協力の道
21
(あいつ、ヴァンパイアと互角に渡り合ってたな……。)
アタシ、赤嶺麻衣は先ほど見た光景を思い出し、考察していた。
松乃木を攫ったのはヴァンパイアの仕業だと思い込んでいたのだが、アタシの思っていた以上に状況は複雑だったらしい。体育館内をこっそり観察していたら、面白いものを見つけることができた。
あの深いキャップ帽を被った奴は一体何なのだろうか。
まず頭に思い浮かんだのは、ヴァンパイアだ。
先に見つけていた4匹のヴァンパイアと敵対しているのかもしれない。そうでなければあの身体能力の説明がつかない。
しかし、ヴァンパイア特有の自傷を辞さない戦闘方法が見られなかったので、やっぱり違うかもしれない。……ということはハンターなのだろうか。アタシが知らないだけで秘密裏にここに送り込まれた特別な人員なのかもしれない。身体能力も投薬と外科的肉体改造で何とかなる。
しかし、もし仮にハンターだとしても、松乃木みたいな一般人に刃物を突き付けるような事はしない。だとしたら世間では認知されていないヴァンパイア以外の怪人だろうか。
……考えだすとキリがない。
(ま、本人に聞きけばいーか。)
喋り方は変だったけれど言葉は通じるみたいだし、こちらが下手に出ればちょっとくらいは会話に応じてくれるはずだ。
それ以外にも目的はあったのだが、とにかくアタシは体育館から逃げ出したナイフ使いを追いかけていた。
ナイフ使いはキャンパス内からかなり速い速度で脱出して、そのまま南下して行き、今は宵の河川敷をのんびりと歩いている。
この川は普段全く水が流れておらず、ダムの放流時くらいにしか水が流れない。川底にはこぶし大の丸っこい石がたくさん転がっていた。
ナイフ使いは暫くの間川縁を歩いていたのに、急にその川底に足先を向けた。どうやら反対岸まで渡りたいみたいだ。
今までは遮蔽物があったのでアタシは何とかナイフ使いに悟られずに追跡できていた。
しかし、河川敷で身を隠せるものは河川敷公園の遊具ぐらいしかない。川を渡るとなると石を踏んだ時に出る音で気付かれるだろうし、つまり、これ以上の尾行は不可能だった。
そう判断し、アタシはここで声を掛けることにした。
「ちょっと待って。」
ナイフ使いの後に続いて急勾配の堤防を降りて身を晒すと、ナイフ使いの動きが一瞬止まった。だが、立ち止まってはもらえなかった。
「待ちません。」
「いいから止まってくれない?」
先程よりも大きな声で頼むと、ようやく振り向いてくれた。
「何ですか、邪魔だからどこかに消えて欲しいです。僕はこう見えてイライラしてるんです。殺しますよ。」
「ご挨拶だなぁ。」
こうやって警告してくれているうちは安全だ。
アタシは早速本題を彼に伝える。
「まぁ落ち着いて聞いてよ。ちょっとハンターにスカウトしたいと思ってるんだけれど……。」
「警告はしました。」
アタシの口上を無視してナイフ使いは手元にナイフ……というか、刃渡り30センチはありそうな重厚な鉈を取り出していた。
そして、その鉈を振りかぶって急接近してくる。
アタシもそれに応戦するべく腰の後ろのホルスターに入れていた拳銃のグリップに手を伸ばした。……が、拳銃を取り出した時には既に遅く、鉈による水平方向の斬撃が繰り出されていた。
「ちょ、待って、アタシは……あっ!?」
回避すべく足に力を込めると、石ばかりで足場が悪かったせいか、アタシはすぐに後ろ向きに転けてしまった。でも、そのおかげで何とか難を逃れることができた。
ついでにアタシはその際に腕を大きく回してしまい、誤って発砲してしまう。
運がいいのか悪いのか、誤って発射された銃弾はナイフ使いの帽子の鍔に命中し、帽子を遠くへ弾き飛ばした。
(……え!?)
