45.
なんと翌日、ふたたびエイはアリアを連れて出かけていった。
そしてそのまた次の日。
「セイくん、セイくん、あのさぁ」
「なに?」
待合室のカナに呼びかけられ、清書の手を止めた。
カナは連日ホスピタルに入り浸っている。
学校はテスト休みだそうだ。
いまは自分でいれたホットココアを飲みながら、のんびりとくつろいでいる。
「アリアちゃんと、エイくんの話聞いた?」
先ほど、アリアから根掘り葉掘り聴き込んできたようだ。
今日は家庭教師の日だ。
アリアは、先生の草四郎と一緒に近所の本屋まで参考書を見に行っている。
本人のいないところで内緒話だ。
カナはキャーキャー言いながら、事細かに話してくれた。
「まったく。噂話なんてみっともない」
「そんなこと言いながら、セイくんだって気になるでしょ?」
「……少しはね」
認めざるをえない。
こちらの仕事が終わるまで、アリアに告白はしない。
エイは先日、ぼくにそう言ったばかりだ。
舌の根も乾かぬうちに、間違いなど起こすわけは無い。しかし、万が一ということがあるかもしれぬ。
過保護だと言われても、ぼくはアリアの用心棒なのだ。
「あっ、草四郎にはエイとアリアさんのことは内緒で頼む」
「……ぐっ、あははは……そうだよねえ」
ぼくの言葉にカナは吹き出す。
草四郎の気持ちは、カナにもバレバレだ。
「あいつ、分かりやすく落ち込むだろうから」
「セイくんは、多方面に過保護だよね」
「草四郎に、いま調子を崩されても困るからな」
「セイくんはどっちの味方なの?草四郎くん?それとも弟さん?」
「まったくアホらしい。どっちの味方でもないよ」
「ふーん?」
カナは疑り深い視線を向けてくるが、釣られてやらない。
「セイくん自身は、アリアちゃんのお婿さんに立候補する気はないの?」
「ない!前にも言っただろう」
なんで女の子はこういう話が好きなんだろう?
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昼前に動物園に出かけ、早めの夕食を取って帰宅する。
翌日のデートコースは無難なものだった。
だがエイは一般人ではない。有名人だ。
しかし本人にその自覚が乏しい。
顔を隠す帽子も、サングラスもマスクもなし。
完全なるノーガードで通した。
「堂々としてれば、案外気づかれないもんだ」
というのが、エイの主張だ。
動物園に行こうと決めたのもエイだった。
「野球ばっかりやってきたから、あんまり女の子と遊ぶ場所を知らないんだ」
無防備過ぎる。
人気球団の若きエース。
それが、美少女を連れて歩いている。
これだけで写真週刊誌は飛びつくだろう。
彼らに見つからなかったのは、運が良かっただけだ。
アリアは、マスコミと関わることを極端に嫌う。
女優である母親が亡くなった時、彼らはあることないこと書き立てた。アリアにとって、それは辛い記憶だ。
五島万として作家活動をしていても、彼女個人の素性は一切出さない。
アリアが守っている静かな生活が、破られることになったら……穏やかじゃない。
後ろ暗いことをしているわけでもない。気にしすぎだ。
エイはそう言うだろう。
でもぼくは気にせずにはいられない。
まったく自分が小姑にでもなった気分だ。
夕食は中華料理店で取った。
テレビにも出ない。雑誌の紹介記事に載ることもない。小さな店だ。
そこはエイの上司である所属チーム監督の行きつけだった。
「一度監督に、連れて行ってもらったんだ。フカヒレそばがおいしかった。アリアにも、食べてほしくって」
そしてエイたちはその店でばったり、監督夫妻と鉢合わせをした。
「奇遇ですね」
エイの方から声をかけた。
監督はさぞかし驚いただろう。
これまで浮いた話のひとつなかった、エースピッチャーが女の子を連れている。
清楚な服装をした、黒髪のおとなしそうな少女だ。
野球選手に群がる、スチュワーデスやらモデル崩れとは、違うタイプだ。
それはいい。しかし彼女は若すぎる。
エイは少しも照れることなく、アリアを監督夫妻に紹介した。
しかし既に、アリアと監督夫人は見知った同士だった。
監督夫人は元女優。
