第254話 その身は不死鳥のごとく
「エミル……おねがい……たすけてよぉ……!」
薄紫の床にうずくまり、泣きじゃくるユーリの声に応えるように――
ゴオオッ!
エミルとシロンを捕らえていたイバラが、きゅうに炎を上げはじめました!
「な、なに!?」
しりもちをついたままのアリエスは、びっくり仰天です。
クリスも、うつろな目のベルディアとアンリとマグニフ、そしてマグニフに捕まっているエイミーも、そろって面食らっていました。
オレンジの炎はごうごうと燃え続け、やがてイバラをすべて焼きつくし……エミルとシロンの体は、どさっと床に倒れるのでした。
「エミル……?」
うずくまっていたユーリの目の前に、気を失ったままの、青白いエミルの顔があります。
(泣かないで、ユーリ)
ふと、そんな声が聞こえてきた気がしました。
ユーリがハッと目を見開いた、その次の瞬間――エミルの右手の親指にはまった指輪が、カッと光りはじめました!
「わあっ!?」『きゃあっ!?』
ユーリとクリスは、あまりのまぶしさに声をあげます。
「ひゃっ……!」
後方でしりもちをついているアリエスも、思わず目を覆いました。
光はじょじょに弱まり……やがて戻った視界の中、倒れたエミルの真上には、白い楕円形の物体――たまごが浮かんでいました。
「あのたまごは……」
ユーリとクリスには見覚えがありました。エミルが村を出る前、村長さんからもらったというワンダーのたまごで、彼女が毎晩大切そうに抱いて眠っていたものです。
そのたまごが、まるで自分の意思を持つかのように、みずから指輪の中から現れた……それが意味するところは、つまり――
――ピシッ。
オレンジの光をまとった白いカラに、ヒビが入りました。
ピシ……ピシピシピシッ。
ヒビはどんどんひろがっていき、やがて――
パーン!
はじけるようにカラは砕け散り、中からさらに、オレンジの炎が解き放たれるようにひろがったのです!
『あっつ……! さっきからなんなの、もう!』
熱さに弱いクリスは思わずそうもらして、身じろぎしました。
ひろがった炎はやがて、大きな鳥の姿を形作っていきます。それはまるで……
「不死鳥……」
アリエスは目と口をまんまるに開き、ぽつりとその名を口にしました。
フェニックス――炎の中から生まれ、死す時も炎に還り、そしてまたふたたび生まれるという、文字どおり、けっして死ぬことのない聖獣。それが、エミルのあたためていたたまごから、今まさに誕生したのです。
『ヒーッ!』
フェニックスは甲高い声を響かせると、足もとのエミルとシロンをオレンジの炎で包みこみました。それはけっして焼きつくすための炎ではなく、まるで体をいたわるようにやさしく、ぬくもりを与える炎でした。
炎に包まれたエミルの髪が、ふわりと持ち上がります。シロンの体も、やさしい光に照らされて、かすかに震えていました。
「きれい……」
その神秘的な光景に、アリエスは思わず緑のひとみをきらめかせました。
オレンジの炎はエミルたちの体をあたため続け、やがてその顔色には、ゆっくりと生気が戻っていきます。その様子を目と鼻の先で見ていたユーリは、ひとみをうるませていました。
(エミルが……エミルの元気が、もどっていく……)
そんなうれしい気持ちで、胸がいっぱいになっていったのです。
そして――
「ん……」
エミルが重いまぶたを開き、海のように青いひとみがゆっくりと見開かれました。ユーリの水色のひとみと、まっすぐに目が合います。
「……おはよう、ユーリ」
エミルの第一声は、なんとも気の抜けるようなものでした。
けれど、ユーリはエミルが目を覚ましてくれたことがただうれしくて、ツッコミを入れることもできずに、
「……うん、おはよう、エミル……」
涙をこぼしながら、やさしくほほえんでこたえるのでした。
「へみふひゃん……!」
マグニフに口をおさえられているエイミーも、必死によろこびをあらわにします。アリエスもまた、うれしそうに、まんまるなひとみをうるませていました。
エミルはそのまま、ゆらりと起き上がりました。
そして、ゆっくりとまわりを見わたします。
寄生植物にあやつられているベルディア、アンリ、マグニフを見やりました。上空のフェニックスがにらみをきかせているためか、あるいは炎が苦手のためか、三人はおののくばかりで、なにか行動を起こす気配はありません。
エミルは静かにローブから杖を取り出すと――
エイミーを人質にとっているマグニフへ、まっすぐに突きつけました。
「シロン!」
『オーライ!』
エミルの合図で、シロンが口から火球を放つと――マグニフの顔面付近で、激しい爆発が起こりました!
