第255話 大逆転の幕開け
「まったく……姉妹そろって、こちらの計算を狂わせてくれます。姉ほどの才はないと見て、泳がせて利用するつもりだったのですが……不覚です」
マグニフはメガネを外し、前髪をかき上げてオールバックに整えました。まさに本性をあらわした、といったところです。
「それは残念でした。いまさら後悔しても、遅いから」
エミルは杖を突きつけたまま、不敵でステキな笑みを浮かべ、挑発的に言いました。
シロンもとなりで、同じような表情でキメています。
「ククッ……まるで、もう勝ったような物言いですね」
マグニフもまた、挑発的な笑みで返します。
「まあね。“まるで”じゃなくて、もうわたしたちが勝ってるもん」
エミルはさらに挑発的に言い放ちます。その表情には、言葉どおりの、勝利を確信した絶対的な自信がにじんでいました。
「この状況を前にしても、同じことが言えるのですか?」
マグニフが指をパチンと鳴らすと、アンリとベルディアの口から寄生植物のツルが伸び……それぞれの宿主の首に巻きつきました。
「ベルっ!」
いまだにしりもちをついたままのアリエスも、必死な声をあげます。
「よけいなことをすれば、ふたりの命はないってこと?」
エミルがなおも挑発的な口調で言いました。
「さすがに理解が早い。と言っても、この状況を見ればどんな馬鹿でもわかりますか。――大人しくしてもらいましょうか?」
今度はマグニフが勝ち誇ったような顔になります。
するとエミルは、ぷっと吹き出すように笑って、答えました。
「ありゃ? さっきわたしが言ったこと、もう忘れちゃった? ……この勝負、もうわたしたちが勝ってるって」
その瞬間――エミルの頭上に浮かんでいたフェニックスが、かん高い声をあげ、全身からオレンジ色の炎を放射しました。
炎は最上階の広間全体へとひろがっていき……アンリとベルディアに巻きついていた寄生植物のツルに燃え移りました!
「なっ……!」
マグニフも、ユーリも、アリエスも、驚きの声をあげます。
「あ……ああっ……!」
ベルディアは口をあんぐりと開けたまま、あえぐような声をもらすと……ツルの炎は体内にまで伝わり、やがて燃え尽きると、アンリともども気を失い、その場に倒れました。
「ベルっ!」
アリエスはすぐに立ち上がり、ボロボロの体を押して、最愛の親友に駆け寄りました。
足元がおぼつかず、よろめきながらも前へ進みます。何度も体勢を崩し、そのたびに息を荒くしながら、それでも止まりません。
やがて派手に足をもつれさせ――ドサッ、と音を立てて前のめりに転びました。それでもすぐに顔を上げ、床に手をついて無理やり立ち上がると、揺れる豊かな体を必死に支えながら、ただ一心にベルディアのもとへと走っていきました。
「エミル、いったい何を……」
ユーリは戸惑ったようすでたずねます。エミルがベルディアを傷つけるとは思いませんが、さすがに行動の意図が読めなかったのです。
「大丈夫、浄化のチカラが宿った炎だから。悪いものしか燃やさないよ。ね、レッディ?」
エミルはユーリにやさしく目くばせしたあと、上空を舞うフェニックスに声をかけました。どうやら、レッディと名付けたようです。
フェニックス――レッディは、くるりと円を描くように舞い、エミルの呼びかけに応えるように、もう一度やわらかな炎の光をひろげました。
「不死鳥……浄化の炎……どこまでも想定外な……!」
さっきまでの余裕ぶった態度はどこへやら。マグニフはわなわなと震えながら、エミルをにらみつけました。計算を狂わされ続け、精神が不安定になっているようです。
『村長のじいちゃんの言った通りだったね。エミルにぴったりのワンダーが生まれてくるって!』
シロンはにっと笑いながら、エミルの顔をのぞき込みました。
「うん……そうだね。太陽の精霊ソルン様の眷属、再生の象徴【ソルフェニックス】……たしかに、わたしがほしいと思ったチカラだ」
エミルが杖を高く掲げると、レッディは翼をはばたかせ、周囲にあたたかな光を降り注がせます。すると――
「あ……体の痛みが、消えていく……」
なんと、アリエスの体の傷が癒えていったのです。焦げて縮れたピンクの髪も、ワンダーの素材で作られた白いセーターも、すっかり元どおりになりました。砕けた腰と折れた背骨も、完全にではありませんが、動ける程度には回復したようです。クリスが結晶で骨をつなぎとめていた応急処置も、もう必要ないでしょう。
さらに――アリエスは自分の胸に手を当て、ゆっくりと息を吸い込みました。さきほどまで感じていた激しい痛みや息苦しさが、嘘のようにやわらいでいくのを、はっきりと感じていたのです。
やわらかな光が降りそそぐなか、ピンクの髪がきらきらと輝き、白い肌にあたたかな光がなめらかに反射します。まるで光のシャワーを浴びているかのように、全身がやさしく包みこまれ、張りつめていた筋肉もゆっくりとほどけていきました。胸元に手を添えたまま、ほうっと小さく息をもらすその姿は、安らぎと生命のぬくもりに満ちていました。
『それだけじゃないわ。私たちのチカラも……マナも回復しているみたい……』
クリスの言う通り、ユーリも感じていました。体の疲れがすっと引いていく、決して気のせいではない、確かな感覚を。
まるで――エミルの生命力を分け与えてもらっているかのような、そんな感覚。彼女と一緒に旅をしてきたからこそ、わかるのです。