続いて目に飛び込んできた光景にアタシは唖然とする。
帽子の下から現れたのは若い女性の顔だったのだ。その顔は恐ろしいほど無表情で、撃たれたというのに眉一つ動かしていなかった。また、三白眼の鋭い眼には生気がなく、何らかの境地に達していることが容易にわかった。
髪もブカブカの帽子内に入っていたみたいで、肩口まである真っ赤な髪が帽子による押さえを失って流れ出てきた。そのゴワゴワの髪はすぐにナイフ使いの顔の大半を覆い隠し、眼もこちらからは見えなくなってしまった。
今の今まで顔を隠していたのに、ナイフ使いは顔面が露出したことを気にする様子もなくアタシに話しかけてくる。
「アナタは誰です? あのヴァンパイアの仲間ですか。」
「いーや違うよ。というか、そのセリフこっちが言いたかったんだけど……」
改めて拳銃を構えながら言い返すと、ナイフ使いは鉈をそこら辺に放り投げた。
それはアタシに銃を向けられたからではなく、単に戦意を失ったからだったみたいで、先程とは違って快く会話に応じてくれた。
「なるほど、体育館の外から覗きをしていたのはアナタだったんですか。……興味が湧いたので少し会話してあげてもいいです。何のスカウトですか。」
願ったり叶ったりだ。
立ち上がるとアタシも銃をホルスターに仕舞い、単刀直入に伝えることにした。
「ありがと。……で、スカウトっていうのはハンターへのお誘いのことなんだけど。」
「ハンター? あのゴツい人も言っていました。ハンターって何ですか?」
「えーと、簡単に言うとあのヴァンパイア共を殺す仕事。あの4匹以外にもたくさんいるから退屈しないと思うよ。」
「……いいですね。最近人を殺すのに飽きていた所です。人以外のモノを殺せるなら喜んでスカウトされてもいいです。」
「本能に正直な人だなぁ。」
さっきおめおめと逃げおおせたばかりだというのに、もうやる気満々みたいだ。
「あ、アタシは赤嶺麻衣。そっちは?」
まだ名前を聞いてなかったことに気が付き、アタシは名乗る。するとナイフ使いの彼女も快く自己紹介してくれた。
「烏月十佳です。先に言っておきますが本名ですから安心していいです。」
本名であろうと無かろうと問題はない。偽名でもなんでも呼べればいい。
心強い協力者ができた所で、アタシはすぐにその協力者に協力を要求する。
「じゃあ烏月、早速明日の昼間にでもヴァンパイアの住処を奇襲しにいこうか。」
「昼間……。松乃木涼子から聞いたんですが、ヴァンパイアは太陽の光に当たると死ぬんですよね。」
知っているなら話が早い。
アタシはその情報にさらに説明を加える。
「そうそう。太陽光当てると一気に弱るから、そこを襲えば楽に退治できるってわけ。」
太陽の下に引っ張りだすのが一苦労なのだが、この烏月さえいれば楽にできるだろう。
そう思っていたのに烏月からの反応は芳しく無く、むしろ怒っていた。
「ふざけてるんですか? その舌ズタズタに切り刻みますよ。」
「え、ちょっと話が違わなくない? 殺せばいいんだよね?」
「もちろん殺します。でも弱っている所を殺しても意味が無いです。僕は強いヴァンパイアを殺したい。特にあの金髪の人……。それなのにわざわざ弱ってる昼間に襲うなんて論外です。」
わざわざ強い相手と戦いたいなんて面倒くさい人だ。
明日の朝くらいしか一網打尽にできるチャンスはないのに、この感じだと協力して貰えそうにない。
とにかく、ミレニアム級の一匹だけは確実に仕留めておきたかったので、今回は烏月の協力を諦めることにした。
「仕方ないなぁ。ちょっと不安だけどアタシだけでやるか……」
「僕の楽しみを奪うつもりですか。やっぱりここで殺します。」
(はぁ……、こんなのに声掛けるんじゃなかった……。)
古来から“敵の敵は味方”というくらいだし、上手く扱えるかと思ったのだが、こうも精神構造が違うとどうしようもない。
「わかった、わかったから。昼間には襲ったりしないって約束する。それじゃ、この話はなかったことにしよう。うん。」
こんなのがいるとハンターの仕事の妨げになるだけだ。
こういう手合いは消すに限る。
アタシは隙を見て再びホルスターから銃を取り出し、手首のスナップだけで銃口を烏月に向ける。そして迷うことなく何度トリガーを引いて連射した。
……河川敷に十数の発砲音が轟く。
至近距離から発射された弾は全て烏月の体に命中するはずだった。
しかし、トリガーを引いたのと同じ回数だけ、ハンマーで鉄床を叩くような甲高い音が発生していた。
それは、烏月がパーカーの裾から展開させた仕込みブレードが弾丸を弾く音だった。
(……はい?)