アリアの母親と同じ歌劇団の出身で、二人は旧友だった。
一年前、アリアの母の葬儀は、所属芸能事務所の尽力でひそやかに営まれた。
監督夫人は弔問に訪れ、そこでアリアと顔を合わせていた。
流れで四人は一緒に、食事をとることになった。
監督がエイたちの分まで食事代をもってくれた。
アリアの人見知りは筋金入りだ。
しかし予想外に会話ははずんだ。
アリアは、夫人の思い出話に熱心に耳を傾けた。
時折質問も挟みながら、礼儀正しく。
ニレイさんとは、母の思い出を語り合うことはない。
祖父母からも離れて暮らしている。
アリアは、こうやって話ができる相手を求めていたのかもしれない。
そしてアリアが現状を簡単に述べると、夫妻は目を丸くした。
ニレイさんは、父といってもアリアと血の繋がりはない。
しかもアリアの母とは離婚済みだ。
部外者には、中々理解できない状況だろう。
そして別れ際、アリアの手を握り監督夫人は言った。
「困ったことがあったら、何でも相談して。頼りにして欲しいわ」
「………はい」
アリアは夫人の厚意に、しっかりと頷いた。
そして、翌日。
「監督から俺に、電話がかかってきちゃったよ」
ニレイさんがぼやく。
エイが教えたわけではないらしい。まったくどこで番号を調べたんだか。
「ふたりの仲はどうなんだって?俺が知るわけないだろ」
奥様からの肝いりなのだろう。
ニレイさんは監督から、アリアのことをあれこれ聞かれる羽目になった。
「アリアくんと俺の関係は良好だ。継子イジメもしてない。彼女に手を出す気もない。そこまで人間堕ちてない!」
もちろん丁寧かつ迂遠な言い回しだったが、聞きたいのは結局そういうことだ。
ニレイさんはウンザリしながら説明し、ようやく納得してもらった。
そしてアリアは監督夫妻に、エースピッチャーの正式な恋人として認識されたらしい。
アリアとエイとの付き合いは、もちろんサキさんも知るところとなった。
しかしぼくとは違い、サキさんは驚いたりうろたえたりはしなかった。
「アリアくんは若いんだ。そりゃデートをすることもあるだろう」
常識的な反応だった。
「小説の仕事をさし置いて、男と遊び歩くとは何事だ!」と理不尽に怒るか、
「キスはしたのか?手は繋いだのか?」とニヤニヤとアリアをからかうか。どちらかと思ったのに。
「しかし一点気に入らないことがある。男が金持ちだということだ」
そう言ってサキさんは眉をしかめる。
「確かにエイは高給取りですが……悪い奴じゃないですよ」
なにが問題なんだか。ぼくは弟のことを控えめに庇っておいた。
「アリアくんは何のために、小説を書いている?」
唐突な質問が飛んできた。
「ニレイさんと、サキさん、尊敬するお二人と一緒に働きたいから……」
「阿呆」
ぼくの綺麗事は、サキさんに切って捨てられた。
アリアが小説を書く理由?
「……生活のためですね」
二度目の答えに、サキさんは大きくうなずいた。
「そうだ。売文稼業を地で行くのが彼女だ。高尚であろうとか、自己実現をしようなんていう色気は一切出さない。ひじょうに潔い」
稼ぐ手段は、小説でなくても良かった。
たまたまアリアの目の前にあったのが、小説だった。理由はそれだけだ。
「ベースボールスターの嫁になれば、生活の心配なんてしなくていい」
あんまりな言いように、ぼくは嚙みついた。
「アリアさんは、金目当てで男に靡く人じゃない。それに彼女はまだ15️。結婚なんて先の話です」
それにぼくの弟は、札ビラで女の子の頬を叩くような男ではない。
「金は潤滑油だ。好意を滑らせ、恋や愛まで超特急で運んでくれる。結婚なんて、あっという間だ」
それに、もうアリアの気持ちはエイに傾いている。
サキさんは訳知り顔でそう言った。
「あの出不精が、めかしこんで出かけて行ったんだぞ。大いに目があるってことじゃないか」
まぁ一理はある。
「俺としては、君の叔父上に奮起していただきたい。ハンサムで将来有望。しかし今のところ金はない。理想的じゃないか」
サキさんは、無責任な調子でそう言った。
「でも、いまの調子でグズグズしているようじゃダメだ。後で泣くことになるぞ」
