第260話 形勢逆転
ファーブリアの町で暴れ狂う【伐天改獣ノーブルバラタノオロチ】との最終決戦――
天使アリエルと一体化したアリエス、クリス、そして【シムルグアゲハ】の魔法の効果によって力を奪われ、その体を構成する無数のイバラと花弁は、すっかり勢いを失っていました。
捕らえていた町の人々やワンダーたちから養分を吸い上げる力もなく、徐々にしおれ、枯れていきます。
『みんな、すごい。こういう戦い方もあるんだね』
「うん……いまのわたしたちには、とてもできそうにないことだ……」
上空を旋回していたシロンとエミルも、感心したように見つめていました。
「すてき……すてきよ、アリー……」
天翔ける白馬【レイホース】の上にいるベルディアも、神々しい光をまとった天使の姿となった親友に、思わず見とれてしまいます。
『でも、きっと……』
「うん、まだこのままじゃ終わらない」
シロンとエミルは、すぐに表情を引き締めました。
なぜなら――あのバラタノオロチの中には、まだ……
『フッ……さすがは我が町の誇るアイドルウィザードと、私が仕えた上司様といったところですか……まさか、奥の手まで使わされるとはねェ!』
クールな口調から一転、より高揚したマグニフの叫びが響いたその瞬間――
ドクン! という大きな鼓動が鳴り響き、しおれていたバラタノオロチのイバラが、どす黒いオーラを放ちはじめます。
「うそ……まだ動けるの……?」『キュー……』
一体化の反動でチカラを使い果たし、シムルグアゲハの背でへたりこんでいたエイミーとユールは、町を見下ろして震えました。
「あれは養分を吸っているのではありません。直接、“心臓”からマナを引き出しているのでしょう」
同乗しているアンリが、冷静に言います。
「しんぞう?」『キュー?』
「女神ファルテミスの霊体と……ワイルドライブのギルドマスター、アーネスト氏のことです」
その言葉に、エイミーとユールははっと目を見開きました。
そして――バラタノオロチは息を吹き返したかのように、ふたたび勢いよくうねり始めたのです。
「なら、もう一度!」
「クリス!」
アリエスとユーリは、ふたたび魔法で動きを鈍らせようと試みますが――
ジュルルルルル!
バラタノオロチの体、そして町中に張り巡らされた無数のイバラが……レイホースの上のベルディアめがけて一斉に伸びてきました!
(中に女神さまがいるなら……まだベルディアさんを依り代にすることをあきらめていないんだ!)
エミルは遅れて気づき、歯を食いしばります。そして、自分を抱えて飛ぶシロンに向かって、すぐに引き返すよう叫びました。
レイホースは主人を守ろうと光線で応戦しますが、あまりにも数が多く、さばききれません。
「きゃあっ!」
ベルディアが悲鳴を上げ、体をよじったそのとき――
「ベルーっ!」
天使化したアリエスが、目にも止まらぬ速さで飛び込み――その身でベルディアをかばいました!
きりっとしたつもりの表情なのに、どこかあどけなさが残る顔立ちのせいで、ほんのり甘さがにじんでしまいます。それでもアリエスは堂々と胸を張り、ふわりと膨らんだ豊満な体を光に包ませながら、凛々しく立ちはだかりました。その姿は、かわいらしさと神々しさ、そして思わず目を奪われるような色気を同時にまとっていました。
「私のベルには、指一本触れさせない!」
やわらかな声に込められた強い決意。目の前で自分を守るように立つアリエスの姿とそのひとことに、危機の中にあっても、ベルディアの胸は思わずきゅうんと高鳴ります。守られているという安心と、見慣れているはずの親友が見せる新しい輝きに、頬が熱くなります。こんな状況なのに、思わず見とれてしまうほど――かわいくて、美しくて、艶やかで。胸の奥がきゅっと甘くしびれました。
「はあああーっ!」
アリエスは光をまとった腕を振るい、次々とイバラを払いのけていきます。むちっとした腕を大きく振るうたび、やわらかな肉が弾むように揺れます。必死に戦っているはずなのに、その仕草はどこか愛嬌があり、ついつい目を引いてしまうほどでした。力いっぱいなのに、なぜか可憐さと色っぽさが混ざり合った、彼女らしいふしぎな魅力を放っています。
汗にぬれた愛らしい顔には、ベルディアを守るという強い意志がはっきりと宿っていました。イバラに傷つけられ、白い肌や衣装が赤く染まっても、ひるむことはありません。
白い肌に走る傷から赤い血がにじみ、やわらかな体を汚していきます。それでもアリエスは歯を食いしばり、必死にあらがい続けました。その健気な姿を、ベルディアは胸を締めつけられる思いで見つめます。痛々しいはずなのに、目を離せないほど美しく――守られていることが、たまらなく愛おしく感じられました。
しかし――
「ああーーーっ!」
懸命な抵抗もむなしく、アリエスの体はイバラに絡め取られてしまいます。イバラがぐいっと食いこみ、やわらかな体を締めあげます。
アリエスは顔をくしゃりとゆがめ、苦しそうに声をもらしました。ふっくらとした体にイバラが絡みつく姿はあまりにも痛々しく、それでも目を引いてしまうほどの艶やかさがにじみ出ていました。
「アリー! きゃああっ!」
ベルディアが叫んだその瞬間、彼女自身もレイホースごとイバラに捕らえられてしまいました。
自分の体も締めつけられているのに、ベルディアの悲鳴が耳に届いた瞬間、アリエスはびくりと体を震わせました。助けたいのに動けない――その無力さに胸もぎゅっと締めつけられ、苦しげに息をもらします。絡みつくイバラに翻弄される姿は、切なさと同時に、どこか儚い美しさを帯びていました。
