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余命一年の無気力悪役令息なのに、ヤンデレ皇太子と天才たちが命の共有契約を迫ってくる  作者: 月夜 闇花


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第10話「三つの熱と溶けゆく虚無」

 命の共有契約が結ばれてから、ルシルの体調は見違えるように回復していった。

 魔力欠乏症という病そのものが消え去ったわけではない。

 ただ、枯渇していく魔力を補って余りあるほどの膨大な力が、三人の術者から絶え間なく注ぎ込まれ続けているだけだ。

 しかし、体が動かせるようになっても、ルシルの生活に自由が戻ることはなかった。

 王宮の奥に設えられた豪奢な部屋から一歩も出ることは許されず、常に三人のうち誰かがルシルの傍に張り付いている。

 彼らは命の繋がりを通してルシルの微細な変化を感知できるため、ルシルが少しでも不快感を覚えたり、疲労を感じたりすれば、瞬時にその原因を取り除こうと動いた。

 それは過保護を通り越し、異常なまでの監視と管理だった。

 ある日の午後、ルシルはベッドの上に座り、窓の外の景色を虚ろに眺めていた。

 分厚いカーテンは少しだけ開けられ、柔らかな日差しが差し込んでいる。

 しかし、その光よりもはるかに強い熱を、ルシルは自分の内側に感じていた。

 胸に刻まれた紋章の奥で、アルフレッドの重たい気配が微かに揺らいだ。

 彼が今、政務の合間に自分へと思考を向けていることが、言葉を交わさずとも伝わってくるのだ。

 魔力の繋がりは、感情の波すらもある程度共有してしまう。

 アルフレッドの深い独占欲、ガレッドの焦燥を伴う庇護欲、ノアの狂気に近い探究心。

 それらが常にルシルの心の奥底で渦を巻き、彼が一人でいることを決して許さない。

 彼らの感情が流れ込んでくるたびに、ルシルは自分の内側に他人が住み着いているような奇妙な感覚に陥る。

 静かな部屋に、扉が開く音が響いた。

 銀の盆を持ったガレッドと、その後ろからノアが連れ立って入ってくる。


「ルシル殿。食事の時間だ。今日は君が食べやすいように、果実のスープを用意させた」


 ガレッドは甲冑ではなく柔らかな平服に身を包み、ルシルの傍らに腰を下ろした。

 彼はスプーンを手に取り、丁寧にスープをすくってルシルの口元へと運ぶ。


「……自分で食べられます、ガレッド殿」

「駄目だ。君はまだ病み上がりだ。匙の重さすら、君の負担になるかもしれない」


 大柄な騎士が、まるで硝子細工を扱うように慎重な手つきで食事を与えようとする。

 その隣では、ノアがルシルの腕を取り、魔力の脈動を測っていた。

 彼の冷たい指先が、ルシルの手首の脈打つ血管をなぞる。


「うん、今日も魔力の定着は順調だ。僕たちの魔力が君の体内で理想的な形で融合している。君の体温が少しだけ上がっているのは、僕の魔力が活性化しているせいだな」


 ノアは自分の魔力がルシルの体内に満ちている事実を、ひどく誇らしげに語る。

 彼の灰色の瞳は、成功した実験動物を見るような冷たさと、かけがえのない宝物を愛でるような熱が入り混じっていた。

 ルシルはため息をこぼすのも諦め、静かに口を開いてガレッドが差し出すスープを飲み込む。

 甘酸っぱい果実の味が口に広がる。

 かつては食事の味すら感じられなかったのに、今は五感が鋭敏に研ぎ澄まされていた。

 喉を通る液体の温度も、舌に残る甘みも、すべてが鮮烈に感じられる。

 それもまた、彼らの命がルシルの体を再構築した結果なのだろう。

 食事が終わる頃、アルフレッドが部屋に姿を現した。

 彼はガレッドとノアを一瞥し、当然の権利であるかのようにルシルの背後に回る。

 そして、ベッドに寄りかかるルシルの体を、後ろからすっぽりと包み込んだ。


「今日は二人とも、随分と熱心に彼を世話しているようだな」

「殿下こそ、政務を放り出してこられたのですか」


 ノアが眼鏡を押し上げながら皮肉を言うが、アルフレッドは気にも留めない。

 彼はルシルの銀色の髪に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。


「彼の命と私の命は繋がっている。彼から離れている時間のほうが、私にとっては苦痛なのだから仕方がない」


 アルフレッドの強い腕がルシルの腰を抱きしめ、背中から彼自身の高い体温が伝わってくる。

 前にはガレッド、横にはノア、後ろにはアルフレッド。

 三方向から彼らの熱と魔力に包み込まれ、ルシルは逃げ場のない檻の中にいることを改めて実感した。

 しかし、以前のように彼らを突き放そうとする冷たい言葉は、不思議と口から出てこなかった。

 前世でも、今世でも、誰からも必要とされずに死んでいくと思っていた。

 それが、これほどまでに重く、狂気じみた形で愛されている。

 彼らの執着は間違いなく異常であり、ルシルからすべての自由を奪うものだ。

 それなのに、三人の異なる熱が混ざり合うこの空間に、ルシルの心は少しずつほだされ、冷たい虚無が溶かされようとしていた。

 誰かの体温を感じながら生きることが、これほどまでに安らぐものだとは知らなかった。

 それが彼らの呪いの成果なのか、それともルシル自身の奥底にあった本当の望みだったのか。

 答えの出ない問いを抱えながら、ルシルは静かに目を閉じ、彼らの甘い熱に身を委ねた。

 窓の外では、ルシルが死ぬはずだった季節が、静かに終わりを告げようとしていた。

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