刃物で銃弾を弾くだなんて、悪い冗談はやめて欲しい。
だがこれは冗談でも夢でもなく、現実だった。
「やってくれましたね。お返しです。」
金属音の反響が止まぬ内に烏月はヌルリと移動してアタシの背後に立つと、そのまま口元を覆って銃を持っていた右手の手のひらに穴を開けた。
ナイフによって貫通された時には痛みというより衝撃しか感じられなかった。でも、烏月がナイフを捻って傷口を広げると、頭が痺れるほどの痛みが発生した。
「む~~ッ!?」
思い切り叫んだが、その叫びは烏月の手によって阻まれ、単なる呻き声になってしまう。
――銃があれば大丈夫だなんて軽々しく思っていた自分が馬鹿だった。
よく考えたらヴァンパイアと渡り合える輩にただの拳銃が通じるわけがないのだ。
烏月は尚もナイフを捻り上げながらアタシに囁く。
「次は腕ごと切り落とします。あと、ヴァンパイア達には手を出さないと本気で約束して欲しいです。あの4人は僕のものです。1人でもいなくなればアナタを殺します。」
アタシは痛みに耐えながら何とか言葉を絞り出す。
「あの騒ぎでヴァンパイアはどこかに隠れる……、ただでさえ追跡は難しいのに、それを4匹も追跡するなんて絶対無理……。」
「いえ、手を出さなければそれでいいです。僕が直接ヴァンパイアに包み隠さず真実を伝えるつもりです。また松乃木涼子をダシに使えば毎晩でも僕と戦ってくれるはずです。……今から楽しみです。」
もうやってられない。
こいつ、ヴァンパイアより数倍タチが悪いんじゃないだろうか。
烏月はさらにナイフを回転させながら私に問うてくる。
「簡単な二択です。今ここで僕に殺されるか、それとも言うことを聞いて生きるか。早く選んで欲しいです。」
答えは決まっていた。
「分かったから……。それ抜いてよ。」
全面的に烏月の言い分を聞き入れると、烏月はやっとナイフを手のひらから抜いてくれた。抜いた際、刃の表面に肉が張り付いて腕ごと引っ張られてしまったが、そのくらいの痛みに耐えられるくらいの訓練は一応受けている。
烏月は血のベッタリついたそのナイフを地面に向けて投擲した。
その先にはアタシが落とした拳銃があり、ナイフは拳銃にぶつかって一緒に遠くに飛んでいってしまった。
こんな暗闇の中では見つけられないだろうし、もう少し待って早朝に探そう。
「これでじっくり時間を掛けてヴァンパイア達を殺せます。ようやく僕を満たしてくれそうなモノを見つけたんです。くれぐれも今夜みたいに邪魔しないで欲しいです。」
「……。」
命が助かったからいいものの、これをどう上に報告すればいいのだ。
この分だとアタシ達の行動もかなり制限されるし、磯城島にも説明のしようがない。
(やっぱり、ここで邪魔は排除しておかないと……)
ヴァンパイアでさえ厄介なのに、これ以上の厄介はゴメンだ。
何とかできないだろうかと思い、アタシの手は自然とポケットの中入れておいた予備の小型拳銃に伸びていく。
しかしそれも簡単に悟られてしまったらしい。アタシが知覚できないほどの速さでポケットの上から左手の手のひらに穴を開けられてしまった。
しかも今度は手だけではなく、太腿まで刃先が到達していた。
「腕ごと切り落とさなかったのは僕の気まぐれです。次こそ本当に問答無用で切り殺すつもりです。」
「うぅ……。」
左手を太腿に縫い付けられたままアタシは烏月の言葉を聞く。
「立場をわきまえたらどうですか。見たところあの白いロボットもアナタも僕に遠く及ばない。つまりアナタは僕に逆らえないんです。いい加減大人しく言う通りにして欲しいです。」
「は、はい……。」
もう反抗する気すら起きない。
それに、これ以上新品のデニムパンツを血で汚すわけにもいかなかった。
「それじゃあ明日会いに行きますから、ヴァンパイアの家に案内してください。」
