を大きく、大きく変えていきます。
『シロンねえさま……?』
エイルの手でイバラから解放されたクリスも、地上からその光景を見上げていました。
「あれは……ドラゴン……?」
同じく空を見上げていたユーリも、思わず声をもらします。
『ワン!』
シロも元気よく吠えながら、うれしそうにしっぽを振りました。
「うん……思い出した。あの夜、わたしたちが見た流れ星だ!」
エイルも、ぱあっと顔を輝かせます。
やがて、まばゆい光が少しずつ弱まっていき――そこに現れたのは。
白銀のうろこを輝かせる、大きく、りっぱな白いドラゴンの姿となったシロンでした。
その翼は月明かりを受けて神々しくきらめき、長い尾は星くずをまいたように淡く光っています。
先ほどまで腕に抱えられていたはずのエミルは、いつの間にか、その広い背中に乗っていました。
「いくよ、シロン」
『オーライ!』
大きくすがたを変えても変わらない、あかるく元気な返事。
エミルはシロンの背の上に立つと、音楽の指揮者のように、静かに杖を振りました。
この荒廃したファーブリアの町に、もう一度平和を取り戻すために。みんなのしあわせを願いながら――
すると……次の瞬間。
町全体を取り囲むように、白い光が地面から立ちのぼりました。
それは、イザベルが用意していた秘策。レイチェルにチョークで描かせた線によって完成した、巨大な白い輪――即席の魔法陣の輝きです。
「エミル!」『シロンねえさま!』
ユーリとクリスの応援の声が響いた、その直後――
「『《プリズマジック・サンクチュアリ》!』」
シロンは全身から虹色の光を放射しました。
七色の輝きは夜空を染めあげ、白い輪と共鳴するようにひろがっていきます。
そしてその光は、ファーブリアの町全体を、やさしく包み込みました。
ユーリも、クリスも、エイルも、シロも、エクシリアも。
いまだイバラに捕らわれたままのエイミー、ユール、アリエス、ベルディアも。
ようやく意識を取り戻した仲間たちも――みな、一様にその幻想的な光景に見とれるばかりでした。
すると――なんということでしょう。
町全体を鳥かごのように覆っていたイバラが。建物や生きものに絡みついていた、おぞましいツタが。
さらに――女神ファルテミスの霊体にまとわりついていた、赤黒い闘争のオーラまでもが――
ぜんぶ、すべて、光の粒となって空へ舞い上がり――浄化されていったのです。
「すごい……」『きれい……』
誰かがもらした感嘆の声が、静かな町に溶けていきます。
さっきまで荒廃し、殺伐としていた空間が、まるで嘘のようでした。
地上にいる仲間たちは、キラキラと光り輝くファーブリアの町を見渡しながら、ただただ感嘆にくれるのでした。
やがて――光の放射が終わります。
すると、ファーブリアの町は、すっかり元通りになっていました。
――おどろくべきことに、物理的に壊れていた建物や地面までもが、完全に修復されていたのです。
まるで、本当に最初から、なにも起こっていなかったかのように。
あとに残っていたのは――浄化され、元の翡翠色の光のシルエットへと戻った、女神ファルテミスの霊体のみ。
彼女は静かに、夜空の下でたたずんでいました……




