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余命一年の無気力悪役令息なのに、ヤンデレ皇太子と天才たちが命の共有契約を迫ってくる  作者: 月夜 闇花


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第5話「絡みつく熱と沈みゆく体」

 あの緊迫した対峙から数日が過ぎた。

 王宮の奥深くに設えられたこの部屋の空気は、以前にも増して重く、粘り気を帯びていた。

 アルフレッド、ガレッド、ノアの三人は、奇妙な均衡を保ちながらルシルの周囲を取り囲んでいる。

 ルシルの命が尽きかけているという事実だけが、彼らの間に一時的な休戦協定を結ばせていた。

 表立って争うことはなくなったものの、水面下では互いを牽制し合う冷たい火花が常に散っている。

 その中心にいるルシルは、ただ静かに病魔に身を浸すことしかできなかった。

 魔力欠乏症の進行は、容赦なく彼の肉体を蝕んでいく。

 以前は少し歩けば息が切れる程度だったが、今はベッドの上で身動きをすることすら困難になっていた。

 指先から這い上がってくる冷感は、骨の髄まで到達している。

 心臓が不規則に脈打ち、時折、胸の奥を鋭い針で刺されるような痛みが走る。

 痛みが通り過ぎた後は、ただ深い疲労感と虚無だけが残された。

 呼吸をするたびに、肺が小さくきしむ音を立てる。

 喉はひどく渇いているのに、水を含む気力すら湧かない。

 皮膚は日に日に透明度を増し、青い血管が透けて見えるほどだった。

 髪の銀色は光を失い、生気のない白に近づいている。

 視界は常に薄い膜が張ったようにぼやけ、周囲の音も水中にいるようにくぐもって聞こえた。

 死が近い。

 その事実は、ルシルにとって恐怖ではなく、ただの静かな終わりとして受け入れられていた。

 天井に描かれたフレスコ画を見上げながら、ルシルは当てもなく思考を巡らせる。

 この世界は、前世でプレイした乙女ゲームの舞台だったはずだ。

 本来のシナリオであれば、悪役令息である自分は周囲から蔑まれ、誰にも看取られることなく孤独に死んでいく。

 それが与えられた運命であり、自分もそれを受け入れていた。

 誰も愛さず、誰からも愛されず、ただ静かに舞台から降りるだけ。

 それなのに、なぜ現実はこうも歪んでしまったのだろうか。

 彼らは本来、ヒロインを愛し、ヒロインのために戦うべき存在だった。

 輝かしい未来と栄光を約束された彼らが、なぜ今にも消え入りそうな命にしがみついているのか。

 ルシルには、その執着の理由が全く理解できなかった。

 理解できないからこそ、恐ろしい。

 彼らの眼差しには、狂気にも似た熱が宿っている。

 それはルシルという存在そのものを、世界から切り離して自分だけのものにしようとするような、重く苦しい熱だった。

 思考を続けることすら疲れ果て、ルシルはゆっくりと息を吐き出した。

 銀色の甲冑が擦れる微かな音がして、ガレッドが部屋に入ってきた。

 彼は手袋を外し、両手で慎重に小さな木箱を抱えている。


「ルシル殿。辺境の森から、魔力を補うという希少な薬草を取り寄せてきた」


 ガレッドの声は低く、必死に感情を抑え込んでいるのがわかる。

 彼はルシルの傍らにひざまずき、木箱の中から淡い青色に発光する葉を取り出した。

 それをすり潰し、温かな布に包んでルシルの胸元に当てる。

 ガレッドの無骨な手が、ルシルの薄い胸板に触れた。

 剣だこに覆われた硬い指先が、壊れ物に触れるように震えている。

 数え切れないほどの剣を振り、敵を切り伏せてきたその手が、今は一人の病人の命を繋ぎ止めようと必死に形を歪めている。

 その不器用な優しさが、ルシルには不思議だった。

 以前の自分であれば、彼のような生真面目な騎士をばかにし、遠ざけていただろう。

