第261話 わたしの救世主
「《ドラゴンウイング》!」
エミルは飛行能力を強化する魔法を唱えます。彼女を抱えるシロンの速度が一気に上がり、空中を縫うようにして伸びてくるイバラを次々と回避していきました。
『ヒャヒャヒャヒャ! どこまで逃げられますかねェェ!』
女神のマナを吸い上げ、さらに興奮状態に陥ったマグニフ。操るイバラの数も速度も、見る間に増していきます。
それらはどれだけ高度を上げても執拗に追いすがり、シロンたちは何度も捕まりかけました。回避に意識を集中し続けなければ、たちまち絡め取られてしまうほどの猛攻です。
けれども――エミルとシロンのひとみから、希望の光はまったく消えていませんでした。何度も宣言してきたとおり、すでに勝利を確信している、その強い意志が表情にあらわれています。
『白ハエが……その顔をやめろォォーーーッ!』
逆上したマグニフの怒号に呼応するように――無数のイバラが四方八方からエミルたちへと襲いかかり――ついに、その身を捕らえてしまいました!
「あうっ!?」『ひゃあっ!?』
鋭いトゲが全身に食い込み、ふたりは思わず声を上げます。触れたそばからマナを吸収され、シロンは力を奪われていき――やがて白いチビドラゴンのすがたへと戻ってしまいました。
『フヒッ……ヒーッハッハッハッハァ! どうだ! 見たか! 小娘! どこからどう見ても私の勝ちだァーッ!』
勝ち誇ったマグニフの叫びが、絶望の旋律のようにファーブリアの町じゅうへ響き渡ります。
「どこから……どう見ても……ですって……?」
イバラに絡め取られ、身動きができない状態でなお、エミルは青いひとみを細め、バラタノオロチの本体をまっすぐににらみました。
『バアーッ! バカは現実が見えてなくて困る! 実に困る! オレ様にあらがうものはすべて養分と化したのだから、勝負は決まってるだろーがァ! これでわからんとは、超ド級のバカだなキサマはァ!?』
あまりにも興奮しすぎたマグニフは、他者をバカ呼ばわりしながら、自身の言葉からも知性が失われていることにも気づいていないようでした。
「それで……どうするつもりなの……?」
それでもエミルはひるむことなく、きぜんとした態度を崩さず、赤い花をにらみ続けます。
『そんなもん知れたことォ! 女神と無尽蔵のマナを手に入れたオレ様にもはや敵なし! このまま中央へ進軍し、アストライト王城を攻め落とし、この国の王になってやるのだァーッ! “プロフェッサー”の頭脳をもってしても果たせなかった覇道を、このオレ様が成し遂げてやるのだッ!』
マグニフは、自らの野望を高らかに夜空へ響かせました。
「ムリだよ」
エミルは、不敵でステキな――そしてどこか晴れやかにほほえみながら、静かにつぶやきます。
『あァ!?』
「その願いは、かなわない」
『んなワケあるかァ!? オレ様は神をも手にしたのだぞ!?』
「だって、言ったでしょ? ――わたしたちは、もう勝ってるって!」
エミルがそう言い放った、次の瞬間――
バリーーーーーン!!!
ガラスが砕け散るような鋭い破砕音が、夜空に轟きました。
『な……なんだッ!?』
さすがのマグニフも驚き、バラタノオロチ本体の赤い花が、音のした方へと向けられます。
その先に見えたのは――町を覆っていた鳥かごのようなイバラを貫き、夜の闇を切り裂く、一条の光。
白とやまぶき色をまとった、それはまるで流れ星のようでした。
流れ星は一直線に飛来し、赤い花弁へと直撃――その巨体を大きくのけぞらせます!
