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花とペン  作者: 井上マイ
22/68

22.

「最近、姿を見ないな……」

「他のセンセイに、かまけてるのか……」

「つれないやつだ……」

 ちょうど、サキさんがブツブツ言っていたタイミングだった。

 うわさをすれば影が差す。

 半月ぶりに、谷さんがホスピタルを訪ねてきた。

「うわっ、どうしたんだい?それ」

 サキさんが眉をひそめる。

 谷さんは三角巾で、右腕を吊っていた。

「ちょっとした事故に遇いまして」

 そしてありもしない転倒事件の顛末を、面白おかしく話す。

 無事な左でショルダーバッグをたすきにかけ、手土産まで下げてきた。

 なかなか余裕がある。業務にもまったく支障がないようだ。

「しかし”労災“が下りて良かった」

 谷さんが言う通り、それは仕事で負った傷だった。

 しかし編集者としての仕事ではない。

 ぼくはその怪我の、本当の理由を知っていた。

 谷さんはコウガミの神職という、裏の顔をもつ。

 その働きで受けた傷だ。


 XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX


 遡ること十日前



 週に二度の、家庭教師の日だった。

「セイさん。話があります」

  授業を終えた草四郎は神妙な顔をして、ぼくを玄関の外まで連れ出した。

「何だよ、これから夕飯の支度なのに」

  ぼくの所帯染みた言葉に、草四郎はため息をつく。

「谷さんから、きのう電話をもらったんです。彼の主催する勉強会に、参加しないかという誘いでした」

「勉強会?財テクの勉強か?」

 下手な冗談は草四郎には通じなかった。

「そんなわけないでしょう!例のアレに決まってます」

 例のアレ。

 呪術だ。

「動きやすい服装で来い、だそうです」

「ということは、座学じゃないのかよ!」

 谷さんの狙いが分からなかった。

 彼の告げた不吉な予言のことは、常に頭にあった。

 勉強会とやらに、なぜぼくらを参加させる?

 ぼくらを鍛えるためか?しかし鍛えてどうする?

