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花とペン  作者: 井上マイ
27/68

27.

 ぼくらは谷さんの部屋を後にした。

 草四郎は歩ける程度には回復していた。もう肩を貸す必要はなかった。

 草四郎と二人きりだ。

 もう谷さんの耳を気にする必要はない。

 しかしふたりで話し合いをしようとは思わなかった。

 ぼくはまだ、谷さんから聞いた話を消化できないでいた。

 それに生で飲んだウイスキーが少し効いてきた。

 だが草四郎に、言っておかないといけないことがひとつあった。

 残業終わりの勤め人や、酔客たちで込み合う電車内。

 よその人間の会話に紛れる様に、小さな声で話す。

「草四郎、無理だぜ。お前にぼくは守れない」

「…………」

 草四郎はどうしてとは聞いてこなかった。

 不甲斐ない自分を責めているんだろう。

 でもぼくが言いたいことはそれじゃない。

「お気の毒様だが、ポンコツのぼくとお前とは一心同体だ。お前が沈めば、ぼくも溺れる」

 比喩ではなく、ぼくたちはミカさんを間に深く結びついている。

 コツン。

 草四郎の頭に握りこぶしを当てた。

 先ほどまで倒れていた相手だ。もちろん軽くだ。

「ごめんなさい」

 まるで子供だ。素直な言葉で草四郎は謝った。

 謝らないといけないのは、ぼくの方かもしれない。草四郎を追い詰めているのは、ぼくだからだ。

「でもぼくは谷さんと行動することを、辞めるつもりはないです」

 草四郎は絞り出すようにそう言った。

「なぜだ?そんな苦しい思いをして」

「悔しいからですよ。何もできずにいることが」

 子供っぽい理由だ。しかし真っすぐで草四郎らしい。

「それに今日の話を聞いて、ますます引き下がれなくなった」

 渋谷一。

 禁忌を犯した彼の兄。

 それが草四郎が留まろうとする理由だ。

「ぼくにやめろと言いますか?」

 勝ち気な目をしていた。

 父の足跡は、ぼくひとりで追うつもりだった。

 ぼくは大きなため息をついた。

「ぼくが止めてもお前は聞かないだろう。どこまでも付き合うよ」

「はいっ」

 草四郎が大きく頷いた。


 XXXXXXXXXXXXXXXX


 翌日、ぼくは仕事の合間に草四郎の部屋を訪れた。

 顔だけ見て帰るつもりだった。

 その時だった。

「やっほー、草四郎くん。調子はどうだい?」

 ひょっこりやってきたカナと鉢合わせした。

 放課後のカナは制服姿だ。

「お邪魔しまーす」

 部屋主である草四郎の許可も得ず、カナはズカズカ上がり込んだ。

 ポイッとカバンを放り出して、畳の上に座る。

「……何しにきたんですか?」

「草四郎くんの顔を見に。良かった。元気そうだね」

 草四郎は寝込んでなどいなかった。

 昼間は大学の授業にもちゃんと出た。

 いまはノートを広げ、家庭教師のアルバイトの準備をしているところだった。

「はい、これお見舞いに持ってきたの」

 そしてカナは紙袋を差し出した。

 有名洋菓子店のマドレーヌだ。

 ぼくは急いで外に出る。

 お目当ては道の自販機だ。

 ひとり暮らしの男の部屋に、茶類の備えなどあるわけがない。

 ぼくと草四郎は缶コーヒー。カナは缶のココアだ。

「かんぱーい!」

「…………」

 カナの音頭でカシャンと缶を合わせる。まるで意味が分からないが。

「お持たせですが」

 さっそくカナから貰ったマドレーヌをちゃぶ台の上に乗せた。

 乗せる皿などない。セロファンに包まれたそのままだ。

 カナはキョロキョロと狭い部屋を見渡した。お嬢様としては、このボロアパートが新鮮に映るのだろう。

「なんにも無い部屋だよね。どうやって暮らしてるの?」

「余計なお世話です!」

 ムッとした草四郎を見て、アハハとカナは笑う。

「お土産までもらっといてないんだけどさ……ひとりで男の部屋にあがっちゃ駄目だぜ。危ない目に遭うかもしれない」

 相手は純真な女子高生だ。年長者として注意しておかねば。

 しかしカナには響かない。

「ふたりに、わたしをどうにか出来るとは思わないけどね」

 もっともだ。

「その手練れの先輩であるところの、カナさんに聞きたいことがある」

「やめてくださいよ、恥ずかしい」

 ぼくの意図を察した、草四郎は慌てる。が無視した。

「いいよー。なんでも聞いて」

