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花とペン  作者: 井上マイ
44/68

44.

 アリアといえど女の子の話だ。

 母の店でするのは、落ち着かない。

 ぼくらはエイの車で、国道沿いのファミリーレストランに落ち着いた。

 席に着くなり、エイは家族連れに声をかけられた。

 サインの求めに快く応じてから、エイはようやくぼくに向き直った。

「冬の海が見たい。アリアのリクエストで、江ノ島までドライブだ。神社に詣でて、土産物屋を冷やかして、昼飯はハンバーガー。東京に戻ってショッピング。夕飯は寿司だった」

 淡々とエイは話した。

「楽しかったよ」

 エイとアリアは本当に、一日デートを楽しんだらしい。

「どっ、ど、ど、どういうことだ!?」

「……どういうこととは?」

 キョトンとエイが聞き返す。

 こいつはなにも分かっていない。

「いつどこで、アリアさんと知り合った?どうやって親しくなった?あのバラの花束はなんだ?どういうつもりで連れ出した!?」

「参ったなぁ……矢継ぎ早に聞かれても」

 エイは、ぼくの剣幕に苦笑した。

「順を追って話すよ」


 アリアには、ミカさんが見える。

 ミカさんが見える女人は、アガミの家に縁付く人だ。

 つまりアリアは、エイと結ばれる可能性もある。

 だがぼくは、アリアをエイに紹介しなかった。

 隠していたわけではない。

 言いそびれていただけだ。


「俺がアリアを知ったのは、ニレイ先生のおかげだ」

 意外な名前が飛び出してきた。

「ニレイさん?」

「母さんの店で写真を見せてもらったんだよ。セイくんと着物のアリアが、並んで写っている写真だ」

 着物姿。

 アリアとサキさん、そしてぼく。三人で銀座に出かけた時に撮った写真だ。

「なんでそんな写真が、”梅や”にあったんだ?」

「ニレイ先生が焼き増しして、母さんに送ってくれたんだ」

 離れて暮らす母の慰めになれば。と、ニレイさんは息子の近影を送ったらしい。

 ぼくの知らないところで、妙な気遣いをしてくれるもんだ。

「綺麗な人だな、と思ったよ。しかしまだ15歳だとは思わなかった」

 五島万は三人の共同ペンネーム。

 写真の少女も、作家集団・五島万の一員だ。

 その事実もエイを驚かせた。

 エイがアリアの顔を、そうやって知ったことは分かった。

 しかしそれだけでは、ふたりが親しくなった説明にならない。

「直接会ったのは二週間くらい前のことだ。お友達のカナちゃんと一緒に”梅や”に来ていたところに、行き会った」

  ぼくらが巫舞(ふぶ)を行った日だ。

 アリアはその日、ホスピタルの外にいた。カナとふたりでお泊まり会だ。

  ふたりは会場のカナの家に行く前に、”梅や”で昼食をとったらしい。

「セイくんのお母さん、お店やってるの?行ってみたい!」

 カナは前々から言っていた。

 アリアは、お土産で食べるこの店の焼き鳥がお気に入りだ。

 わざわざ訪ねていく理由が、大ありだったわけだ。

 アリアの大誤算は、母に顔を知られていたことだろう。

 母も共に働いている草四郎のふたりの姉も、下町のおばさんだ。

  グイグイと話しかけられ、サービスされて困惑するアリアが目に浮かぶ。

「アリアと交わした言葉は挨拶程度だ。『兄と叔父がお世話になっています』とね」

 ふふふと、エイが笑う。

 アリアたちとエイは別の席で食事をとり、別々に店を出た。

