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花とペン  作者: 井上マイ
31/68

31.

 アリアには変な嗜好がある。

 ひとに単純作業をさせて、それを眺めるのが好きなのだ。

 ドラムセットがこの家に来てからは、僕にしばしば叩くようせがんだ。

 狭い音楽室に小机を持ち込んで、アリアは原稿の構成作業を始める。

 ドコドコドコドコ。

 ぼくがドラムを叩く。

 サラサラサラサラ。

 アリアはペンを走らせる。

「うるさくないんですか?」

「落ち着く」

 またあるときは校正作業でワープロをカタカタ叩くぼくを、アリアはボンヤリみていた。

 キャベツの千切りや、皿洗いをする手元をじっと見られていたこともある。

「……どうかしましたか?」

「休憩中」

 決して、ぼくの家事を手伝ってはくれない。

 そんな時のアリアは、まるで猫だ。

 こちらが構いすぎると、ふいっといなくなってしまう。


 ホスピタル入り口の待合室には、23インチの小ぶりなテレビが置かれていた。

 そのテレビにはファミコンが繋がれている。

 ファミコンと二ダースばかりのカセットは、ニレイさんのところの劇団員が持ち込んだものだ。このホスピタルが稽古場だったときの名残だった。

 ファミコンはスーパーと頭につく最新機種ではない。カセットもどれも発売からずいぶん経ったものだ。

 アリアはファミコンが好きだった。

 自分では遊ばない。 人に操作させて、それを後ろからみている。

 サキさんが、よくそのアリアの趣味に付き合ってやっている。

 サキさんはゲームが下手だ。アリアは、それでかまわないらしい。

「ピコピコ鳴って、チカチカしてれば、それでいい」

 筋がしっかりしていたり、画面が目まぐるしく変わるゲームは苦手なんだそうだ。シンプルなほど良い。

 アリアのお気に入りは『シティコネクション』というアクションゲームだ。

 まっすぐにしか進まない赤い車と、決まりきった追っ手と障害物。BGMも単調だ。

 ぼくも何度かお付き合いしたことがある。


 さて今日もアリアは、人にコントローラを握らせていた。しかし今日のプレイヤーはサキさんでも、ぼくでもなかった。

 アリアは待合室のソファに腰掛け、自分の膝に原稿用紙を広げていた。

 しかしペン先は、ちっとも動いていない。

 ソワソワ、オロオロ。

 アリアの目が泳いでいる。腰も落ち着かない。

「わー、また捕まったー。アリアちゃん、これ難しいよー」

 パチン。

  ファミコンのスイッチを切り、少女はアリアに向き直った。

 ビクッとアリアの肩が震える。

「……」

 アリアはあうあうと、意味の通らない返事を返すのが精いっぱいだ。

 しかし少女はアリアの反応に、気を悪くした様子もなかった。


 来客の少女の名は、谷鼎 (たにかなえ)。

 呼び名はカナ。

 都内の私立高校二年生。アリアより一学年上の十七歳。

 テニス部所属。趣味はロックバンドのライブ鑑賞。

 冬休み中ということで、今日は制服姿ではない。

 セーターに服装だ。先週スキー旅行に行ってきたらしく、ショートカットの襟足まで健康的に焼けている。

 兄の谷周平と同じく彼女自身も、コウガミの術者だ。

 だがカナは術者として、今日ここに来たわけではない。

「アリアちゃん、休憩時間になったら教えてね。一緒に遊ぼー」

「……」

 彼女の勢いに押されて、コクコクと何度もアリアは頷いた。

 まるで首ふり人形みたいだ。 

 なぜカナがここにいるのかというと、アリアが連れてきたからだ。


 話は二時間前に遡る。


 場所はホスピタルの最寄り駅。

 アリアは、ベソをかいていた。

 財布と財布に挟んでいた切符をまとめて落とした。

 これでは改札を抜けられない。

 セイさんに勧められたからといって、ひとりで映画なんか見に行くんじゃなかった。