烏月は私の左手からナイフを抜き取ると、川底の石を踏みながら反対側の河川敷まで移動していく。
(もうやだぁ……。)
泣きたくなるのを我慢して私は踵を返し、元来た道を戻ることにした。
22
事件から約一月後、烏月に切られたせいで短くなった髪にも慣れてきた頃、ドナイト邸には4名のヴァンパイアが集まって賑やかにしていた。
結局、みんなが体育館から逃げ出してから3日後にはいつも通りのバイトを行なっていた。しばらく会えないなんて言っていたのに、何があったのだろうか。
ドナイトさん曰く、本当に何も心配ないとのことなので、私が変に気を使うこともないだろう。高い給料を払ってくれるのだから早いに越したことはない。
そして他にもいいことがあった。
通り魔の被害がぱったり止んだのだ。
今ではニュースで報じられることもなく、国民の半分くらいは既に忘れているに違いない。人の噂も七十五日と言うし、あともう一ヶ月と2週間くらい経てば世間から完全に忘れ去られているはずだ。
殺人がライフワークだと言い放ったあの殺人鬼が人殺しを止めるとは思えないのだけれど、被害が無くなったのだし深く考えるのはやめておこう。
テーブルを囲んで楽しげに話している4人に5種類目の料理を運び終えると、そこでようやくクローデルさんが私に絡んできた。
クローデルさんはフォークの先をこちらに向けて陽気にセリフを放つ。
それは磯城島先輩が白いロボットを操作した時に叫んだ言葉だった。
「『喰らえ!! シルバーバレット・ストーム!!』っ……アハハハ」
「それ何回目ですか、そんなに面白かったんですか?」
このひと月ずっとあんな感じだ。今日は酔っ払っているとあって更に酷い。
「『逃がすかっ!! クロスブレード・エクスキューション!!』……プッ……ククク」
「だから止めて下さいよクローデルさん、私まで恥ずかしくなってきますから。」
磯城島先輩もよく戦っている最中にあんな長々しい横文字を噛まずに言えたものだ。そういう決まりでもあるのだろうか。
「で、最後は何だっけ?」
「確か『グリーム・オブ・サンライト』とか……」
私がうろ覚えの言葉を答えると、クローデルさんはさらに爆笑した。
流石にこれはうるさかったみたいで、ドナイトさんはクローデルさんに注意を促す。
「クローデル、いい加減にしろ。」
「いやすまんすまん。でもほんと面白かったわー。お前らは3つしか知らねーだろうが、他にも色々掛け声が飛んできてな……教えてやるよレティー。」
「別にいいわよ……。」
「まぁまぁ、そう言うなって。」
クローデルさんは注意されても懲りることなく、今度は隣に座っていたレティシアさんに絡みだした。
レティシアさんには悪いが、しばらく相手をしていてもらおう。
クローデルさんがハンターについて話していたせいか、ドナイトさんも殺人鬼……烏月について語りだす。
「涼子君の先輩さんはともかく、烏月十佳……アレは恐ろしい奴だったな。」
ドナイトさんは顎髭を人差指と親指で触りつつ感慨深そうな表情を浮かべながら言う。
料理を運び終えた私はテーブルについてドナイトさんに話しかけた。
「あれって人間なんでしょうか? 気になりますよね。」
「我々の同族ではなかった。かと言って人間とも思えんが……」
あれだけ色々知っているドナイトさんでも分からないとなると、本当に宇宙人か何かかもしれない。二度と会わないことを願うばかりだ。
ドナイトさんの答えを聞いていると、その隣からアハトくんが言葉をかけてくれた。
「ごめんねリョーコちゃん、元はといえばボクのせいであの殺人鬼に目をつけられたんだよね。……もしかして、怖い夢とか見てるの?」
「全然そんな事はありません。」
笑顔で受け答えてもアハトくんは心配そうな口調で私に迫ってくる。
「それならいいけど……。そうだ、お給料も増やすから、これからも来てくれるよね?」
