第256話 ファーブリアを救え!
【ソルフェニックス】のレッディの背に乗ったエミルとユーリ、エイミー。シロンに抱えられたアリエスとベルディア。それからアンリを抱えたクリスは、花の塔を脱出し、中央広場を望む建物の屋上に着陸しました。
『フー……』
エミルたちが背から降りると、レッディはつらそうに深く息をつきました。
「生まれたばかりなのに、いっぱいチカラを使ったもんね。おつかれさま。ゆっくり休んでね」
エミルがそのオレンジの羽毛をやさしくなで、ねぎらいの言葉をかけると、レッディは光の粒子となって右手の親指の指輪の中へと戻っていきました。おかげでずいぶん助かりましたが、今日はもうそのチカラに頼ることはできないでしょう。
『エミル、見て!』
アリエスたちを降ろしたシロンが、ぴっと花の塔を指さします。
塔の真っ赤なつぼみは、いつの間にか満開の花を咲かせていました。
お互いを大事そうに寄り添い合うアリエスとベルディアは、不謹慎だと分かっていながらも、その光景をきれいだと思ってしまいます。それも無理はないほどの、見事な咲きっぷりだったのです。
すると――
カッ!
「きゃあっ!?」
花の塔からすさまじい光が放たれ、エミルたちは思わず目をくらませました。
封じられた視界の中で、あちらこちらからズルズルと何かがうごめくような、重たい音が聞こえてきます。
『く……くさい……』
シロンが思わず顔をしかめるほどの、猛烈な異臭も。
「うっ……!」
アリエスも思わず息を詰め、へばりつくような不快な感触に身をすくめました。まるで見えない何かが、空気そのものにまとわりついているかのようです。
丸みを帯びた頬は青ざめ、うっすらと汗がにじんでいます。荒くなりかけた息を必死に押さえながら、胸の奥で高鳴る鼓動がそのまま体に伝わるように、小刻みに震えていました。豊かな体つきもわずかに揺れ、その一つひとつが、恐怖に耐えようとする彼女の必死さを物語っています。
そして――光が弱まり、視界が回復したエミルたちが目にしたのは……
『カオオオオーーーッ!』
空間を震わせる咆哮。思わず息を飲むほどの光景。
赤を中心に、紫やヴァイオレット――毒々しい色をした無数の巨大な花が、まるで多頭蛇のようにうねり、くねっていたのです。茎はまるで生き物のように脈打ち、空気をかき乱しながら不気味に揺れ動いています。
「い……いや……!」
感覚の鋭いアリエスは、すっかりおびえきったようすで、ベルディアの胸にしがみつきました。
胸に顔をうずめたまま、ぎゅっと目を閉じます。やわらかなぬくもりにすがるように頬を寄せながらも、その手はしっかりと力を込めています。
怖い――けれど逃げたくない。丸い童顔に浮かぶ弱さの奥で、彼女は自分を奮い立たせようとしていました。
ベルディアはそんなアリエスを、まるで子どもをあやすように、やさしくなでてあげます。
「ううっ、赤すぎて……目を開けていられない……」
人の荒ぶる魂を赤いオーラとして見ることができるエイミーは、ユーリの体にぎゅっとしがみついていました。
ユーリも本当は怖くてたまらないのに、それをおくびにも出さず、エイミーを安心させようと背中に手を回します。
『エミル、あのお花の中から、アーネストっておじさんのマナを感じる』
シロンは、いつになく真剣な顔で告げました。
『私にも見えます。私たちが倒したアーノルドや、ミスリオやアスタたちのマナも……』
クリスも続けて言います。その声には、わずかな怒りと悲しみが混じっていました。
「塔の中のみんなのマナを養分にして、動いてるみたいだね……」
エミルも、怒りのにじむ険しい顔でつぶやきます。こぶしが、ぎゅっとにぎりしめられていました。
「ファルテミス様のマナも感じる……降ろした霊体を、そのまま養分として使ってるんだ……」
ベルディアもアリエスをよしよしとなでながら、翡翠のひとみを細めます。
「……いえ、それだけではありません。この町に住む、すべての生物のマナを吸い上げているのでしょう……」
クリスに抱えられていたアンリが目を覚まし、重々しく口を開きました。
「ご無事でなにより」
エミルは、どこかそっけない、それでいて安心を含んだほほえみを浮かべて言いました。
「……おかげさまで。ギルドマスターとして、不徳の致すところです……」
アンリはいつもの無表情のまま答えますが、いつものひょうひょうとした雰囲気は消えていました。副官だったマグニフに不覚を取ったことを、本気で悔いているようです。
「なら、マスターらしく責任を取ってよ。あれを止めるの、手伝って」
エミルはくいっと親指で、花のヒドラを指しました。
「止めるって……あれと戦うつもりなの!?」
ベルディアは思わず声を張り上げます。その巨大で禍々しい姿に、誰もが圧倒されているのはあきらかでした。
「戦うんじゃない。あくまで、止めるだけです」
『うん。あいつをほっておけば、町がめちゃくちゃにされちゃうし、町の人やワンダーたちのマナを、全部吸いつくしちゃう!』
エミルとシロンは、強い決意をにじませた表情でうなずき合いました。
「ぼくたちも行くよ。どうせ止めても聞かないでしょ?」『おともします。シロン姉さま』
ユーリとクリスも、すでに覚悟を決めている様子です。
