番外編「硝子の城と三つの影」
ルシルの王宮での生活は、絹に包まれた硝子の城で暮らすようなものだった。
彼が歩けば赤い絨毯が敷かれ、少しでも冷たい風が吹けば、三人が自らの体温で風を遮る。
彼らはルシルの命の共有者であると同時に、世界で最も過保護な従者になり果てていた。
ある冬の朝、ルシルがベッドから起き上がった直後に、小さなくしゃみをした。
ただそれだけのことだった。
部屋の空気が少し乾燥していただけで、ルシル自身はどこにも痛みや不調を感じていなかった。
しかし、その場にいた三人の反応は、国に一大事が起きたかのような凄まじいものだった。
アルフレッドは手にしていた重要な決裁書類を暖炉に無造作に投げ捨て、血相を変えてベッドに飛び込んできた。
彼はルシルの額に自らの額を強く押し当て、熱がないかを執拗に確認する。
「ルシル。喉が痛むのか。すぐに王宮医師団をここに集めろ。いや、私が直接診よう」
アルフレッドの青い瞳は恐怖と焦燥に見開かれ、ルシルの頬を包む手は微かに震えていた。
彼の鼓動の速さが、命の繋がりを通じてルシルの胸の奥に直接伝わってくる。
「離宮の警備を三倍に増やせ。隙間風を入れるような怠慢は決して許さん。窓の隙間という隙間をすべて塞ぐんだ」
ガレッドは扉の外に控える部下たちに雷のような怒号を飛ばし、自らは外套を脱いでルシルの足元を二重に包み込んだ。
彼の大きな手はルシルの冷えた足首をこすり、少しでも早く温めようと必死にさすり続ける。
「魔力回路の異常か。いや、僕の魔石の出力設定が低すぎたんだ。すぐに最高の火炎石を取り寄せて、部屋の温度と湿度を均一に保つ術式を組み直す」
ノアは青ざめた顔で空間に何十もの魔法陣を展開し、部屋の空気を微細に調整し始める。
彼の指先からは青白い魔力が絶え間なくあふれ出し、ルシルの周囲を柔らかい熱のドームで覆い尽くしていった。
三方向からの恐ろしいまでの過剰反応に、ルシルは小さく息を吐いた。
以前であれば、彼らの異常な執着を鬱陶しく思い、冷たくあしらっていただろう。
しかし、今のルシルには彼らを突き放す気力も、そうしたいという意志も残っていない。
「……あなたたち、落ち着いてください。ただ埃が鼻をくすぐっただけです」
ルシルの静かな声に、三人の動きがぴたりと止まった。
アルフレッドが心配そうにルシルの頬を撫でる。
「本当かい。少しでも苦しいなら、すぐに言ってほしい。君の苦痛は私の苦痛だ」
「わかっています。ですが、これほどまでに騒がれると、逆に疲れてしまいます」
ルシルが諦めたように顔をほころばせると、彼らは目に見えて安堵の表情を浮かべた。
国の頂点に立つ男たちが、一人の少年のくしゃみ一つでこれほどまでに振り回されている。
もし民衆がこの光景を見れば、英雄たちの真の姿に腰を抜かすことだろう。
彼らは国を動かす権力者でありながら、ルシルという絶対君主の前にひざまずく忠実な犬にすぎないのだ。
「今日は執務には行かないのですか」
ルシルが尋ねると、アルフレッドは悪びれもせずにうなずいた。
「あんなものは後回しでいい。君が冷えを感じたというのに、私だけが温かい執務室にいるなど許されないからね」
「俺も今日は訓練を休む。君のそばで、その体温を直接感じていたい」
ガレッドがルシルの手に自らの手を重ね、ノアが反対側の手を取った。
「僕の魔法陣の調整が済むまで、君を誰にも渡すつもりはないよ」
結局、その日は三人ともルシルのベッドに上がり込み、彼を四方から温め続けることになった。
分厚い毛布の下で、彼らの高い体温がルシルの肌に直接伝わってくる。
アルフレッドの白檀の香り、ガレッドの革と鉄の匂い、ノアの古い紙と魔薬の香り。
三つの異なる気配が混ざり合い、ルシルの意識を甘く溶かしていく。
身動きすらとれない密着状態であったが、ルシルは抵抗することなく彼らの熱を受け入れる。
重たく、甘く、息が詰まるほどの執着。
それが今のルシルにとって、何よりも心地よいゆりかごとなっていた。
ルシルは彼らの心音を子守唄のように聞きながら、再び深い眠りへと落ちていった。