 サキくんの言う通り、履いている靴の中にお金を入れておけばよかった。

 しかしすべては後の祭りだ。

 駅員に声をかけ、頭を下げて、電話を貸してもらえばいい。

 家にはぼくもサキさんもいる。迎えにきてくれるはずだ。

 しかし、そんな当たり前のことすら、パニック状態のアリアは思い至らなかった。

 そのままじっと、アリアは改札口に立ち尽くしていた。

 長期戦覚悟だ。

 終電の頃には、ぼくかサキさんが探しにきてくれるだろう。

 いや、待て。

 そんなに長時間立っていたら、不審に思われる。

 家人から見つけて貰えるその前に、鉄道警察から職務質問。そして補導という事態になりかねない。


 そんなところに、カナが通りかかった。

 そしてアリアを苦境から救い出したのだ。

「アリアちゃんの顔を一目見て、これは大変!と思った」

 そうカナは述懐した。


「えっ!?……セイさんのお友達ひと?ど、どうして?わ、わたし! ?」

 アリアは、一度見かけたカナの顔をおぼえていた。

 しかし、いきなり声をかけられてパニックだ。

「いいから、いいから」

 カナはアリアの手を取った。

 代わりに切符代金を支払い、改札を抜けさせた。


「ひとりで帰れる?お家の人に電話して、迎えに来てもらおうか?」

 カナはアリアよりも、こぶし二個分背が低い。

 そして丸顔の童顔だ。

 しかしどちらがお姉さんかといえば、明白だった。

「……」

 カナの問いかけに、アリアは無言。

 助けてくれたひとに、なにか言わないと。

 気は焦るが、舌がまわらない。

「あ、ああ、あの、ありがとうございました」

「ノープロブレムですよ」

「お金……切符のお金、返します。お金、家に戻ればあるので」

「いいっていいって、あとで周平さんに貰うから」

 カナは兄の名を出した。

 しかしアリアの中で、担当編集者と目の前の彼女は結び付かない。

「その、こまっ、こま、こま、こま……困るです。行ってしまわれては、困ります……」

 アリアは、必死でカナを引き留めた。

 その大きな目から一粒、涙がこぼれ落ちた。

 これには、カナも驚いた。

「わっ!分かった。行く行く、行きます。お邪魔します。だから、アリアちゃんお願いだから、泣かないでー! !」

「えっ、わっ、私の名前どうして、知ってる?」

 動揺の余り、アリアはインディアンのようになっている。

「うーん、その辺のことはお家に着いたあとで、ゆっくり説明するね」


「で?なんでカナさんは、あの駅にいたんだ?」

 ぼくが尋ねれば、カナは意味深に笑う。

「うーん?たまたまかな」

 谷さんは妹のカナに仕事を手伝ってもらっている。

 しかし谷さんが、カナを頼っているわけではなさそうだ。

 実際は谷さんが、カナという惣領娘のお守りをしているといった方が正しそうだ。

 カナは今日も谷さんに断りなく、ぼくらにちょっかいをかけにきたのだろう。


「許さん! !」

 その時、あさっての方向から声があがった。

 サキさんだ。

 腕組みをして仁王立ち、虚空を睨みつける。

「血の繋がりがない妹……ドラスティックじゃないか。それを、谷氏はなぜ俺に黙ってたんだ!?」

「別に、サキさんに報告しないといけない義理はないと思いますが」

 ここにいない谷さんの代わりに、ぼくがやんわりと抗議する。

「へ?」

 当事者であるカナはキョトンとしている。 

「そんな美味しいネタを、作家から隠しておくなんて!編集者の風上にも置けんやつだ」

「ネタって……小説に使うつもりなんですか?」

 こちらは呆れて聞いたんだが、サキさんは力強くうなずく。

「使うに決まっているだろう!な、アリアくん」

 急に話を振られたアリアが、びくっと震える。

 そしてカナの方をチラリとみやった。

「……谷さんとカナさんの許可が取れたら」

「アリアさんまで、何言ってるんですか!?」