 軽い調子でカナが答える。

「草四郎にコウガミのやり方を教えてくれないか?せめて倒れずに済むように。最低限のことをさ」

 しかしカナから返ってきたのは、ため息だった。

 「セイくんは何も分かってないんだね。そんなもの必要ない。周平さんも言ってたでしょう?あの場で発揮したのが、本来の草四郎くんの力だって」

 その強い力を使った瞬間、ミカさんは草四郎から離れた。

 しかしそれは錯覚だとカナはいった。

「つまりあれも、ミカさんの力だった……そう言うんですか?」

「信じてくれないみたいだけど。わたしはアガミの人が、踊ることしかできない不器用さんだとは聞いてないよ」

 身内に確かめてみれば?とカナは言った。

 まさかと思った。

 しかしアガミは長年コウガミと共に仕事をしている。

 カナはその時の様子を聞くこともあったかもしれない。宗主の娘である彼女のいうことには、説得力があった。

 ぼくら半人前にはまだ知らされていない、アガミの術士の側面があってもおかしくはない。

「私が思うに、草四郎くんのそれは成長痛だね」

 えっへんと胸を張りカナは断言した。自信満々だ。

「成長痛って……ぼくは膝が痛いわけじゃない」

 草四郎が反論する。

「わたしも経験があるから分かるの!」

「それを、カナさんはどうやって解消したんだ?」

 一応ぼくから聞いてみた。

「うーん、ある日突然治ってた」

 やっぱり参考にはならない。

「いつか治る……それじゃあダメなんです。またぼくは、仲間にケガを負わせてしまうかもしれない」

 草四郎は唇を噛みしめる。

「草四郎くんは真面目だねえ。あの場合、周平さんの方が悪いんだよ」

 確かに谷さんは怒ってなどいなかった。

 むしろ草四郎の暴発を楽しんでいたふしもある。変人だ。

「とにかく焦っちゃダメだよ。あとは、気持ちの強さかな」

 カナはカバンの中から、なにやら取り出した。

「これがわたしのお守り。術士の仕事のときや、学校で大事なテストがあるときなんかは、いつも持っていく」

 カナが見せてくれたのは、レースの刺繍のハンカチ、そしてセーラーの万年筆だ。

「ハンカチは、お母様がくれたものなの」

「……そうですか」

 思わずしんみりしてしまったぼくらを見て、カナはケラケラ笑った。

「ウチのお母様は、まだ生きてるよー」

 瑠璃色の軸の万年筆は、谷さんからの高校の入学祝いだそうだ。

どちらも家族との思い出の品だ。

「なんの術も込められてない、ただの小物だけど。これを持ってるだけで、落ち着けるんだ」

 若いのに、鮮やかな働きをみせるカナ。こういう小さなこだわりが、彼女を支えているのかもしれない。

「お前にもなんか無いのか?」

 真似して損することは無い。草四郎に聞いてみる。

「うーん……特には」

「草四郎くんは好きな子とかいないの?」

 無邪気にカナが尋ねた。

「いきなり何を言い出すんですか!?そ、そんなものいませんよ!」

 こいつの反応ほど、分かりやすいものはない。

「好きなアイドルのブロマイドでもいいんだよ。見るだけで、お腹から勇気が湧いてくるものなら何でも」

「……なにかないか探してみます。ありがとうございます」

 草四郎は律儀に頭を下げた。


「きょうはありがとうな。お菓子ご馳走様」

 ぼくもカナに礼を言った。

「誤解しないで。君たちのためにやっているわけじゃない」

 カナは笑顔のままそう言った。

「わたしは周平さんの役に立ちたいだけ」

 バキューン。

 指でピストルの形を作って、草四郎を撃つ真似をする。

「きみは周平さんに選ばれたんだから。早く強くなってよね」

 そうしてカナは帰っていった。

 嵐のような女の子だ。


「カナさんも、谷さんの事情を知っているんでしょうか?」

 草四郎がポツリといった。

 谷さんの事情。

 神殺しの予言の件だ。

「たぶんな」

 術士の勤めは常に危険と隣り合わせだ。

 気まぐれや好奇心だけで、彼女が谷さんの行動に付き合っているとは思えない。

 彼女の胸の内には、ぼくらには分からない決意の理由があるはずだ。


 さて翌日は家庭教師の日だった。

 授業が終わるのを見計らって、ぼくはふたりに声をかけた。

「草四郎、アリアさん、ちょっとここに並んでくれ」

「……どうしたの?カメラなんか持ってきて」

 アリアがキョトンと首を傾げる。

