第百五十四話:空気の逃がし方
均衡は、保たれている。
だが。
ほんの僅かでも触れれば、崩れる。
そんな張り詰めた状態だった。
「……っ!!」
アランが、一歩踏み出す。
視線は、ヴァルへ。
「お前が……!!」
言葉が、続きかける。
その瞬間。
「待て、殿下」
ルカの声が、割り込む。
低く、しかし軽い調子で。
「……何だ!!」
苛立ちを隠さず、振り向く。
「俺にも殴らせ――」
「まぁ、待てって」
あっさりと遮る。
まるで、大したことではないように。
「それとも」
一拍。
「殿下は男色の趣味でもあんのか?」
「……は?」
空気が、一瞬でずれる。
アランの思考が、止まる。
「よく考えてみろ」
ルカは続ける。
「レオナールが死ななかったら」
「アイツは顔は良くても、四十過ぎた子持ちのオッサンだ」
一歩、踏み込むように。
「つまり殿下は」
一拍。
「そのレオナールに告――」
「やめろ!!!」
即座に、遮る。
顔が、引きつる。
「分かった!!」
勢いのままに。
「俺からは何も言わないから」
さらに一歩、下がる。
「それ以上、深掘らないでくれ!!!」
完全に、別の意味で止まる。
沈黙が、落ちる。
だが。
先ほどとは違う。
わずかに。
空気が、緩む。
「……」
ユリウスが、目を伏せる。
小さく、息を吐く。
怒りは消えていない。
だが。
先ほどほどの鋭さは、ない。
受け止める余地が、戻っている。
「……はぁ」
ルカが、肩をすくめる。
「だから言っただろ」
軽く、言う。
それ以上は、続けない。
必要がないからだ。
張り詰めていた空気が。
ほんの僅かだけ。
緩んでいた。