『ぐうおッ!?』
内部で一体化しているマグニフが、苦悶のうめきを上げました。
『あれは……!』
シロンは金色のひとみを見開きます。
流れ星は減速し、イバラに捕らわれたエミルたちの目の前へと、軽やかに舞い降りました。
「ごめんね、エミル。遅くなった」
あかるさと凛々しさ、そして包み込むようなやさしさをあわせ持つ声。
その正体は――入道雲のように白く大きなオオカミ【ニュードウルフ】のシロ。その背にまたがる、やまぶき色の髪のエミルの姉――エイル・スターリング、その人だったのです。
「お姉ちゃん……」
エミルは、安堵とよろこびに満ちた表情を、やわらかく浮かべました。
エミルがこれまで何度も勝利を確信するような言葉を口にしていたのは――いつでも、どこでも、どんなときでも、最愛のお姉さんが必ず助けに来てくれると、信じていたからです。
そのためにエミルたちは、バラタノオロチから必死に逃げ回り、わずかな時間をつなぎ続けていたのでした。
「お姉ちゃん、おねがい……あいつを……やっつけて!」
「うん、まかせて」
エイルはやさしくほほえむと、シロの背中から軽やかに降り立ち、いまだにもだえ苦しむ本体――赤い花を見上げました。
『エイル・スターリング……』
マグニフは、ひどくいまいましげに、そしてうらめしさをにじませた声を響かせます。
「お前か。私の妹たちをいじめたのは」
エイルはやまぶき色のひとみをキッとつり上げました。エミルとうりふたつの顔立ちでありながら、そのまとう威圧感は比べものになりません。
『なぜキサマがここに……キサマの相手は、ティグレシアが……!』
その名を聞いた瞬間、エミルの胸が小さくざわめきます。
美獣ティグレシア――夕冠の神殿で、アリエスの心と体に消えない傷を刻みつけ、エイルによって倒されたワンダーの名です。
「あいつなら、さっき今度こそ完全に倒した。エクスの言ってた通り、あれはお前が仕掛けたワナだったんだな」
話のすべてを理解したわけではありませんが、エミルは、エイルをここに来させないためにマグニフが裏で手を回していたのだと悟りました。
『ク……ククク……クカカカカ! だがムダ、無駄ァ! いまさら王国最強のマスターウィザード様が来たところで、神となったこのオレ様を止める術などない! 結果はなーんにも変わらないのだーッ!』
女神のマナを吸い上げているだけにすぎないのに、完全に神になったつもりでいるマグニフ。その声は、狂気と高揚に満ちていました。
しかしエイルは、その狂気じみた叫びにも、目の前にそびえるイバラの巨大怪獣の威容にも、微塵もおそれる様子を見せません。
「シロ! エミルたちを守ってろ!」
『ワン!』
シロは力強く応えると、エミルたちの前へと進み出て、大きな体で盾のように立ちはだかりました。
「エクス、来い!」
続けてエイルは右手の指輪に意識を集中し、呼びかけます。
光がほとばしり――金髪碧眼、金の鎧と青と白のドレスをまとった美少女、【聖王剣精エクシリア】が姿を現しました。
『む……さすがに徹夜で連戦はキツいんですけど……』
エクシリアは眠たげに目をこすりながら、ぼやきます。全身から放たれる金色のオーラも、いつもよりやや弱々しく揺らいでいました。
「じゃあ私がやるから、剣になれ」
エイルはそんな様子にもまったく動じず、ぶっきらぼうに言い放ちます。
『それ、あんまり外界でやってはいけないんですけどね……』
「ぐちぐち言うな。さっさとやれ」
『はいはい……』
エクシリアはしぶしぶ承諾すると、その体がまばゆい光に包まれていきました。
やがて光は収束し、形を変え――
金色の刀身に、美しい装飾がほどこされた一振りの剣となり、エイルの右手に収まります。
その瞬間、周囲の空気が震え、まるで空間そのものがその力にひれ伏すかのように、静まり返りました。
『な……なんだ……それは……』
エクシリアの刀身から放たれる神々しい威光に、マグニフは思わずたじろぎます。
「なんでも斬っちゃう、すごい剣!」
エイルはニッといたずらっ子のように笑い、両手で剣を高く振り上げました。
すると、刀身を包む金色の光が、みるみるうちに膨れ上がり、まばゆい輝きとなって夜を照らします。
『フ……フン! この雄大かつ優美な巨体に、そんなつまようじのような剣で何ができる!』
マグニフは強がるように声を張り上げますが、その声にはわずかな動揺が混じっていました。
エイルはまったく意に介さず――聖剣と化したエクシリアを、迷いなく振り下ろします!
――ズバンッ!
閃光が走り、世界が一瞬だけ白に染まりました。
次の瞬間――
数十メートルはあろうかという超巨大な赤い花が、茎ごと真っ二つに断ち割られます。
断面は驚くほど滑らかで、まるで最初からそこに境目があったかのよう。
やがて、支えを失った巨体は――
ドォォン……ッ!!
重く鈍い音を立てながら、左右に分かれて崩れ落ちたのでした。