 事が起こったときに、その"マ"に対峙するのはぼくらではない。

 コウガミの術士だろう。ぼくらなんて猫の手にもならない。

 そもそもコウガミの術士が使う術と、100%ミカさんに頼るアガミの術はまるで別物だ。

 その勉強会に参加したところで、こちらに得るものがあるとは思えない。

「で、何日の何時だ?どこに来いって?」

 舌打ちをこらえつつ、草四郎に尋ねる。

 それでも、こちらに断る権利はない。

 下請け業者の辛いところだ。

「……すいません。呼ばれたのは、ぼくだけなんです」

 申し訳なさそうに、草四郎が言った。

「は?」

「ひとりで来いと言われました」

 アガミの術士は二人一組。

 双子の先輩とたびたび仕事をした経験のある谷さんなら、それを知らないわけもない。

 しかしぼくはお呼びで無いらしい。

 まぁ取って食われるわけでもなかろう。草四郎に任せるしかない。

「谷さんが技術指導でもしてくれるのかな?面白そうじゃないか。ぼくの分まで頑張って来いよ」

 わざと軽い調子でそう言った。

「……分かりました」

 草四郎は神妙に頷いた。


 そして、約束の日が来た。

 時間ちょうどに、草四郎の下宿へと迎えの車がやって来た。

 行く先は、事前に知らされていない。

 そのまま車に乗り込むしかなかった。


 草四郎の予想に反して、タクシーは都心部で止まった。

 勉強会の会場は、ビル街に溶け込む目立たない企業だった。

『有限会社L技術 』。

 機械メーカーだろう。

 コウガミを連想させるような名ではない。

 コウガミは広く、密やかに、世間の至るところに根を張っている。

 またそれを思い知った。


 時刻は19時50分。

 ひと気のないロビーは薄暗く、他の勤め人の姿は見えない。

 エレベーターホールで、谷さんが待っていた。

 スーツ姿にウサギの面。何度見てもその異質さに慣れることができなかった。

「きょうはよろしくお願いします」

 草四郎は頭を下げた。

「その格好で家からきたのか。草四郎君は、真面目だねえ」

 ケタケタと谷さんは笑った。

 草四郎は、紺の野袴に地下足袋だ。

 それがアガミ術士の正装だった

「動きやすい格好で、ということでしたので」

 草四郎は簡単に答えた。

「結構。あとは、これを付けてくれ。ドレスコードだ」

 谷さんがカバンの中から取り出したのは、プラスティックのお面だった。

 縁日で売られている子供向けの代物で、図案は仮面ライダーなんとかだ。

「嫌ですよ。なぜぼくまで、顔を隠さないといけないんですか?」

「ハッ……生意気」

 しかし谷さんはそれ以上、無理強いはしなかった。


 エレベーターで地下一階へ降りる。

「移転間際の、オフィスを貸してもらっているんだ」

 谷さんがそう説明した。

「もう誰が入ってくることもない。好きに騒げる。何を壊したって良い」

「きょうは勉強会と聞きましたが?」

 冷たく草四郎が返すと、含み笑いが返ってきた。

 なにをやるのか。それは会が始まってからのお楽しみということだろう。


 空調も切られているのか。

 その部屋は肌寒かった。そして湿っぽい臭いが鼻につく。

 元は会議室のようだった。

 しかし、そこには椅子も長机も、ホワイトボードもない。

 ガランとした空間だけが広がっている。 

 毛足の短いカーペット張りの床。

 車座に座っていた集団が、一斉にこちらを振り返った。

 ドレスコードというのは、本当だったらしい。

 そこにいる全員が、面を付けていた。

 猫。

 ガンダム。

 ひょっとこ。

 ドラえもん。

 キツネ。

 全部で五人。

 面で彼らの表情は隠れている。

 しかしよそ者の草四郎に向けられた視線は、冷ややかなものだった。それだけは分かった。

 ここに草四郎と谷さんを加え、勉強会のメンバーは七人。

 谷さんは、草四郎を他の五人に紹介しなかった。

 草四郎もメンバーの円の中に入り正座した。

 谷さんもその隣で胡坐をかく。


 五人全員、草四郎と同年代だろう。

 十代、もしくは二十代か。

 話し声、服装やしぐさなどでそれが分かる。

 そして五人のうち、ふたりは女性だ。

 キツネの面を被っている彼女は、ブレザーの制服姿だ。

 まさか高校生か。子どもじゃないか。

 まだ十分若い自分のことは棚にあげ、草四郎は内心で眉をしかめる。

「ウチの勉強会は、遊びながら学ぶスタイルだ。楽しんでくれ」

 その通り、七人の前に広げられたのは教科書ではなかった。

「カードを配ってくれ」

 谷さんの指図でひょっとこの男が動いた。

 それぞれに五枚ずつ。配られたのは、トランプほどの大きさの絵入りのカードだ。 

 草四郎にも配られた。

 どうやらその草四郎がそのゲームに参加するのは確定事項らしい。

「なに、単純な点取りゲームだ。すぐに飲み込める」


 そのカードはトランプや、いろはカルタではない。

 特別製のものだった。

 柄は大別して二種類。

 草四郎に配られたのは、犬と猿の絵札。

 そしてそれぞれ、火、氷、毒と書かれた文字札。

 全部で五枚だ。

 素人の手によるものだろう。画は巧みなものではなかった。

 しかしその札には、なにかしらの力が込められているようだった。

 墨で描かれたその獣たちは、ひどく鮮やかに禍々しく映る。


 円座の中心でサイコロが振られた。

 先番は、猫の面をかぶった男に決まった。

 場に積まれた山の中から、彼は一枚カードをめくった。

 現れたのは、鬼の描かれた絵札だ。

「こ ゆゆし おにがみ こ ゆゆし おにがみ……」