「しかしアリアさんは、お前さんと会ったことを黙っていたんだ?」

「さぁね」

 エイは涼しく答える。


 エイはほうれん草のソテーをつまみに、オレンジジュースを飲む。

 ぼくはホットコーヒーとジャンバラヤ。

 週末のファミリーレストランは、ほどほどに混み合っていた。

 喧騒がこちらの話し声をかき消してくれる。

「俺があの日、”梅や”に行ったのも偶然じゃない。タクミさんから呼び出されたんだ」

 タクミさんは、アガミの先輩術士だ。

 双子のカズサと組んで、術士の勤めをしている。

「セイくんたちが今夜動く。お前も、心に止めておくようにと伝えられた」

「そうか……迷惑をかけたな」

 エイの言葉にハッとさせられた。

 迂闊だった。

 巫舞を行うことで、どんな影響が出るのか。考えもしなかった。

 ぼくと草四郎、そして弟のエイは近い場所にいる。

 同じ枝に咲く花も同じだ。

 ぼくと草四郎が、揺れればエイにもそれが伝わってしまう。

「迷惑なことなんて何もない。セイくんたちは、やるべきことをやっただけだ」

 きっぱりとエイは言った。

「あの日、何か感じたか?」

「巫舞は真夜中だったんだろう?俺は朝までぐっすりだ」

 そういうエイは少し寂しそうだ。

 自分だけ、仲間はずれになった気分のようだ。

「だけど問題は次の晩だ。その夜から三日間、俺は妙な夢を見続けることになった」

「夢……まさか」

 驚くぼくに、エイはこくりと頷いた。

「この何日か、俺たちはセイくんたちのすぐそばにいたんだ」

 気づかなかったのかい?とエイは笑った。

「俺たち?」

「俺とアリアだ」



           XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX


 夜のトレーニングを終え、シャワーを浴びて22時には床に就いた。

 いつもと変わらない一日だった。

「……ここは?」

 しかし気づけば、その場所に投げ出されていた。

 ここは選手寮の自室ではない。


 時刻は夕暮れ。

 生暖かい夏の風が頬を撫でる。

 どこの子供の落としものだろう?

 砂利が敷きの地面に、赤い風車が落ちていた。

 焼きそば、ヨーヨー、焼きトウモロコシ……ビニールの暖簾に書かれた文字。

 周囲には、畳まれ片づけられるのを待つばかりの屋台が並んでいる。

 頭上には、明かりの灯されていない祭り提灯が並んでいる。

 辺りには人っ子ひとりみえない。

 どこに向かえばいいのか、見当がつかない。


 だが立ち止まっていても仕方ない。

 エイは歩き始めた。

  ひどく落ち着かない気分だ。

 見知らぬ場所で、迷っていることだけが理由じゃない。

 いつもそばに寄り添うミカさんの姿が、見えなかった。

 しかし不可解なことに、気配だけは感じられた。

 どこか物陰からミカさんにじっと見られている。そんな感じだ。


 上下パジャマを着て眠ったはずだ。

 しかしエイの恰好は、ポロシャツとジーンズに変わっていた。

 手には、うちわを握っている。

 うちわには、桐の花が描かれていた。

  ああ、この花には見覚えがある。

 あの子が写真の中で着ていた着物にも咲いていた。

 いま団扇を手にしているのは、眠る前に彼女のことを考えていたせいなのかもしれない。

 その子とはきのう初めて顔を合わせた。

 美しい少女だった。

 自分は一目ぼれというやつをしたんだろうか?