「もちろんです。辞めるつもりなら一ヶ月前のあの時にとっくに辞めてます。……と言いますか、給料に関しては減らしてもいいくらいですよ。高級食材を使って料理する機会なんて殆ど無いですからありがたいです。」
「そうなの?」
「はい。嘘じゃありません。」
本当のことを伝えると、アハトくんの表情が和らいだ。
……実はその他にも“子供好きだから”という理由があったのだが、それを言うと失礼だったので言えなかった。
流石、400年近くあの容姿で女性を誘惑していただけあって、言動や仕草や喋り方がいちいち私の母性本能を刺激するのだ。無意識の内にやっているのだろうけれど、本当に可愛い要素しかない少年だ。
今もあの頭を撫でたい衝動に駆られている。
もし彼が小学生で私がそのクラスの担任の先生なら、半日と経たずして問題を起こして即退職させられてしまう自信がある。
かなり不順な動機かもしれないが、ここでアハトくんの家事代行を辞めるというのは有り得ない選択肢だった。
そんなアハトくんを見ていると、ドナイトさんが再度確認してきた。
「本当にいいのか涼子君、我々といればまた危険に巻き込まれることもあるかもしれない。ハンターにも非道な奴らはごまんといるからな。」
――ハンター……。
今の所、磯城島先輩はヴァンパイアが遠くに逃げたものだと思い込んでいるみたいだ。
先輩にはデイサービスの手伝いが忙しくて帰りが遅くなると説明しているし、ヴァンパイアの事はバレている様子はない。
それも踏まえて私は自分の考えを伝える。
「問題無いです。今回のことで皆さんの気持ちはよくわかりましたから。」
「それじゃあ、このままでいいんだな。」
「はい、これからもよろしくお願いします。」
もうドナイトさんは言うことはないのか、再び食事に集中し始める。
アハトくんも私の言葉を聞いた後は喋らず、料理を口に運んでいた。
「……。」
不意にテーブルが静かになり、クローデルさんが椅子から立ち上がる。
「さてと、賭博場にでも行くか。」
「また行くんですか?」
クローデルさんは相変わらず食べるのが早い。グラスに残ったお酒を一気に飲み干すとテーブルから離れていく。
「そうだ涼子も来いよ。今度は勝たせてやるよ。」
すぐに私は断りの言葉を送る。
「もう私はあんな場所には……」
断ってから無視するつもりだったが、クローデルさんの言葉の中に引っかかる単語があり、思わず質問してしまった。
「……“勝たせて”って、もしかしてクローデルさん、あの時イカサマしてたんですか!?」
「イカサマとは失敬な奴だな。テクニックと言え、テクニックと。」
「何がテクニックですか……。」
開き直るクローデルさんに対して私は我慢できなかった。
私はクローデルさんとのポーカー勝負のことを思い出しつつ文句をいう。
「じゃあ、本来だったらあそこでフルハウスで勝ってたんじゃないですか。300万手に入れて今頃幸せな日々を送っていたはずなのに……」
「そう嘆くこたないだろ。そんな額、アハトの給料なら一年で稼げるし。」
簡単に言ってくれるものだ。
賭博に頼った私にも非はある。だからといって不正が許されるわけではない。
「確かにそうですね。ですから時給が安いクローデルさんのところにはもう行ってあげません。」
「へ?」
クローデルさんは一気に酔いが冷めたのか、腑抜けた声を発した。
驚いたのはクローデルさんだけではなかったようで、レティシアさんが給料に関して申し訳なさげに話しかけてきた。
「ごめんね涼子さん、私もドナイトもアハト並の給料は出せないかもしれないわ……。」
「それは大丈夫です。」
クローデルさんはともかくドナイトさんとレティシアさんは別だ。