「……しょうがないな。だったら、お姉さんも君たちの町のために、ひと肌脱ぐしかないじゃない?」
なけなしの勇気をふりしぼり、顔を上げたアリエスは、ベルディアと手をつないだまま、パチンとウインクしました。
さきほどの恐怖がまだ抜けきっていないのか、アリエスの体はかすかに震えを残していました。それでも、いつものあかるい笑顔を作ろうとします。ふわりと揺れる髪とともに、その仕草には無理にでも元気を取り戻そうとする健気さがにじんでいました。
「だ……ダメだよ、アリー! また……んむっ」
またアリーがキズついちゃう――そう言いかけたベルディアの言葉を、アリエスは人差し指でそっとさえぎります。やわらかく肉付きのいい指先が、つややかなくちびるにぷにっと触れました。
指先が触れた瞬間、ベルディアの体がぴくりと反応しました。思いがけない近さに胸がどきりと跳ね、言葉が一瞬詰まります。けれど、そのぬくもりに込められたやさしさに気づき、戸惑いながらも目を伏せました。
「私なら、だいじょうぶ。ベルのことも、ちゃーんと守ってみせるからね」
アリエスはもう一度、軽やかにウインクを決めました。丸みを帯びた顔に浮かぶその表情には、どこか照れくさそうな、それでいて愛する人を安心させたいという気持ちがやわらかくにじんでいます。
かっこよく決めたつもりでも、愛らしい顔と甘い声のせいでどこかしまらない――それでも、まっすぐな想いがこもった、最愛の親友アリエスのひとこと。ベルディアの胸は、きゅうんと高鳴りました。
そして――アリエスの手首を両手でぎゅっと握り、言い返します。
「……だったら、私も行く! 私だって、アリーのこと、守ってみせるもん! 今回は、巫女が手出ししちゃいけないっていうルールはないからね!」
ベルディアは勢いよく、ぐっと身を乗り出しました。その拍子に長い金髪と豊かな胸がふわりと揺れ、普段のおっとりした雰囲気からは想像もつかないほどの気迫があふれ出します。少し息を荒くしながらも、そのひとみには強い決意が宿っていました。
「ベル……」
アリエスの胸もまた、きゅうんと熱くなります。こういうときのベルディアは、何を言っても止まらないことを、よく知っていました。
そしてふたりは、うっとりとした表情で見つめ合います。言葉を交わさず、ただ静かに。
身長差のぶんだけ自然と視線が重なり、手と手を重ねたまま顔の距離を縮めました。互いの存在を確かめるように、そのぬくもりを何度も感じ取りながら――それは、これからも共に生きるという静かな誓いのようでした。
そのひとみに宿るのは、「これが最後かもしれない」という覚悟ではなく――これからも、何度でもこうして笑い合えるように、想いを重ね合えるように、生きて帰るという誓いでした。
「ユーリさん、エミルさん……」
そんなふたりが甘い空気をまとっているのをよそに、エイミーはどこか悲しげな表情で見つめていました。
エミルへの嫉妬心を増幅させられ、はからずもマグニフたちの企みに加担してしまったこと。ユーリへの恋心、そして失恋――そのすべてが、彼女の胸の中で複雑に渦巻いているのでしょう。
そんなエイミーの赤茶色の髪を、エミルはぽん、とやさしくなでながら言います。
「エイミーとも話したいこと、いっぱいあるけど……全部終わってから聞くよ」
エミルは、花の塔の中で起きたできごとしか知りません。エイミーがどうしてあんな行動を取ったのか、その経緯や、ユーリに告白したことも知りません。
けれど――いつもとちがう白いワンピースドレス姿や、年相応の幼さの中ににじむ凛々しさから、彼女の心に大きな変化があったことだけは、感じ取っていました。だからこそ、あえて問いたださず、あたたかな言葉をかけたのです。
「……来るなって、言わないんですね」
「言わないよ。言ったって聞かないって、顔に書いてあるもん」
エイミーとエミルは、そろって少しだけ不敵で、どこか似た笑みを浮かべました。
エイミーが抱いた強い嫉妬心は、裏を返せば、それだけエミルを認めている証でもあります。だからこそ、知らず知らずのうちに、その在り方に影響を受けているのでしょう。
エイミーを振ったものの、妹のように大切に思っているユーリは、やはりどこか浮かない顔をしていましたが――
『いいじゃない。どうせ町がこのありさまじゃ、安全な場所なんてどこにもありはしないわ』
クリスの言葉が決め手となり、しぶしぶうなずきました。
事実、彼女の言う通りです。いまいる建物のまわりにも、いつの間にかイバラが這い寄り、彼らを捕らえようとしていたのですから。
エミルは建物の縁に立ち、中央広場でうねる花のヒドラをまっすぐ見据えました。
「……みんなはやられちゃったけど、その働きはけっして無駄じゃない。おかげで儀式が始まる前に、わたしやベルディアさんを取り戻せた。あいつは最後の切り札とか言ってたけど、しょせんは本来の目的から外れた代案でしかない。……きっと、いまのわたしたちでも、じゅうぶん止められる。そうすれば……」
そこまで言いかけて――イバラが足もと数センチのところまで迫ってきていました。
エミルは話を中断し、右手の杖を、びゅんびゅんっと勢いよく振って――
「行こう!」
その一声とともに――仲間たちは一斉にうなずき、決戦へと踏み出したのでした。