「あはは、私のこと美人に書いてくれるんなら、許可しちゃうよ」

 カナが気前のいい返事を返す。

「よし決まりだな」

 パンとサキさんが手を打った。

 元より兄の谷さんには許可を取る気などないらしい。

 彼に拒否権なんてないのだ。

「よし!次回作は王道でいくぞ。血の繋がらない兄妹の、禁断のロマンスだ」

 また適当なことを言い出した、とあきれ顔のぼくとアリア。

 しかしカナはキャーキャー喜んだ。

「あはは!本当に書いてくださいよ。わたし、五島先生のファンですもん」

 それはまったくのリップサービスというわけではないらしい。

 兄が担当した本は、全部読んでるとカナは胸を張った。

「五島先生の本のなかでも『幻想遊歩探偵·カワサキ』大好き。『仲間内タニマチ』も。先生の本は、いつもヒロインが可愛いんだよねー。健気で、一途で……」

「あの二つは、あんまり売れなかったんだよー」

 サキさんは照れつつも、嬉しそうだ。  

「…………」

 アリアも自分の髪の毛をしきりにいじっている。サキさんと同じく、面と向かって褒められて、嬉しくも恥ずかしいといったところなんだろう。

 そんな五島万のふたりを見れば、手伝いのぼくもホンワカしてくる。


「それにしても驚きだ。道ばたで出くわした、セイ君ファンの女子高生が、谷氏の妹さんとは」

 サキさんも、一度すれ違った程度のカナの顔をちゃんとおぼえていた。

「ミステリまがいの小説を書くようになってから、俺は偶然を信じられなくなった」

 そして、カナではなくぼくを疑わしげに見る。

「本当に偶然か?」

「ははは……」

 苦笑いで答えるしかない。偶然ではないが、ぼくではなくカナが仕組んだ事だ。


「さてと、カナさん。書くからにはちゃんと取材をしないとな」

「なんですか?先生、何でも聞いてくださいよ」

 サキさんに呼びかけられたカナは、ちょこんと向き直る。

「どういう経緯でお兄さんは、谷家に入ることになったんだ?」

 遠慮の欠片もないサキさんの質問に、ぼくは青くなる。

 しかしカナはためらうことなく答えた。

「周平さんは、もともとウチの遠縁で……といっても、わたしとは従兄弟の従兄弟のそのまた従兄弟くらいの繋がりだけど」

 カナは両手を一杯に広げて、その遠さを表現して見せる。

「ありがちな話ですよ。周平さんの家は、大黒柱のお父さんを亡くして困っていて。わが谷家には、男の子がいなかった」

 割れ鍋に綴じ蓋っていうんでしたっけ?こういうの、とカナが言った。

「だから養子をとったのか……大家だぁ。お宅は、神社だっけ」

 谷さんから世間話で聞いたのだろう。サキさんは、谷家の家業を知っていた。

「そう、でっかい神社」

 カナがえへんと胸を張る。

 そう、彼女の家は大きい。コウガミは日本有数の大社だ。

「でっかいお家で良かったよ。おかげで、自慢のお兄ちゃんがきてくれた」

 照れもなくカナは言った。

「仲がいいんだな」

 それを聞いて愉快そうにサキさんは笑う。

「ええ、抜群に」

 ピースサインでカナは答えた。


「そういえばセイ君は、谷氏の紹介でウチに来たんだよね。その縁かい?」

「ええ。ぼくの家も一応、谷さんのところの末端に連なっております……」

 ぼくが答える。

「草四郎くんの笛も、そちらの宗派の音曲なのか?」

「さぁ、どうなんですかね?」

 ははは、とぼくは笑って誤魔化した。

 アガミはコウガミの本流とはほど遠い。

 いまのやりとりを聞いていたカナが、どんな顔をしているか。

 怖くて見れなかった。


「書くからには、まだまだ取材が必要だ。カナちゃん、また遊びに来なさい」

「嬉しい!本当にいいんですか?」

「ああ、日中なら誰かしらはいる。好きな時に来ればいい」

 そしてサキさんは、チラリとアリアの方をみた。

 なるほど、これはサキさんの兄心というやつだ。

 孤独なアリアに、同年代の友達が出来ればいい。そう、おもったんだろう。