 エイは自問する。

 いやそうではない。

 でも、また彼女に会いたい。


 黙々と歩いていくと、一軒の喫茶店へと辿り着いた。

 エイは誘われるように中に入った。

 そこにはひとり、アリアがいた。


「アリアさんがあの世界に!?…… 無事だったんだろうな?」

 薄暗く、訳の分からないものがウヨウヨしている世界だ。

 そんな場所に、ポツンと一人いたなんて。

 背筋が凍る。

「アリアは無事だ。さっきも元気でいただろう?」

 エイがのんびりと答える。

「それに彼女をあの場に呼んだのは、ミカさんだ。危ない場所を選んだりはしない」

「それにしても、お前さんが来てくれて良かった。アリアさんも、さぞかし心細かっただろう」

 しかしエイは、ぼくの推測をバッサリ否定した。

「いいや、アリアは泣きべそなんてかいてなかった。薄暗い店内でコーラを飲みながら、昨日の日付の新聞を読んでいた」

  アリアは自分の状況を、直感で理解していた。

 これはいつか見た不思議な夢の続きだ。

 夜明けを待てば、ここから抜け出せるはずだ。

 だから落ち着いていられた。


「セイさん……じゃない!?」

 アリアは一瞬、エイをぼくと見間違えた。

「渋沢選手?」

「うん。昨日ぶりだね」

 ひまわりの絵柄のワンピース。

 足元はサンダル履き。

 彼女も、夏らしい格好をしていた。

「五島先生、どうしてここに?」

「五島先生って、わたしのこと……?」

 アリアは眉をしかめた。

「日比野亞瑠亞。きのう自己紹介したでしょう?呼び捨てでいい。わたしの方が年下だし」

「わかった、アリア。俺のこともエイと呼んでくれ」

「わたしがここにいる理由は、たぶんあなたのお兄さんのせい」

「セイくんの?」

「わたしは前にも、同じような夢をみたことがあるの。この夢は、あなた達の連れている神様……その匂いがする」

 エイはアリアの向かいに腰掛けた。

「驚いたな。君はミカさんのことを知っているんだね。セイくんから聞いたの?」

「気づかなかったの?あなたが昨日、お店でトイレに立った時に、あなたの神様はこっちの席に遊びに来てた」

「ミカさんが見えるのか」

「昨日わたしと一緒にいた友達にも見える」

 なにも特別なことじゃない。

 アリアはそう言いたいようだった。

「あの子は、カナちゃんって言ったっけ?」

「うん、コウガミの大きい神社の娘さん」

「なるほどね……」

 エイは呟いた。

 セイくんが、ふたりを紹介してくれなかった理由が分かった。

 事情がかなり込み入っているようだ。

 それにもう一点。

 ミカさんが見えるというのは、どういう意味があるのか。

 たぶんアリアは分かっていない。

「何か飲まないの?」

 アリアは尋ねた。

「財布を持って来なかった」

「ここは夢だよ」

「それでもさ」

 店員の姿は見えない。

 自分はプロ野球選手だ。いかなる理由があっても、無銭飲食をするわけにはいかない。

「わたしが出す」

 アリアがポケットの中からつかみ出したのは、桜貝だった。

 もろくピンク色の貝殻を、テーブルに置く。

「これでいい」

 彼女はこの世界の流儀に通じているようだった。

 エイはキッチンに入り、牛乳を失敬した。


「……で、それからどうしたんだよ」

 変なところで、エイは話をぷつりと切った。

 ぼくは話の続きをせっついた。

「どうもしないさ。目が覚めるまで、ふたりして店中の新聞と雑誌に載っているクロスワードパズルを解いた」

 店の外には出ないほうがいい。そうアリアが言った。

 時折黒い影が横切るのが、窓越しに見えた。

 エイは、ぼくとよく似ている。

 そのことが、人見知りのアリアの緊張を和らげた。

 じっくりと一晩かけて、ふたりは打ち解けた。


 目覚めは唐突にやってきた。

 気づくと、エイは自室のベッドの上にいた。

 唇には、さきほど飲んだミルクの味が残っていた。

 やはりあれは、ただの夢ではない。

 アリアに電話をかけるべきか。

 迷ったが、やめておいた。

 きっと彼女も無事だろう。


 そして翌夜。

「今日は徹夜のつもりで起きていたのに……なんでまたここに来ちゃったんだろう」

 アリアが言った。

 それは無駄な努力というものだった。

 睡眠時間を日中にずらしても、短くしても同じだ。

 ひとつまばたきをするだけでアウトなのだ。

 瞼の裏に一片の影がさせば、そこに黄昏の世界は忍び込む。


 列車のボックス席。

 きづけば、向かい合わせで二人は座っていた。

 きょうのアリアは浴衣姿だった。

 紺地に白いトンボの絵柄だ。

 髪はお団子に結っている。

 うなじが涼しげにうつった。

 車窓から見えるのは、一面にひろがった稲田だ。

 夕日に照らされて、キラキラと田に張られた水が光る。

 開いた窓から吹き込む、生ぬるい風が頬に当たる。

 知らない景色だ。

 遠くにポツポツと、立派な瓦屋根の家が点在していた。

 この列車はどこを走っているのだろう?

 そして、どこに向かっているんだろう?