 しかし、今のガレッドの目には、かつてのルシルの悪態など微塵も映っていない。

 ただ目の前にある消えかけの命を救いたいという、純粋で狂気的なまでの熱意だけが存在している。

 薬草の青臭い香りが鼻腔をくすぐるが、冷え切った体には何の温もりももたらさなかった。


「……ガレッド殿。このような希少なものを、私などに使わないでください」

「自らを下げるようなことを言うな。君の命を繋ぐためなら、どんな手でも尽くす」

「私は、罪深い悪役令息です。本来ならば、あなたたち騎士団に裁かれるべき人間なのですよ」


 かすれる声で、ルシルは彼を遠ざけようと言葉を紡ぐ。

 しかし、ガレッドは赤い瞳を悲痛に歪め、ルシルの手を力強く握りしめた。


「君が過去に何をしようと関係ない。今の君は、ただ俺の腕の中で消えそうになっているだけだ。俺は、君を失いたくない」


 実直な騎士の言葉は、熱を帯びてルシルの皮膚を焼く。

 その時、部屋の扉が音もなく開き、静かな足音が近づいてきた。


「随分と情熱的な治療だな、ガレッド」


 氷のように冷たい声が響き、アルフレッドが姿を見せた。

 彼の青い瞳は、ガレッドが握るルシルの手を冷ややかに見据えている。

 ガレッドは唇を噛み締め、ゆっくりと手を離して立ち上がった。


「殿下。薬草の処置は終わりました」

「ご苦労。後は私が看よう」


 王太子としての抗えない命令だった。

 ガレッドが一礼して部屋を出て行くと、アルフレッドは空いた椅子に優雅に腰を下ろした。

 彼はガレッドが当てた薬草の布を無造作に取り払い、代わりに自分の手をルシルの胸元に滑り込ませる。

 高い体温が、薄い寝着越しに直接肌に伝わってきた。


「あんな雑草に頼る必要はない。君には、私がいる」


 アルフレッドの指先が、ルシルの鎖骨をなぞるように這う。

 その動きはひどくゆっくりで、熱を帯びた毒を塗りつけられているかのような錯覚を覚えた。

 サファイアの瞳が、至近距離からルシルの瞳の奥を覗き込んでくる。

 そこには、自分以外の誰かがルシルに触れることを許さないという暗い独占欲が渦巻いていた。

 ガレッドの去った扉の方を一瞥し、アルフレッドは冷ややかに微笑む。


「彼の持ってきた薬草など、気休めにもならない。君の凍りついた体には、私の熱だけがあればいい」


 そう言って、アルフレッドはルシルの冷たい指を一本ずつ絡め取り、自身の唇に押し当てた。

 熱い吐息が皮膚に触れ、ルシルは小さく身をよじる。

 しかし、絡められた手は逃げ出すことを許されなかった。

 アルフレッドはルシルの耳元に顔を寄せ、その銀色の髪に鼻先を埋める。

 深く息を吸い込む音が聞こえ、ルシルは背筋に冷たいものを感じた。


「君の匂いは、雪のように澄んでいる。死が近づくにつれて、不純物が削ぎ落とされているようだ」

「殿下……」

「怖がることはない。君の鼓動が止まるその瞬間まで、私がこうして抱きしめていてあげる」


 それは愛の囁きというよりも、逃亡を許さない呪いの言葉に等しかった。

 アルフレッドの大きな手が、ルシルの細い腰を引き寄せる。

 身動きすらとれない密着状態の中で、アルフレッドの力強い心音だけがルシルの耳に響いていた。

 自分の中にある消えかけの鼓動とは対照的な、生命力にあふれた音。

 その強すぎる命の鼓動が、ルシルにはひどく残酷に思えた。

 彼らは生きる者であり、自分は死にゆく者だ。

 その決定的な溝を、彼らは力技で埋めようとしている。

 しかし、命の終わりという揺るぎない境界線を越えることなど、誰にもできるはずがなかった。

 外の光が遮断された部屋の中で、時間の感覚だけが溶けていく。

 ルシルは重たいまぶたを閉じ、彼らの執着という名の熱に身を委ねるしかなかった。

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