第百四十七話:貴族の理屈
空気が、変わる。
先ほどまでの沈黙とは違う。
明確な、圧。
「……よろしいでしょうか」
低く、よく通る声。
一人の男が、前に出る。
壮年の貴族。
重厚な衣装。
無駄のない所作。
そして。
隠そうともしない、不快感。
「発言を許す」
グランディルが短く告げる。
「感謝いたします」
一礼。
だが、その視線は。
まっすぐ、リディアへ。
「先の議論」
一拍。
「確かに、理としては通っている」
認める。
あえて。
「ですが」
わずかに、声が落ちる。
「それはあくまで、“理想”の話だ」
場が、静まる。
「政治とは」
続ける。
ゆっくりと。
「現実を扱うものだ」
否定ではない。
切り分け。
「感情、利害、伝統」
「それらを踏まえ、均衡を保つ」
一歩、踏み込む。
「その場において」
一拍。
「貴女のような立場の者が」
「中枢に立つことは」
言葉を選ぶように。
「極めて不安定だ」
静かに。
だが、明確に。
「……」
ざわめきが、広がる。
誰もが理解する言い回し。
だが、その中身は。
明らかだった。
「加えて」
視線が、わずかに細まる。
「感情に左右される判断は」
「国家にとって致命的となり得る」
遠回しな言葉。
だが、十分だ。
「王太子殿下との関係を含め」
「その点の懸念は、拭えません」
沈黙。
完全に、言い切った。
「……」
リディアは、動かない。
視線を、逸らさない。
受け止める。
そのまま。
逃げずに。
「……以上です」
貴族は、一礼する。
形式は守る。
だが。
その中身は。
明確な否定だった。
場の空気が、重く沈む。
理屈ではなく。
価値観の壁。
試験は。
次の段階に入っていた。