 猫面の男はまじないの言葉を、唇に乗せる。


 風もなく、触れるものもない。

 だが、札は動き始める。

 その呪言に応えるように、場に晒された札がほの青い光を帯びた。

 コマのように、クルクルと札が回り始める。

 そしてまもなく、札の面が波立つ。

 むくりと立ち上がったのは、小鬼だ。

 垢じみた青黒い肌。

 皮脂でよれた髪。

 不潔な黄色い歯を剥き出し、威嚇の声をあげる。

 現れた当初は、三センチほどの寸法だった。

 それが見る間に膨れ上がる。

 その大きさはやがて、歩くことをおぼえ始めた子供ほどにもなった。


 鬼がその爪を突き出し、身を躍らせる。

 鬼が狙ったのは、向かい側に座るキツネだった。

「…………」

 しかし、キツネは微動だにしない。

 鬼の爪が、彼女の制服のスカートの膝にかかる寸前だった。

 キツネがようやく、動いた。

 手元から、文字札を一枚選びとる。

「いづえ きたらし おん がうぎ ほむら」

 彼女の声に呼応して、握られたその札が形を変えた。

 それは術の力を纏った刃となった。

 氷で作られたような、透明の薄く鋭い刃だ。

 キツネは手首を翻す。

 鬼の首もと深くに、刃が突き刺さった。

 呆気ない。

 血を流すことも、叫び声をあげることもない。

 鬼はかき消えた。


「…………!」

 草四郎は息をつめた。

 目の前で行われているゲームに驚いたわけではない。

 いつの間にか、彼のとなりにミカさんが現れていた。

 仔馬のミカさんは、涼やかなその目で盤上を見つめていた。

 もちろんこの場にいる誰にも、草四郎以外にはミカさんは見えないはずだ。


 谷さんのいう通り、ルールはすぐに理解できた。

 それはカルタとおはじきを混ぜ合わせたようなゲームだった。

 手番の攻め役は、まず山から一枚カードを引く。

 文字のカードが出てしまえば、その時点で手番は次の人間に移る。

 "マ"が描かれた絵札を引き当ててからが本番だ。

 手番は描かれた"マ"に、自分の呪力をこめ相手にけしかける。

 けしかけられた相手は、文字の札に念を込めることで"マ"の攻撃を防ぐ。

 歯向かう”マ”から傷を受ける。

 または"マ"を輪の中から出してしまう。

 そうすれば守り役の負けになる。

 攻め役と守り役、ぶつかり合いで勝った方が、札を二枚とも獲得する。

 獲得したカードは、次の手番で使うことができる。同時に何枚もだ。

 山に積まれたカードがなくなったところで、ゲームは終わる。


 しかし札に入っているのは、真の"マ"ではない。

 "マ"とは、人から涌き出た情念と影が結びついたものだ。

 もっと混沌として揺ぐ不確かな存在だ。

 対して、札から現れた鬼や獣は絵柄通りだ。輪郭も確かで整っている。

 過去に幾度も描かれた妖怪変化たち。

 そのイメージから、少しもはみ出すことはない。


 字札に籠められた術にしてもそうだ。

 よく考えて作られている。

 痺れさせる術、切り刻む術、炎をあげる術、凍らせる術、絡め取る術……

 術の字札と”マ”の絵札には、相性があった。

 効果的な攻撃をするには、その相性を加味しなくてはならない。

 でもそれはゲームの中での理屈だった。

 実際に通用するとは思えない。

 これは遊戯だ。

 訓練ではない。


「あおげ おんあい ねく あわな」

 手番のキツネが札を読み上げる。

 彼女の呪言によって、三匹の山犬が呼び起された。 

 運は二の次のゲームだ。

 進むにつれ各人の実力が見えてくる。

「……っ!!」

 ドラえもんの面の女は、その攻めをかわすことが出来なかった。

「…………」

 攻め手である、キツネが今度は字札を手にする。

「なの あおれ かくもしき」

 たちまちに荒ぶる山犬たちはかき消えた。

「やるじゃん」

 ガンダムの男が、キツネに賞賛を送る。


 面で隠されたメンバーたちの口元。

 そこから笑い声があがる。

 呆れたものだ。

 まわりの目を気にすることもなく、草四郎は思い切り顔をしかめた。

 張りつめた思いで、見つめていた自分が馬鹿みたいだ。


 猫の男から、隣にいるひょっとこの手に何かが手渡された。

 何度かそのやりとりを見て、そ草四郎にも分かった。

 受け渡されているのは、あからさまに現金ではない。

 だが、それに代わるだろう紙片だった。

 監督役である、谷さんもふたりの賭けを咎めだてはなしなった。


 アガミ以外の術師の力を、間近に見る。

 こんな機会は、初めてだった。

 ましてやコウガミは強大な組織だ。

 気圧されまいと身構えて、この場にやってきた。

 だが、良くも悪くも草四郎の期待は外れた。

「……」

 そばにいるミカさんにまで腹が立ってきた。

 なにが楽しくて、こんな茶番を見続けているのだろう。


 人ならぬものを、人ならぬ力をもって制する。

 それが術士だ。

 自分の力を頼んで、戦うのではない。

 アガミの者たちは、守り神であるミカさんの力を借りて戦う。

 自分と、コウガミの彼らは違う。

 彼らは小手先の技で術を弄び、"マ"を制することができると思っている。

 草四郎の目にはそう映った。

 不快だった。


「ねえ、そこの新入りさん」

 場が一巡したところで、キツネが草四郎に声をかけた。

「見ているだけでは退屈でしょう?あなたも入らない?」

「ぼくには無理です。見ているだけで結構」

 当然、草四郎は断った。

 奏者の自分一人では、作り物といえども"マ"と対峙することはできそうにない。

 いやできたとしても、彼らと馴れ合いたくはない。

 