サキさんの言う通りだ。草四郎がアリアと知り合ってから、はや数ヶ月。
なのにアイツはグズグズモジモジしてばかりだ。ふたりの仲は一向に進展していない。
「それに君の弟はなんだ!」
草四郎をひとつ叩いて、調子が出てきたらしい。今度は矛先がエイに向く。
「俺に挨拶のひとつもしないで。恐れをなしたか。卑怯だぞ!」
サキさんに会わせないよう、エイを無理やり帰したのは僕だ。
「こんなもの、こうしてやる」
サキさんは、カステラの入った紙袋を取り上げた。サキさんのために、先日エイが持ってきた手土産だ。
サキさんは箱の包装紙をバリバリとむしり取った。
生地に張り付く薄紙を剝がすのももどかしく、サキさんは丸一本のままのカステラにかぶりついた。
「うむ、甘い。うまい」
「コーヒー淹れてきますね」
ぼくは、キッチンへと立った。ついでにもうひとつ、サキさんに見せるものを持ってきた。
そろそろ頃合いだろ。
「手紙?エイ選手から俺に?」
「ええ、五島万先生のお三方宛に。読み終わったら、他のお二人にも見せてあげてください」
俺は口下手だから。手紙に書いてきた。
これを先生に渡してほしい。
エイは緊張した面持ちで、このファンレターをぼくに託した。
直接アリアにでも渡せばよいのに、それは恥ずかしいそうだ。
高校球児の時分から今まで、エイが貰って来たファンレターは万を超えるだろう。
でも自分が送る側になるのは初めてだ。
エイは、正真正銘の五島万の愛読者だ。
アリアに気に入られたくて、ニレイさんとサキさんに取り入りたくて、これを書いたわけではない。読めばそれが分かるだろう。
「……」
サキさんは受け取ったファンレターを、食い入るように読んだ。
そして……
「今から俺は、贔屓の球団を変えることにする」
サキさんはそう宣言した。照れ隠しなのだろう。顔を思い切りしかめている。
「そして草四郎くんに肩入れするのもやめだ。フェアな立場で、見守っていくことにしよう」
すごい。二階級特進だ。
「……にしても、君の弟君は野球選手としては変わっているな。そうじゃないか?」
「そうです」
ぼくの弟は変わり者なのだ。
早速、エイにサキさんの反応を報告する。エイがプライベート用に契約するメッセージサービスに、伝言を残した。
するとすぐに、本人から折り返し電話がかかってきた。
そして郊外の練習場くんだりまで、呼び出された。
「なんでぼくをわざわざ呼びつけるんだ?」
「まぁまぁ」
お詫びにということで、エイはコーヒーを奢ってくれた。
「バザーに出すものを集めに来たわけじゃないんだぞ」
球団マスコットキャラクターのぬいぐるみ、バット、ユニフォーム……エイは段ボールいっぱいに土産を用意していた。
全部にエイのサインが入っている。
「はい、オープン戦のチケットだ。六枚あるから、先生方と、草ちゃんに、カナちゃんも連れて見に来てくれ。俺が先発で出るかは、分からないけど」
「はいはい」
「今度はまんじゅうを持っていきます。そうサキ先生に伝えてくれ」
「はいはい」
これで用は済んだ。しかし立ち上がりかけたところで、エイは僕を引き留めた。
「アリアは今日はどうしてた?」
「夢の中で、会えなかったのか?」
聞き返すと、エイは頷く。
「途切れたままだ。しばらく向こうでは会えないのかもしれないな」
そう言ってエイは、ミカさんの顔を見やった。幼女の姿のミカさんは、いまは砂いじりに夢中だ。
「アリアさんは元気に、閉じこもって仕事してるよ。お前さんと遊んだ分の遅れを取り戻さないと……だとさ」
「そうか。よろしく伝えておいてくれ」
そして、エイは唐突に僕に尋ねた。
「セイくん、”トウヤ”という名前の人を知っているか?」
”トウヤ”と聞いて思い当たるのは、ひとりだけだ。
「”トウヤ”?無蓋シリーズの早川灯矢のことか?」
無蓋シリーズというのは、五島万の人気作。早川灯矢は、主人公の探偵・無蓋仁の助手を務める少年だ。
「俺も大好きな作品だ。聞きたいのは、その早川灯矢には、実在のモデルになった人間がいるかということだ」
他愛のない話題。しかしエイは浮かない顔をしていた。
「いや?僕は知らないけど……」
どうしてそんなことを聞くんだ?