「ベル……ごめん……触れさせないって、言っておいて……」
力を失い、もとの人間の姿に戻ったアリエスは、ぽろぽろと涙をこぼしながら言いました。かっこよく決めたのに守れなかった悔しさと恥ずかしさ、そして自分のふがいなさで、胸がいっぱいになっていたのです。
鼻をすすりながら、涙でぐしゃぐしゃになった顔を隠そうともせず、アリエスは肩を震わせます。強がっていた分だけ、その崩れた表情はひどく痛々しく、それでもなお、彼女らしいやわらかな魅力を残していました。
「ううん……いいの、アリー……その気持ちだけで、私、うれしいよ……」
ベルディアも涙を流しながら、やさしくそう答えます。そのまっすぐな言葉は、しっかりとアリエスの心に届き、ほんの少しだけ痛みをやわらげてくれました。
そしてふたりは、最後の力を振りしぼって、からまった腕を動かし、そっと手を取り合います。
ぎゅっと――しっかりと指を絡ませ、離れないように。
イバラに縛られたまま、それでもふたりの指はしっかりと絡み合っていました。ぬくもりが伝わるたび、言葉にしなくても気持ちが通じ合っていくのがわかります。苦しいはずなのに、その瞬間だけはふしぎとやさしい安心に包まれて――ふたりはほんのひととき、しあわせを分かち合っていました。
そして――そのまま、なかよく意識だけを手放していきました。
「ああっ! アリエスさんが!」
ユーリは思わず声をあげます。自分に好意を向けてくれていた人が倒れた――その事実に、胸がズキンと痛みました。頭の中に浮かんでいた、あのあかるく笑うアリエスの姿が、ゆっくりと遠ざかっていきます。ふわりとした髪も、やわらかな笑顔も、手を伸ばしても届かないまま、淡くほどけるように消えていきました。その残像だけが、胸の奥に切なく焼きついていました。
『気をつけてユーリ! こっちにも来る!』
クリスの警告どおり、今度はユーリたちのもとへイバラがうねりながら迫ってきます。
鎮静というやっかいなチカラを持つ彼女たちを、優先して無力化しようとしているのでしょう。
「ユーリっ!」
「ユーリさんっ!」
エミルとエイミーが叫んだ、その次の瞬間――
ユーリとクリスもまた、あっという間にイバラに捕らえられてしまいました。
『クー……』
イバラに締めつけられながら、クリスは白いドラゴンの子どものすがたへと戻ってしまいます。
「ク……クリス……」
ユーリは、その小さな手をそっと握ってあげました。
(エミル……せめて、きみだけは無事で……)
心の中でそう願いながら、ユーリもまた、静かに意識を失っていきました。
『あいつ……クリスのカタキだ!』
シロンはギリッと歯を食いしばり、バラタノオロチの本体――赤い花めがけて突っ込もうとします。
「待って、シロン! 冷静になって! それじゃ相手の思うツボだよ! わたしたちは、わたしたちにできることをやるの!」
エミルはシロンを見上げ、必死に声を張り上げて制止しました。
シロンはハッとします。ユーリたちがやられて、エミルだって同じ気持ち……きっと胸の中は怒りと悔しさでいっぱいのはずです。それでもエミルは、自分のやるべきことを見失っていませんでした。その強さが、まっすぐに伝わってきたのです。
『……わかったよ、エミル。私、クリスのぶんもがんばる! お姉さんだもん!』
シロンは表情を引き締め、エミルを抱える腕に力をこめて、さらに速度を上げて飛びました。
『ヒッハハア! 貴女も捕まりなさい! ギルドマスター!』
マグニフが甲高い声をあげると、今度はアンリの乗るシムルグアゲハへ向かってイバラが殺到します。
「チッ!」
アンリは舌打ちしながらアゲハを旋回させて回避を試みますが、あまりに数が多く、ついに捕らえられてしまいました。
「ユールっ!」『キュ~!』
同乗していたエイミーとユールも、当然のようにイバラに絡め取られてしまいます。
『さて……マスター殿。最期に言い残すことはありますか?』
イバラに締めつけられ、もがくアンリに向かって、マグニフはいやらしくささやきかけました。
しかし――アンリは無表情のまま、ふっと口元をゆがめます。
「最期……ですか。そうですね……貴方にとっては、最期になるでしょうから……」
その言葉に呼応するかのように、イバラの締めつけがさらに強まりました。
「ぐっ……“ざまあ見なさい”……」
吐き捨てるように言い残し――アンリは意識を失います。
「……エミルさん! ユーリさんを……この町を、おねがいしますっ!」
エイミーもまた最後にそう叫び、ユールとともに力尽きました。
生き残っているのは――もう、エミルとシロンだけ。
『クーックックック! 形勢逆転、ですねェ! エミル・スターリング! これでもまだ、自分たちの勝利を確信しているとおっしゃるつもりですかァ!?』
完全に理性を失ったようなマグニフの声が、バラタノオロチの口を通して、ファーブリアの町じゅうに響き渡ります。
仲間たちはみな倒れ――戦えるのは、もはや自分たちだけ。
それでも、この絶望的な状況にあっても――ふたりのひとみから光は消えていませんでした。
「……もちろん。何度だって言う。わたしたちの勝ちは、もう決まってるってね!」
エミルは不敵な、それでいてどこか頼もしい笑みを浮かべ、はっきりと言い切りました。