 その時、ずっと沈黙していた谷さんが口を開いた。

「気取るなよ」

 谷さんは、馴れ馴れしく草四郎の肩に手を置いた。

 ぞわり。

  シャツ越しに触れられた途端、肌は悪寒に粟だった。

 得体の知れない感覚。熱くも冷たくもない。ただ異質な物。

  草四郎の背筋を這い上がる。

「ひとりじゃ無理だというのなら、俺が隣で踊ってやろうか?」

  谷さんは耳元で囁いた。

「……っ」

 息が詰まる。

 草四郎は、声を出すことすら出来なかった。

 体内にスルリと手を差し入れられ、肝を撫でられた。

 例えるなら、そんな生々しさだった。

「はい、どうぞ。これおすすめ」

 キツネが草四郎の手札を覗き込み、いちまい抜き取る。

 そして彼女が差し出した術のカードを、草四郎は機械的に受け取った。

 場の全員の視線が、草四郎に集まっていた。

 面の奥から覗くそれぞれの目が、獣のように暗く輝いて見えた。

 早く終われ。

 草四郎はそれだけを念じていた。

 一投目で仕損じればいい。

 わざと手を抜く必要などない。

 コウガミの術など知らないのだ。


 ひょっとこが札を読み上げる。

 草四郎は場に何の化生が現れたのか、見もしなかった。

 手の内の適当な文字札をつまみ、何の力もこめずに指で弾き飛ばす。 

 そのときミカさんは警告するように、いなないた。

 しかし草四郎は、それを遠くに聞いていた。

 すべては一瞬の間に終わった。

「ーー!」

 草四郎の手のひらで、なにかが弾けた。

 右手に、激しい痺れをおぼえる。

 術が籠められた字札を投げた、その反動なのか。

 そのまま後ろに倒れなかったのが、不思議なくらいだ。


 草四郎の指先から離れた札は、形を変える。

 札に書かれていた術言は、火の一文字。

 しかしいま発現したのは、炎ではない。

 光を帯びた、金色の風。

 渦を巻き、吹き荒れる。

「ーーーー!」

 数人の口から、悲鳴じみた声が上がる。

 キツネの胸元に結ばれた制服のリボンが、千切れんばかりに揺れている。


 床に並べられたカードも、それぞれの手の中にあったカードも、巻き上げられていく。

 一枚また一枚と、つむじ風の中に飲み込まれていく。

 札に封じられた、紛い物の化生たちの断末魔が響く。

 二分と経たないうちに、全ての取り札は塵となってかき消えた。

 そして風もやんだ。 

 草四郎は、終始呆然としていた。

 これが、自分によって引き起こされたことなのか?

 信じられない。

 しかしその手には確かに感触が残っている。


「ふっ、ふふふ」

 沈黙を破ったのは、キツネ面の女学生のクスクス笑いだった。

「すごい、すごい、すっごーい」

 無邪気な声で感性をあげる。

「やめてよねー、ウサギのオジさん。こんなおっかない人連れてきちゃって」

 ドラえもんも軽さを装って、谷さんを非難する。

 だが彼女の声は微かにふるえていた。

「なるほど。これがアガミの術士」

 ひょっとこがお手上げのポーズを取る。

「…………」

 ほかのふたりは沈黙していた。

 ゲームはこれで、お開きということだ。

 キツネがパチパチと手を叩く。

「お見事。でも、反則負けだからねー。ぶち壊しじゃん」


 周囲のさざめきを無視して、草四郎は谷さんに向き直った。

「……ぼくに何をしたんですか?」

 自分はミカさん無しで、力を使うことなどできない筈だ。

 しかしいまミカさんは姿を消してしまっている。

「これが、本来の君の力だ」

「嘘だ」

 睨みつけても返ってくるのは、忍び笑いだけだ。

「本当だよ」

 草四郎は、立ち上がった。

 動悸が収まらない。

 冷たい汗が背筋を伝う。

 三半規管が、すっかり狂ってしまったようだ。

 めまいがする。息もうまく吸えない。

 早くこの場を離れたかった。

「お先に失礼します」

 草四郎は皆に向かって頭を下げると、その場をあとにした。

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