「きのうアリアから、サインを頼まれた」
しかしエイはデートに来たのだ。色紙とペンの持ち合わせがなかった。
「だから今度、渡すと約束した」
そしてエイは、グッズの詰められた段ボールの中から色紙を取り出す。
「セイくんからアリアへ渡しておいてくれ」
エイの名前と背番号、所属球団名。
いつもエイがサインに書き加える『躍動』という言葉。
いつも通りのエイのサインだ。
しかし宛名は、”トウヤくんへ”となっていた。
「アリアの注文通りだ。俺のサインが欲しいのは、彼女じゃない」
トウヤって誰?友達?と、エイはアリアに尋ねた。
「トウヤくんは俺のファンだそうだ」
アリアはエイに、それだけしか答えてくれなかった。
「俺たちふたり、あの世界であれだけ話をしたのに。トウヤくんのことは、二度目のデートの時に初めて教えてくれた」
夕食を練習室まで持ってきてほしい。
アリアから僕のいるキッチンに内線が入った。
アリアは徹夜はしない。
外出で後ろ倒しになったスケジュールは、数日かけて淡々とペースを刻んで戻していく。
机代わりの段ボールに向かって、がりがり、こりこりペンを動かし続ける。
アリアは、いつものアリアに戻っていた。
「もう少ししたら食べるから、そこに置いておいて」
そう言ってアリアが指さしたのは、散らかり放題の床だ。
積み上げられた資料や、丸まった洋服を押し退けておぼんをおいた。
アリアはひどい格好をしている。デートの時の面影もない。
よれたコール天のズボンと毛玉だらけのセーター。その上から赤いサテンのテカテカした着物をガウンのようにひっかけていた。
それに結んでいない長い髪がべとついて見えた。
「風呂を沸かしておきます。食べ終わったら、入ってきてください」
「……」
面倒くさそうに、アリアは小さくうなずく。
ぼくはは作業を続けるアリアから少し離れたところに陣取る。そのへんにあった雑誌をパラパラと読んで間を持たせる。
20分後、ようやくアリアは仕事をやめ食事を始めた。
「唐揚げおいしい」
「おかわりありますよ。持ってきましょうか?」
「ううん、今はいい。残ってたら明日の昼に食べる」
「了解です」
「わたしに何か話があるの?」
ぐずぐずと居残っているぼくに、アリアが尋ねた。
「このところアリアさんと、ゆっくり話せてませんでしたから」
まずは頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。夢の中でもアリアさんを巻き込んで、また怖い思いをさせてしまった」
遅れていた謝罪だ。
「エイくんから聞いているんでしょう。なにも怖いことなんてなかった」
アリアはきっぱりと言い切った。そして、もぐもぐと付け合わせのお浸しを噛み締める。
「楽しかったくらい。セイさんには悪いけど。わたしにとってはバカンスみたいなものだった」
起きている間は、仕事ばかりだからと、アリアは言った。
「あの場所に行ったのを黙っていたこと。怒っている?」
「いえ」
でも話して欲しかった。
それで、僕になにが出来たわけでもないが。
「せっかく同じ場所に来れた。わたしにも、セイさんたちのお手伝いが出来れば良かったのに」
「弟は止めたでしょう」
「うん。大人しく過ごして、一緒に無事に帰ろうって」
逆もそうだ。アリアの存在がエイを守った。彼女がいなければ、エイはもっと大胆に行動していただろう。
そしてアリアはため息をつく。
「もう三日、あの場所には行けてない」
急に目の前から、道が消えてしまったようだとアリアはいう。
「行かずに済むなら、その方がいい。あの場所は危険なんです」
ミカさんの力で編まれ、そして五島万の三人の記憶で彩られた迷宮だ。
「とても広くて深い場所……。エイくんがいてくれて、良かった」
エイくんか。
「ずいぶん弟と、仲良くなったんですね」
「はじめて会った気がしなくて。よく知っている人と似てるせいかな」
そう言ってアリアは、くすりと笑う。
「顔だけじゃなくて、喋り方とか、しぐさも」
ぼくとエイはとても似ている。そうアリアは言う。
「でもエイくんは気の毒だった。いく晩も閉じ込められて。わたしにも気を使ってくれて……」
野球選手は、体力勝負の仕事でしょう。夜くらいはゆっくり眠りたいじゃない。
と、アリアは申し訳なさそうな顔をする。
「エイもアリアさんと過ごすのが、楽しかったみたいですよ」
「そうなの?」
エイの好意は、アリアに届いていないようだ。
「だから現実でも、あなたをデートに誘ったんでしょう」
「デートじゃない。子供のお守りみたいなもの。エイくんは私の保護者」
「草四郎も保護者ですか?」
「草四郎先生は先生。出来の悪いわたしに辛抱強く勉強を教える人……なにが言いたいの?」
アリアは憮然とした表情になる。
「そういうことで、私をからかうのはカナちゃんだけでたくさん」
「馬鹿を言いましたね。ごめんなさい」
慌てて謝ったが、アリアは許してくれなかった。
「わたしがやるべき事は小説を書くこと。それだけ。片思いにかける時間は、少ししか取れない」
「片思いをしてるんですか?アリアさんが?」
エイに?草四郎に?どっちだ?