 その疑問に思いがけず、アリアが答えてくれた。

「あの鉄塔も山も見覚えがある。わたしのおじいちゃんの田舎の在来線の景色だ……」

 それきりアリアは黙った。

「どうしたの?」

「怖い。終点の駅で待ってるのは、わたしのおじいちゃんとおばあちゃんじゃない。ここは偽物の世界だもの」

 エイは昨夜の喫茶店の窓から見た、影を思い出した。

 ここは人ならぬ者が、跋扈する世界だった。

 エイはアリアを励ますために微笑んだ。

「大丈夫だ。きっとセイくんたちが何とかしてくれる」

「うん……エイくんは、お兄さんのことを信頼してるんだね」

「ああ。それに、いまは俺がそばにいる」

 そうだ。

 自分がここにいる意味がいま分かった。

 なにがあっても自分は、この子のことを守らねばならない。

 エイは密かにそう決意した。

「浴衣よく似合ってる」

「……ありがとう」

 エイが褒めると、アリアは小さくお礼をいった。

「夏になったら、一緒に花火を見に行こうよ。起きているときに、本当に浴衣を着てさ」

「人混みは嫌い」

「人の少ないところならいい?例えば冬の海とか」

「それならいい」

「OK、約束だ」


 電車に揺られながら、ふたりはたくさん話をした。

 野球と小説以外の話を。

 アリアはもちろん、エイも口が達者な方ではない。

 しかし、いまはふたりきりだ。

 他に向き合う相手もいない。

 この夕闇の世界で、ふたりはエースピッチャーでも流行作家でもなかった。

 ただの少女と青年だった。

「話すことはたくさんあった」

 そしてエイは思い出し笑いをする。

「セイくんと草ちゃんのことを、根掘り葉掘り聞かれたよ。セイさんはどんな子供だったの?とかね」

 なるほど。アリアがエイと会ったことを黙っていた理由が分かった。

 まったく、エイはどんな風にぼくらのことを伝えたのやら。

 ニレイさんとサキさん、そしてホスピタルでのこまごまとした出来事をアリアは話した。

 エイも自分の家族や、友達の話をした。

 あとは昨日見たテレビの話とか、他愛のないことを。

 いくつか駅をすぎた。

 いくら目を凝らしても、看板の駅名は読み取れない。

 顔のない乗客たちが、乗り降りをする。

 終点駅はまだ遠いようだ。


 そして三日目。

 ふたりが落ち合ったのは、菜の花畑だった。

 祭り会場、喫茶店、列車、菜の花畑……ふたりは知らないうちにぼくらのあとを辿ってきたようだ。

 ミカさんが瘴気を払い、花と土は本来の匂いを取り戻していた。

「ここだけ春になったみたい」

 あたり一面の菜の花を見渡して、アリアがつぶやく。

 しかし頬をなでるのは暖かい夏の風だ。

 今日のアリアは麦わら帽子を被っていた。ノースリーブのギンガムチェックのワンピース。彼女の二の腕もふくらはぎも抜けるように白かった。

 ふたりは、なだらかな斜面に並んで腰を下ろした。

「明日はどんな場所に出るかな。少し楽しみだ」

「たぶんエイくんとこうやって会えるのは、これで最後じゃないかな……ほら、見て」

 アリアは空を指さした。

 紺色の闇が、茜色に溶け混じり始めていた。

 もうすぐ夜が来るのだ。

 夜が来れば、この世界は影に覆われてしまう。

 ここが行き止まりか。

 エイはため息をついた。

 あとは、セイくんたちに任せるしかない。

 アリアは、風に揺れる季節外れの菜の花を眺めていた。

「アリア、花は好き?」

「うん。好きだよ」

「じゃあ、今度会う時に花を持っていく」

 そしてふたりは、現実で会う日取りを決めた。


 それが今日までのあらましだ。

「どうして、すぐにぼくに相談しなかったんだ」

 ついエイを責める言葉が出た。

「セイくんたちは、いま大変なことをしようとしているんだろう?これ以上、心配の種を増やしたくなかった」

 そしてエイは、かたわらのミカさんに目をやった。

 エイのミカさんは、童女の姿をしている。

 いまは無邪気な仕草で、エイの足にまとわりついている。

 ミカさんの、歌はいまは聞こえない。

 ぼくらの知りたいことは、なにも教えてくれなかった。

「俺は術士じゃない。でも力になりたい」

 そしてエイは、ポケットからなにやら取り出した。

 赤いリボンの髪留めだ。

「あれ?これはもしかして……」

「うん、これはアリアのだ。花束のお返しにもらった。今度夢で会う時に、離ればなれにならないように。お守り代わりさ」

「そんなに上手いこといくかな」

「信じるものは救われる……だろ?」

 そう言ってエイは、ポンポンとミカさんの頭をなでた。


 ぼくはエイに、改めて礼を言った。

「夢の中で、アリアさんを助けてくれてありがとう」

「どういたしまして……一緒にいることしかできなかったけどな」

 それで十分だ。

「そして、今日彼女を連れ出してくれたことにも感謝するよ。すっかり友だちだな」

 ぼくは、アリアの友だちにはなれない。

 彼女はぼくの仕事仲間で、雇い主だ。

 エイには、ぼくにはできないことで彼女を支えてやって欲しい。

 だが、エイは首を横に振る。

「俺はただの友だちに、花を贈ったりしない」

「……いまの言葉は、聞かなかったことにしておく」

 ぼくは、長いため息をついた。

 でもエイは続けて言った。

「今すぐ自分の気持ちを伝えたりはしないよ。セイくんたちの仕事が終わるまでは、待つつもりだ」

 しっかり頼むぜ。

 そう言ってエイは、片目をつむってみせた。


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