「サキさんの取材のお手伝いで使ったフィルムが余ってるんです。撮りきらないと勿体ない」

 草四郎が異を唱える。

「なんでぼくまで?アリアさんだけ、撮れば良いじゃないですか」

 本当に察しの悪いやつだ。こっちが気を利かせてやっているのに。

「先生、一緒に写って。ひとりじゃ恥ずかしい」

 思わぬ助け舟を、アリアが出してくれた。

 サキさんほど上手くはないが、アリアの髪を整えてやる。

「ほら、離れすぎ。もっとくっついて!……そうそう。はいチーズ」

 アリアは照れ隠しで、小さくピースサインをした。草四郎はぎこちない笑顔を作る。

 ふたりとも初々しく微笑ましい。

 良い写真が撮れたんではないか?ぼくは内心で自画自賛した。

「次の授業の日までに、現像しておくからな」

 楽しみにしておけよと、ぼくは草四郎にウインクした。

「……まったく、セイさんは」

 なぜか草四郎に睨まれた。面倒くさい奴だ。


 その晩ぼくは夢をみた。

 前回と舞台は同じ。看護婦姿のアリアと遭遇したあの病室だ。

 ぼくはベット上で身を起こして、窓の外を眺めていた。

 見覚えのある柿の木が見える。

 この前目をつぶっていたときは気づかなかった。

 ここは、ぼくがいま暮らしているホスピタルの在りし日の姿なのかもしれない。

 時刻は夕暮れ時だった。

 西日を受けて、板張りの床にぼくの影が長く伸びている。

 目は開いている。

 しかしこれは明晰夢というものなのか。ぼくは声を発することも、動くことも出来なかった。

 ドアがノックされた。

「具合はどうだい」

 やってきたのは、サキさんだった。

 先日、銀座に出かけたときと同じ和装姿だ。パナマ帽もかぶっている。

「セイくんに見舞いをもってきたよ。いま皮を剥いてあげるから」

 サキさんは茶色の紙袋からリンゴを取り出した。ナイフも紙皿もプラスティックのフォークも、ちゃんと用意してきてくれた。

 ゆっくりと時間をかけて、サキさんはリンゴの皮を剥く。

「…………」

 彼はふだん料理をしない。皮むきの作業しながら、おしゃべりをするような器用なことはできないようだ。

「…………」

 夢の中のぼくも無言のまま、サキさんを眺めていた。


「食べて、早く元気になれよ」

 サキさんの言葉に頷いた。

 みずみずしいリンゴの歯ざわりと酸味をはっきり感じる。

 前回と同じだ。身体の自由は効かなくても、感覚は研ぎ澄まされていた。

「ふたりきりだな……いい機会だ。セイくんに謝っておきたいことがある」

 そしてサキさんは紙袋の中から、雑誌を取り出した。

 ぼくの手から紙皿が滑り落ちた。歯型のついたリンゴが床に落ちる。

 コウガミの術士・十日町。その企てにより、呪言に汚された五島万の作品……その掲載誌だ。

「そんなことは忘れた……俺はきみにそう言ったが、あれは嘘だ。固く目をつぶって、やり過ごそうとしていただけだ」

 どんな手を使ったのか、十日町は印刷間際の決定稿に”それ”を差し込んだ。

 ニレイさんも、サキさんもあずかり知らないことだった。

 出版中止の知らせを受けて、サキさんはその出版社に乗り込んだ。

 そして初めて、”それ”を目にすることになった。

「確かめるんじゃなかった。後悔したよ」

 そしてサキさんは雑誌を開く。

 黒、黒、黒……

 この夢の中で、ページは全面黒一色に塗りつぶされている。

「俺には読み解くことはできない言葉だ」

 けれどサキさんは、その言葉が孕む禁忌を肌で感じた。

 このページの黒はサキさんが感じた、混沌のイメージなのだろう。

 そしてサキさんは、黒のページをひとさし指で撫ぜた。

 みるみるうちに雑誌はほどけ、黒い砂へと変わっていく。

「死してなお消えぬ、呪詛の声か……俺は生前の彼に会う機会はなかったが、彼の影はまだその辺を漂っている。そんな気がするよ」

 砂はサラサラと、サキさんの手の中からこぼれていった。

「これは因果の糸のほんの切れ端だ。でも、ここから辿らなくては」

 いまぼくに向かって語りかけているのは、サキさんであってサキさんではない。

 サキさんの姿を借りて、誰かがぼくにメッセージを届けようとしている。

「怖がっちゃダメだよ」

 サキさんは真っすぐに、ぼくの目をみてそう言った。

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