 果たして、うまくいくだろうか。


「じゃあね!アリアちゃん。本当にすぐにまた来ちゃうからね」

 玄関先で見送るアリアに、力いっぱい手を振る。

「う、うん」

 カナの勢いに押されて、アリアも控えめに手を振り返す。


 夕食の買い物ついでだ。

 ぼくがカナを駅まで送る流れになった。

 家を出たとたんに、それまで快活だったカナは表情を変えた。

「わたしはセイ君のいたバンドのファンだったし、セイ君のドラムも好きだよ」

「そりゃどうも」

 褒められたので、礼を言った。

 しかしカナは精一杯いかめしい声を作って、宣言する。

「だけど、セイくんそのものは好きじゃないから」

「了解したよ」

 とつぜん、ぼくはカナに振られたようだ。

 苦笑するしかない。

「あの家にはまた遊びに行く。アリアちゃんに会うために。他に意味はないから」

 術士の仕事とは関係ない。

 アリアのことを、放っとけないとカナは言った。

「アリアちゃん、めちゃんこ可愛い。もっと仲良くなりたい。いっしょにお買い物に行きたい。服買って、お茶しばいて……」

「アリアさんはモーレツに働き過ぎだからな。カナさんが息抜きさせてやってくれ」

「任せて」

 カナはぐっと親指を立てて見せた。

「でも、わたしが付き合うのはアリアちゃんとだけ。あっちの仕事以外では、セイくんとも草四郎くんとも、つるむ気はないから」

 ハンサムな叔父上も、お呼びではないらしい。

「いまどころか、将来も、未来永劫!きみたちと親戚付き合いなんて、する気はないんだから」

「親戚づきあいね……なるほど」

 持って回ったいいかたをしたもんだ。

 直接的なことは、口にもしたくないようだ。

「ぼくらアガミのことは、谷さんから聞いたのか」

「……うん」

 カナは泣いていなかった。

 すねた顔をしていた。

 その時、鳥のミカさんがヒラリと彼女の右肩に飛び乗った。

 シッシッと、カナがミカさんを振り払う。

 普通の人間には、ミカさんは見えない。

 術者という、神通力と呼ばれる力を持つ者も例外ではない。

 ミカさんを見ることができるのは、ぼくらアガミの一族と、それに連なるものだけだ。

 つまり彼女は将来、アガミの誰かと結ばれ、術士となる男児を産むことになる人だった。

「がっかりしたでしょう」

 カナはぼくをにらみつける。

「がっかり?なんで?」

「わたしはアリアちゃんみたいな美人じゃないから」

 カナの言葉に、ぼくは海よりも深い溜息を吐いた。

「誤解があるみたいだ。そこんとこ、はっきりさせておこうか」

 ちょうど駅前だ。

 先日、靴擦れを起こしたアリアを座らせたベンチにカナを連れて行った。

「言っておくけど、運命の赤い糸とか、そんなに明確なもんじゃいからね、これ」

 ぼくは頭の上をパタパタ飛び回る、ミカさんを指さす。

「気まぐれ、大ざっぱ。人のことなんて、どうでもいいと思っている。ご神託なんてもんじゃない。真面目に信じれば、馬鹿を見る」

「周平さんが言ってた。あなたの家のカミサマは凄いって。予言が外れたことはないんでしょ」

 「確かにね。でも予言なんて、聞く人間の解釈次第だ」

 「ふーん」

 カナの不機嫌は直らない。

 小手先の言葉になんて騙されてなんかなるものか。という目をしていた。

「ミカさんは長生きだ。ぼくたち人間とは尺度が違う。おまけに人の見分けは、苦手なんだ」

 「どういうこと?」

 「ぼくとぼくの親父の区別も、ミカさんにはつかない。草四郎と、同じ名を使っていた先代の区別もね」

 ポンコツなんだ、ミカさんは。とぼくは言った。

 「君とぼくらには、あるいは縁があるのかもしれない。でもまっすぐな線で結べるようなものとも限らない」

「分かったような、分からないような」

 そう言いながらもカナの表情が、少し緩んだ。

「それに、アガミのチョンガーはぼくと草四郎だけじゃないぜ。去年生まれた赤ん坊まで入れれば、君の花婿候補は15名はいる。よりどりみどりだ」