それはただの回復ではありません。みんなの想いに報い、守ろうとするエミルの強い意志そのものが、形となってひろがっている――そんなぬくもりに満ちたチカラでした。
「ん……」
腕の中のベルディアも目を覚まし、アリエスはぱあっと笑顔の花を咲かせました。そのひとみには、安堵とよろこびの涙がにじんでいます。
エミルもそれを確認してほほえむと、ふたたびマグニフにビシッと杖を突きつけました。
「これで終わりだよ、黒幕さん。生贄のわたしと、依代の巫女さえ取り戻せば、もう女神さまは呼べないでしょ!」
マグニフは悔しげな顔を浮かべていましたが……すぐに、クックッとあくどい笑いをはじめました。
「たしかに……【狩猟神ファルテミス】の降臨は、あきらめるほかないようですね。しかし、私も今日この日のために長年潜伏を続け、入念な準備をしてきたのです。真の切り札というものは、最後まで取っておくものなのですよ」
そう言うと、足もとの魔法陣から光が立ちのぼり――マグニフの体がゆっくりと消えていきました。
『転移!?』
クリスが声をあげました。その言葉どおり、下のフロアへ移動したのでしょう。
「待ちなさい!」
エミルが駆け出そうとした瞬間、広間に三角形を描くように配置されていた転移魔法陣がすべて、パッと消えてしまいました。
「ああっ! これじゃ……!」
マグニフを追えない。それどころか、自分たちも外に出られない――ユーリはあわてるあまり、それ以上言葉をつむげませんでした。
ですが、そのとき――
ゴウン……
重たい音とともに、天井がゆっくりと開き、夜空が姿をあらわしました。
この塔の最上階は、大きな赤い花のつぼみの中にあったのです。それがいま、花開こうとしているのだとわかりました。
『エミル! 早く出よう! ここにいると、なんかやばい気がする!』
シロンがドラゴンの直感で、なにかを感じ取ったようです。その声には、いつになく焦りがにじんでいました。
「出るっていったって、どうやって……」
ユーリが言うと、エミルはちょんちょんと自分の頭上を指さしました。
「……あ、そうか!」
そこには、不死鳥ソルフェニックス――レッディの雄大な姿。生まれたばかりにもかかわらず、その体はすでに大きく、人間三~四人は乗れそうです。炎に包まれた翼が、頼もしく夜空を照らしていました。
ですが――
「でも、私たち全員は乗れそうにないよ。それに、いっしょに来たほかのみんなはどうするの?」
アリエスは回復したベルディアを大事そうに抱きながら、心配そうにたずねました。
「あの……すみません。アリエスさんのパートナーも、あたしといっしょにいた人たちも、みんなやられちゃいました……」
エイミーがしゅんとうつむいて言いました。肩が小さく震えています。
ユーリも、アリエスも察してはいましたが、たしかな事実として聞かされると、やはり胸に重くのしかかるものがありました。
『ほかの魔法陣から誰も上がってこなかったということは、私たち以外の全員、イバラに捕らえられたということよね……』
クリスも、悲しげな声で説明します。
「それはわたしも、捕まってるあいだに聞こえてたから知ってる。みんなはあとで必ず助けるから……いまは、わたしたちがここから脱出することが先決!」
エミルは悔しさを胸の奥でかみしめながら、バサッとローブをひるがえし、降りてきたレッディの背中に勢いよくまたがりました。
「ユーリとエイミーはこっちに! シロンはアリエスさんたちを、クリスはアンリさんをお願い!」
一同はいっせいにうなずきます。
ユーリとエイミーはレッディの背中へ。炎のぬくもりに包まれながら、しっかりとその体にしがみつきました。
シロンはアリエスとベルディアを、クリスは倒れたアンリを抱きかかえ、それぞれ背中の翼をばさっとひろげます。
ゴゴゴ……ピシピシッ!
すると、天井だけでなく塔全体が大きく振動しはじめ、薄紫色の床にもひびが走りはじめました。壁のあちこちからも、ぱらぱらと破片が落ちてきます。
誰もが理解しました。この花の塔が、いままさに崩れようとしていることを。
「行って!」
エミルの合図で、レッディは高らかな声をあげ、オレンジに燃える大きな翼をばさっとひろげて、開いた天井から夜空へと飛び出しました。
同時に、アリエスたちを抱えたシロンとクリスも力強く舞い上がります。
『うっわ! ヒツジのお姉ちゃん、重っ!』
シロンはアリエスを抱えた右腕にずっしりとした重みを感じて、つい失礼な言葉をもらしました。
アリエスは丸みを帯びたほっぺをぷうっとふくらませ、むっとした不機嫌な顔を浮かべます。
顔をぷりぷりさせながらも、ふと心の中で首をかしげました。
(ユーリくんに同じこと言われたときは、こんなにイヤな気にならなかったのに……)
そしてすぐに、胸の奥がほんのりと熱くなるのを感じました。
(やっぱり……私、あの子のこと……)
と、言葉にしきれない想いを再確認します。
エミルのうしろに座っているユーリは、以前自分もアリエスに同じことを言ってしまったのを思い出し、恥ずかしそうに顔をそらしました。――それに加えて、ついさっき彼女から自分への好意を告げられたことも、胸の奥でじんわりと熱を帯びて思い出されます。
それぞれがそれぞれに、複雑な感情を抱えながら――エミルたちは、崩れゆく花の塔をあとに、夜空へと脱出したのでした。