「きゃっ!?」
すぐそばで爆発が起きたため、エイミーはおどろきますが……その衝撃で拘束がゆるみ、体が解放されたようです。
『クリス! いまのうち!』
シロン姉さまの声でハッとしたクリスは、瞬時に翼をひろげて突っこみ、エイミーの手を取ってこちらへ引き寄せました。奪還成功です。
『ナーイス! さっすがクリスだね!』
シロンはパタパタと翼を動かしながら、満足そうに称賛します。
『シロン姉さま、私のことがわかるのですか……?』
クリスはエイミーを支えながら、目を丸くしておどろいていました。自分が人型に進化したところを、シロンは見ていないはずなのに。
するとシロンも、人間の少女のすがたへと《進化》し、ニッと笑って言いました。
『わかるに決まってるでしょ! クリスは、私の妹分だもん!』
そのひとことに、クリスの胸はいっぱいになります。クリアブルーのひとみが、じんわりとうるみました。
『シロン姉さま……』
『これで約束どおり、最強ドラゴン姉妹、結成だね!』
『……ええ!』
ふたりのドラゴン娘は、なかよくハイタッチを交わしました。
そんなパートナーたちのやり取りをほほえましく見つめたあと、杖を突きつけたままのエミルは、爆煙に包まれたマグニフを鋭くにらみつけます。
「エ……エミル、あの人は、あやつられているだけじゃ……」
ハッと我に返ったユーリは、おずおずとしたようすで言いました。
たしかにユーリたちもここに来るまで、オーディやアーネストをワンダーの魔法で直接攻撃してきましたが……寄生植物にあやつられているだけの人間を攻撃するのは、さすがにやりすぎだと思ったのです。
しかしエミルは、静かに、けれど冷たい口調で答えました。
「……ううん、ユーリ。あの人は、あやつられてなんかいないよ」
「……え?」
ユーリと、うしろでしりもちをついたままのアリエスは、ぽかんとします。
ただひとり……さっきまでマグニフに口をふさがれていたエイミーだけが、けわしい顔をしていました。
「あなたなんでしょ? この町で起きた、すべての事件の黒幕は」
エミルの放ったひとことに、この場の全員が衝撃を受けます。
「な……なんだって!? あの人が……」
ユーリが驚くと、エミルは足もとに落ちている――自分を捕らえていたイバラの燃えカスに、そっと指先で触れながら言いました。
「わたしは幼いころ、死後の世界を経験したことで、魂の声が聞こえるようになった。この塔に養分を吸われているあいだ、ここで起こったこと、ぜんぶの話が聞こえてきたんだよ。領主親子やアーネスト親子、そして……そこにいるあなたの上司のアンリさんにいたるまで、すべてあなたが裏であやつっていたこと――全部、聞いたんだから!」
ユーリたちは、二度目の衝撃を受けます。
とくにファーブリアの住人であるアリエスは、その言葉に大きなショックを受けたようでした。小さく息をのみ、言葉を失っています。
「そして、あなたの正体もわかった。あの白いフードの男を追い払ったことで油断してたけど……まだこの町に残ってたんだね。バッテン・クロイツの残党さん?」
ユーリとクリス、エイミーは、さらに衝撃を受けます。
バッテン・クロイツ――エミルのお姉さん、エイルによって壊滅させられながらも、いまだ暗躍を続けている悪の組織。エミルたちはこの町で数日前、その残党と戦い、勝利していました。
ですが、エミルの言うように、あれですべてではなかったなど、だれも思っていなかったのです。
「ククク……そこまでバレてしまっているとは。やはり、生かさず殺さずではなく、養分をすべて吸いつくして、確実に亡き者にしてしまうべきでしたね」
爆煙の向こうから、マグニフの、どこかねっとりとした声が聞こえてきます。それはあやつられている者のうつろな声ではなく、はっきりとした意思を持った発声でした。
黒幕の正体発覚――ファーブリアの町を揺るがした大事件は、いまここに、真の最終局面を迎えようとしていたのです。