 ぼくらは大所帯だ。

 「別に嬉しくないし」

 つれない返事だ。

「君だけじゃないよ。アリアさんにだって、唾をペタペタ付けた気になんてなってない」

 アリアは猫の子ではない。

 ヒョイと首根っこを捕まえて、貰ってくるわけにはいかない。

「そりゃあ、多少は意識しちゃうけど。過ぎた下心の持ち合わせはない。安心してくれ」

 そしてぼくは言葉を重ねた。

「それに、ひとつ確かなことがある。ミカさんは自分の言うことに逆らったからといって、人にバチを当てるようなカミサマじゃない。嫌な予言は聞き流せばいい」

 ミカさんの言葉は、呪いじゃない。

 だとしたら、誰がそんな守り神についていく?

「カナさんには、好きな人がいるのか?」

「いる」

 やはり肯定の返事が返ってきた。

 それが誰なのか、ぼくの予想は当たっているだろう。

「何度も言うよ。予言なんて無視したって構わない。でも、こだわりたいならこうすればいい。好きな男を捕まえて、夫婦揃ってアガミに飛び込んで来ればいい」

 ぼくがそう言うと、彼女の瞳がきらめいた。

「わたしコウガミの、かなりいいとこのお嬢さんなんだよ。そっちの家に入るメリットなんてあるの?」

「春香堂で買い物をすると、割引してもらえる」

「えっ、それだけ?」

「うん、それだけだ」

 あはは、とんカナが笑ってくれたので良かった。

「自分とアリアさんを比べて、勝手に落ち込まないでくれ。カナさんは可愛い。ぼくはそう思う」

「くぅーーっ」

 カナが、妙な唸り声を出した。

 冷えたビールを一気飲みした、サラリーマンみたいだ。

「どうした?」

「いまうっかり、セイ君のことを好きになりかけちゃった!危ない、危ない」

「ははは」

 そしてカナはすっかり調子を取り戻した。

「セイ君はアリアちゃんのこと、どう思ってるの?好き?」

 隠すようなことでもないので、ありのままを答えてやった。

「恋なんてしないように、気を付けている。アリアさんは、まだ十五歳だ」

 そして彼女はぼくの雇い主だ。

 アリアはふだんその辺を、半裸でコロコロ転がっている。しかしぼくが変な気を起せば、たちまち、首をちょん切られるだろう。

 いまはまだ、あの家から追い出されるわけにはいかない。

「アリアさんだけじゃない。女の子の事なんて考えているヒマはないんだ。売れっ子作家のお手伝いも楽じゃないんだぜ」

 ヒマも金も、専用の電話もない。これで女にモテるわけもない。

 思わず愚痴になってしまった。

「よしよし。いつか、いい人がみつかればいいね」

 カナに慰められてしまった。

「アリアちゃんも、恋どころじゃないんだろうな」

「そうだね。アリアさんに限らず、サキさんも、ニレイさんも……五島万の三人には、今のところ仕事が恋人だ」

「アリアちゃんは、サキさんやニレイさんを好きになったりしないの?」

「そうなっても発展することはないだろうね」

 アリアはともかく、あのふたりは大人だ。ぼくよりずっと。つまらない間違いを起こしたりしない。

 さてと、とカナはベンチから立ち上がった。

「そろそろ行くね」

 随分と長い時間話し込んでしまった。

 十七歳の女の子と恋愛談義だ。

 別れ際、カナはこんなことを言った。

「セイくんとね、私が好きな人は、ちょっぴり似ているんだ」

 ぼくが谷さんに?

「セイ君も、そのひとも、恋なんてしない。私も、アリアちゃんも、誰のことも見ていない。空ばかり見上げている」

「はは、カナさんは詩人だな」

 深く考えて口に出した言葉でもないだろう。 

 でも少し、考えてしまう。

 空ばかり見ている、か。

 ぼくの場合は、地に足が付いてないということだろう。

 谷さんが見ている空は、どんな色をしているのか?

 ぼくには分からない。

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