第9話「繋がれた命と逃げ場のない檻」
まぶたの裏で弾けた強烈な光の残滓が、ゆっくりと引いていく。
ルシルは深い水底から浮かび上がるように、静かに意識を取り戻した。
最初に気づいたのは、あれほどまでに全身を縛り付けていた強烈な冷気が消え去っていることだった。
指先から足の先まで、かつてないほどの熱が巡っている。
それは単なる体温ではなく、他者の生命力そのものが血液の代わりに血管を駆け巡っているような、奇妙で重苦しい感覚だった。
心臓が大きな音を立てて脈打つたびに、三つの異なる魔力が胸の奥で渦を巻くのがわかる。
重くすべてを支配しようとするアルフレッドの魔力。
荒々しくも不器用なほどに温かいガレッドの魔力。
鋭く緻密で、体の隅々まで探るようなノアの魔力。
それらが複雑に絡み合い、ルシルの枯渇していた魔力回路を強引に満たし、つなぎ合わせ、命の灯を燃え上がらせていた。
呼吸をするたびに、肺が大きく膨らみ、痛みを伴わずに新鮮な空気を取り込める。
それが、自分の力ではなく、彼らから奪い取った命の欠片によるものだと思うと、ルシルの胸の奥がひどく痛んだ。
重たいまぶたを開くと、そこには見慣れた天蓋があった。
視界を覆っていた白い霧は晴れ、部屋の細部までが鮮明に見える。
ルシルが小さく息を吐き出すと、ベッドを囲んでいた三つの影がいっせいに動いた。
「……気づいたか」
アルフレッドの声はひどくかすれていた。
ルシルが視線を向けると、彼の美しい顔には深い疲労が刻まれていた。
しかし、その青い瞳だけは、狂気をはらんだ歓喜の光に燃え上がっている。
彼の傍らには、ガレッドとノアも立っていた。
彼らも同様に、数日間の徹夜と膨大な魔力消費によって、立っているのが不思議なほどに消耗している。
それなのに、ルシルを見つめる彼らの視線は、かつてないほどに力強く、そして重たい執着に満ちていた。
ルシルは体を起こそうとして、自分の胸元に違和感を覚えた。
寝着の胸元がはだけており、心臓の真上に、赤と青と銀の三色が絡み合った複雑な紋章が刻まれている。
それは、禁忌とされる命の共有契約の証拠だった。
その紋章は、ルシルの鼓動に合わせて微かに明滅し、彼らの魔力が常に流れ込んでいることを示している。
「あなたたちは、本当に……」
絞り出すように発したルシルの声は、数日ぶりに輪郭を持った音となっていた。
枯れていた喉が潤い、声を出すことすら苦ではない。
それが、彼らの命を奪い取って得た活力であることに、ルシルは深い絶望を覚えた。
「なぜ、こんなばかなことをしたのです」
ルシルの問いかけに、最初に答えたのはノアだった。
彼は眼鏡を押し上げ、ひどく血色の悪い顔で冷たく笑う。
「ばかなこと? これ以上の傑作はないよ。三人の異なる強力な魔力が、君という一つの器で均衡を保っている。僕たちは君の魔力回路と命の根源を、僕たちのそれと直接接続したんだ」
ノアの指先が、ルシルの胸の紋章に触れる。
その瞬間、ルシルの心臓が大きく跳ね、ノアの鼓動と同期するのがわかった。
魔力を通じて、ノアの昂ぶる感情が直接ルシルの脳に流れ込んでくる。
「これで君は、僕たちが死なない限り死ぬことはない。いや、僕たちが君を死なせない」
ノアの灰色の瞳には、研究者としての狂気と、一人の人間としての歪んだ愛情が入り混じっていた。
彼はルシルを生かしたという事実そのものに、ひどく酔いしれている。
「……私のために、あなたたちの未来を縛る必要などなかったはずです。もし私が怪我をすれば、あなたたちにもその痛みが伝わる。私が病に伏せば、あなたたちの命も削られるのですよ」
ルシルの悲痛な言葉を遮るように、ガレッドがベッドの端に身を乗り出した。
彼の硬い手が、ルシルの細い肩を包み込む。
「だからこそ、俺たちは二度と君を危険な目に遭わせない。君の痛みは俺の痛みだ。俺が盾となり、君をすべての苦痛から守り抜く」
ガレッドの赤い瞳には、一切の迷いがない。
彼は騎士としての己の命を、国でもなく神でもなく、ただルシル一人のために捧げると決めてしまっているのだ。
自分の命がルシルを繋ぎ止める楔となったことに、彼は何の未練も後悔も抱いていない。
むしろ、これでようやくルシルを自分の手の中に保護できるという、安堵すら見え隠れしていた。
三人の異常なまでの献身に、ルシルは言葉を失う。
彼らは、王国の未来を担うべき存在だ。
王太子、次期騎士団長、筆頭魔術師。
そんな彼らが、悪役令息として消え去るべき自分のために、その未来をすべて投げ打ってしまった。
アルフレッドがゆっくりと手を伸ばし、ルシルの頬を包み込んだ。
彼の指先から伝わる熱が、ルシルの肌を焼くように熱い。
「君は、誰にも看取られずに消えたいと願っていたね。だから、その願いを永遠に奪い取ることにしたんだ」
アルフレッドはルシルの耳元に顔を寄せ、毒のように甘い声で囁く。
彼の大きな手が、ルシルの背中へ回り、逃げ道を塞ぐように強く抱き寄せた。
「君の鼓動は私のものだ。君の呼吸も、君の命も、すべてが私たちと繋がっている。君が自分自身を傷つけようとしても、私たちの魔力がそれを許さない。君はもう、この鳥籠から、そして私たちから、永遠に逃れることはできないんだよ」
その言葉は、優しくも残酷な呪いだった。
ルシルは自らの胸の紋章を見下ろす。
彼らの異常な執着が、ついに命の理さえも捻じ曲げてしまった。
自分が静かに消え去るというささやかな願いは、彼らの重すぎる愛によって打ち砕かれたのだ。
もう、死んで逃げることすら許されない。
自分が死ねば、彼らも道連れにしてしまうからだ。
ルシルは瞳を閉じ、彼らから絶え間なく流れ込んでくる熱に身を委ねるしかなかった。
それはひどく息苦しく、そして恐ろしいほどに甘い敗北だった。
抗う気力は、その息が詰まるほどの熱の中に溶けて消えていく。