「レティシアさんとお喋りするのは楽しいですし、ドナイトさんにはもう3回もレポートを手伝ってもらいました。ですから今のままでも別にいいです。お金なんて貰わなくても喜んでお手伝いします。」
これは私の心からの本音だ。
アハトくんにも“給料なんて要らない”と言ってあげたかったのだが、流石にそれは私の金欲が許してくれなかった。
「ありがとう涼子君、これからもできる限り勉強に協力しよう。」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。よろしくね、涼子さん。」
2人は安心したのか、私に言葉をかけてくれた後でクローデルさんに憐れみの目を向けていた。
憐憫の視線を向けられたクローデルさんは、苦し紛れに私に提案してくる。
「オレは……あれだ、もし来てくれたらオレのテクニックで好きなだけ快楽の園へ連れて行ってやるぜ。どうよ?」
「“どうよ?”じゃありません。……200年も生きてきて咄嗟に出てきた言葉がそれですか? どんだけ下半身で物考えてるんですか。正直ドン引きです。」
私もセクハラされ続けたおかげでこのくらいの蔑みの言葉は楽に吐けるようになった。
この言葉は私が言うにはさすがにキツすぎたらしい。いつもクローデルさんを咎めているドナイトさんが今回ばかりは彼を庇っていた。
「まぁまぁ涼子君、このまま貧相な食生活が続くとこいつは人を襲いかねない。人助けだと思って協力してくれないか。」
「ドナイトさんがそこまで言うなら……わかりました。」
クローデルさんも一応は恩人なのでバイトを辞めるつもりはない。でも、このくらい言っておいたほうが仕事が楽になるというものだ。
それに、クローデルさんのおかげでドナイトさんにアハトくんそしてレティシアさんと知り合いになれたのだから、少しは感謝してあげてもいいかもしれない。
「クローデルさん、賭博場の事ですが……ちょっとくらいなら付き合ってあげてもいいですよ。」
「そうこないと。」
私が同行を申し出ると、クローデルさんはすぐにいつも通りの表情になった。
「でも、私は見るだけですからね。」
「わかってる、わかってるって。」
のんきな口調で言いながら、クローデルさんは一人でさっさと地下室から出ていく。
「それでは行ってきます。」
みんなに挨拶して、私もクローデルさんの後を追った。
――彼らはいい人だ。
初めは彼らも人のことを人と思わぬほど冷酷なヴァンパイアだったかもしれない。それこそ多くの人々から畏怖され、ハンターという組織から一方的に攻撃を受けるくらいに……。
だが、数百年の孤独が彼らを変えたのだろう。
やはり一人は辛いし寂しい。両親を失って祖父母に育てられた私には少しだけ分かる。
ヴァンパイアになっても人というものは人肌の温かさを求めるものなのだ。
(あれだけ仲が良ければ4人でも楽しく過ごせそうな気がしますけど……。)
まだ4人しか会ったことがないし、他の場所には烏月のような極悪非道な性格のヴァンパイアがいるのかもしれない。
でも、今の私にはハンターのほうが非道な集団に思えてならなかった。
どうにかして和解できないものだろうか……。
(ま、考えるだけ無駄ですね。)
私はつまらない考えを頭から振り払い、ドナイト邸から外へ出た。
出ると、出入口のすぐ近くでクローデルさんが待ってくれていた。
「いくぞ涼子。」
クローデルさんはそう言いつつ自然に腰に手を回してきた。
私はそれを振り払って一歩退く。
「何されるかわからないので前歩いてくださいね。」
「へいへい……。」
全く油断も隙もない人だ。
その後、私達は違法賭博場へと向かった。
――以前は暗くて怖かった夜道も、今は心地よく感じられていた。
ここまで読んでくださり誠にありがとうございました。
一応は結末までのシナリオは考えているので、機会があれば書き進めていきたいです。
今後とも宜しくお願いします。