「なんで驚いてるの?わたしも恋ぐらいする」
ごちそうさま。と言ってアリアは箸を置いた。
「食後のお茶をいれてきましょう」
その一服を口実に、話の続きが聞きたかった。
「セイさんは空想することはないの?」
自分がアイドル歌手だったら。
戦国武将だったら。
はたまたスパイだったら……
「しないですね」
ぼくはは答えた。
「わたしはしょっちゅうそんなことを考えてる」
小説家だからではなく、元々夢見がちな性分なんだとアリアは笑う。
「恋は空想と同じですか?」
「叶わなくても思うだけなら、自由でしょ」
食休みに入ることもなく、アリアは作業を再開していた。
だがぼくに席外してくれとは言わなかった。
ぼくらが飲んでいるのは紅茶だ。
でも酒を飲みながらでもしない話をしている。
ぼくは女の子の好きな相手を聞き出そうとしている。ヤボもいいところだ。
「草四郎先生のことも、エイくんのことも好き。選べない」
「ふたりともですか!?」
ぽかんとした僕を見て、アリアはクスリと笑う。
「ふたりだけじゃないよ。セイさんのことも好き」
「ぼく?」
「それだけじゃない。ニレイのおっちゃん、サキくん、谷さんも大好き。毎日、別の人に片思いをしている。月火水木金土……日曜日はお休み」
「……ぼくをからかってるんですか?」
「真剣そのものの告白だよ」
色のあせたセーターに極彩色の着物を羽織ったポンチ極まりない恰好。雑然とした床に片膝をついて座り、その指先はインクで黒く汚れている。
無頓着さは、彼女のまとう鎧だ。
自分はただの可愛い女の子ではありません。手を出せば面倒くさいことになりますよ。と主張しているわけだ。
それでも、周囲の男たちは彼女にひかれてしまう。
その造作に見とれ、内面に触れて更に引き付けられる。
アリアは、きまぐれ爪を出した。臆病なイタズラっ子のように。
「六人かぁ。浮気性ですね」
「これから、まだまだ増えていく予定」
アリアはもう子供ではない。でもこの方面に限っては、子供でいたいのだ。
「光栄ですよ。ほくもメンバーに選んでもらって」
こうなれば、ついでだ。ぼくは尋ねた。
「ぼくのどこを気に入ってくれたんですか?」
「優しいところ。美味しいご飯も作ってくれる」
「はは、まるでお母さんですね」
「それにドラムを叩いている時のセイさん、カッコいいよ」
その言葉に、じんわりと頬が熱くなる。
ぼくは単純だ。やっぱりアリアに褒められれば嬉しい。
そしてニレイさん、サキさん、谷さん、草四郎に、エイ。
ぼく以外の五人のどこが好きなのか。それもアリアは話してくれた。
色とりどりのキャンディーを並べて、ひとつずつ味見をするように。気楽に。
少し腹が立ったので言ってやった。
「アリアさん、好きです」
間髪をいれず、言い返される。
「嘘つき。やっぱりセイさんなんて、大嫌い」
本気ではないと分かっていても、その『嫌い』という言葉が少し痛い。
「嘘じゃないですよ。好きです」
ぼくどころではない。
草四郎にとって、それは初恋で。
エイに聞けば、照れもせず運命だと答えただろう。
ぼくは早く通り過ぎたかった。
通り過ぎて、思い出にしたい。
「……さて、そろそろ気は済んだ?」
アリアは紅茶を飲み干した。
おしゃべりの時間は終わりだ。
ぼくもキッチンで皿洗いが待っている。
しかし、練習室を出る前に確かめておきたいことがあった。
「トウヤも、片思いの相手のひとりですか?」
「エイくんに聞いたの?」
「ええ、彼宛てのサインをもらってきました。母屋に置いてあります」
そして、アリアは顔色一つ変えずに嘘をついた。
それが嘘だとわかったのは、あまりにも淀みなく彼女が答えたからだ。
「宛名のことは、ただの気まぐれ」
なんでも良かった、とアリアは言った。
「わたしの名前をそのまま書いて貰うのが、ちょっぴり恥ずかしかったの」
そう言い切られてしまえば、うなずくよりなかった。アリアの嘘を否定する材料は何もない。
過去アリアと接点のあった ”トウヤ”という名前の、人物を探してほしい。
ぼくはそれを、アガミ本家に頼んだ。
該当なし。
その報告が届くまでに、そう時間はかからなかった。




