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【二度目の政治は、恋に厳しい】〜宰相令嬢リディアの奮闘録〜  作者: 春野 清花
第七章 才覚証明編

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第百五十九話:一歩



 廊下は、静かだった。


 先ほどまでの喧騒が、嘘のように遠い。


 アランは、足を止める。


 扉の前。


 向こうに、リディアがいる。


 分かっている。


 逃げれば、このままでも済む。


 何も言わなければ。


 何も変わらない。


 それでも。


「……」


 目を閉じる。


 グランディルの言葉が、残っている。


 ――選ぶ立場だ。


 ――覚悟を他人に委ねるな。


「……っ」


 息を吐く。


 そして。


 扉を、開ける。


 視線が、交わる。


「……殿下」


 リディアが、わずかに目を瞬かせる。


 予想していなかった、という顔だ。


「……少し、いいか」


 声は、低い。


 だが、逃げていない。


「ええ」


 リディアは、頷く。


 それだけで、場が整う。


 数歩、近づく。


 距離が、縮まる。


 止まる。


 逃げない。


 今度は。


「……さっきの件だが」


 言葉を選ぶ。


 だが、逃げない。


「お前が、どう考えたかは聞いた」


 一拍。


「……なら、次は俺だ」


 まっすぐに、見る。


 逸らさない。


「……俺は」


 喉が、わずかに詰まる。


 それでも。


「お前を選ぶ」


 言い切る。


 迷いなく。


 はっきりと。


「……」


 リディアの目が、わずかに揺れる。


 だが、何も言わない。


 ただ、聞いている。


「理由は、どうでもいい」


 続ける。


「立場も」


「過去も」


 一拍。


「全部、分かった上でだ」


 言葉が、落ちる。


「……逃げない」


 短く、言う。


 それが、すべてだと示すように。


「……だから」


 一歩、踏み出す。


 距離が、さらに縮まる。


「お前も、逃げるな」


 強く、言い切る。


「……」


 沈黙が、落ちる。


 だが。


 重くはない。


 まっすぐな、沈黙だった。


 リディアが、息を吐く。


 ほんの、わずかに。


「……それは」


 一拍。


「命令かしら」


 静かに、問う。


 逃げ道ではない。


 確認だ。


「違う」


 即答だった。


「選択だ」


 はっきりと。


 揺るがず。


「……」


 リディアの視線が、わずかに柔らぐ。


 それから。


 ほんの少しだけ、笑う。


「……そう」


 短く、言う。


 それだけで、十分だった。


 もう。


 逃げる理由は、なかった。

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