第百四十六話:法の外側
ざわめきは、すぐには戻らない。
先ほどまでの懐疑とは、質が変わっている。
値踏みではない。
見極めるための沈黙。
「……なるほど」
法官が、低く言う。
感情は見せない。
だが、先ほどよりもわずかに慎重だ。
「法に明文がない以上、禁止されていないと解釈する」
「筋は通っている」
一拍。
「だが」
視線が、鋭くなる。
「慣例を覆すには、それ相応の根拠が必要だ」
当然の指摘だった。
法は。
条文だけではなく。
積み重ねでもある。
「……」
リディアは、わずかに頷く。
否定しない。
「慣例は、重要です」
静かに、答える。
「ですが」
一拍。
「慣例は、絶対ではありません」
空気が、わずかに張る。
「国家の状況が変化すれば」
「それに応じて、解釈も変わるべきです」
まっすぐに。
逃げずに。
「現状」
続ける。
「王妃が政務に関与しない理由は」
「制度ではなく、役割分担にあります」
場の数名が、わずかに眉を動かす。
「ならば」
一歩、踏み込む。
「役割そのものを再定義すればよい」
沈黙が落ちる。
重く。
深く。
「……再定義、か」
法官が、呟く。
その言葉を、転がすように。
「つまり」
「慣例を理由に排除するのではなく」
「制度として組み込め、と」
「はい」
迷いなく、肯定する。
「その方が、明確です」
簡潔に。
無駄なく。
「……」
法官は、何も言わない。
ただ、見ている。
その奥で。
計算している。
「……よかろう」
やがて、口を開く。
「では、もう一つ」
次の問いが来る。
「王妃が政務に関与する場合」
「王権との関係はどう整理する」
場の空気が、さらに引き締まる。
核心に近い問い。
逃げれば、終わる。
「……」
リディアは、迷わない。
すでに、答えはある。
「王権は、最終決定権です」
静かに、言う。
「それは、変わりません」
一拍。
「ですが」
「意思形成の過程においては」
「複数の視点が必要です」
ゆっくりと、言葉を積む。
「王妃が関与するのは」
「決定権の分割ではなく」
「判断材料の拡張です」
明確に、線を引く。
「……ほう」
わずかに、興味が混じる。
「王の権限を侵すことなく」
「関与する、と」
「はい」
即答する。
「むしろ」
一拍。
「判断の質は、向上します」
静かに。
だが、揺るがず。
言い切る。
「……」
再び、沈黙。
だが、先ほどとは違う。
否定ではない。
検討の沈黙。
やがて。
「……以上だ」
法官が、下がる。
それ以上は問わない。
十分だと判断した証。
空気が、わずかに緩む。
だが。
試験は、終わっていない。
次が、来る。




