第13話「見下ろす祭典と隠された神」
王都の空には、朝から色鮮やかな祝砲が打ち上げられ続けていた。
今日は建国祭であり、同時に、この一年で目覚ましい発展を遂げた王国の繁栄を祝う日でもある。
街の通りには色とりどりの旗がはためき、民衆の歓声が王宮の奥深くにまで響いてきた。
本来の乙女ゲームのシナリオであれば、今日は大きな戦いが終わり、ヒロインが彼らとともに輝かしい大団円を迎える日だったはずだ。
しかし、世界はもはや元の形を留めていない。
ヒロインの姿はどこにもなく、代わりに民衆の熱狂を一身に集めているのは、アルフレッド、ガレッド、ノアの三人だった。
王国の未来を背負う若き三傑として、彼らは建国祭の主役を務めている。
ルシルは王宮の最も高い場所に位置する離宮のバルコニーから、その喧騒を静かに見下ろしていた。
バルコニーの周囲にはノアが構築した何層もの見えない結界が張られ、外からの視線も、わずかな冷気すらも遮断している。
ルシルの細い肩には、最高級の毛皮で仕立てられた純白の外套が掛けられていた。
それはアルフレッドが自ら選び、今朝出立する前にルシルの肩に丁寧に掛けたものだ。
「ルシル様。温かいお飲み物をお持ちしました」
厳選され、口の堅さを保証された数少ない侍女が、銀の盆をうやうやしく差し出す。
ルシルは静かにうなずき、湯気を立てる琥珀色の液体が入ったカップを受け取った。
紅茶の温もりが、指先からゆっくりと体に染み渡っていく。
バルコニーから見下ろす大広場には、群衆を前にした三人の姿が小さく見えた。
アルフレッドは王太子として堂々とした振る舞いで民衆に手を振り、その横ではガレッドが近衛騎士団を率いて威風堂々と整列している。
ノアは空に美しい魔法の花火を咲かせ、人々の歓声を浴びていた。
誰の目から見ても、彼らは国を導く理想の英雄たちだ。
輝かしい光に包まれ、誰もが彼らの力と美しさを称賛している。
しかし、命の繋がりを通じてルシルの胸に流れ込んでくる彼らの感情は、民衆が抱く熱狂とはひどくかけ離れていた。
退屈、焦燥、そして早く儀式を終わらせてルシルの元へ帰りたいという、濃密で重たい執着。
胸に刻まれた契約の紋章が、彼らの心臓の鼓動と連動して小さく痛む。
彼らは何万という人々の称賛よりも、たった一人の少年の体温を渇望しているのだ。
ルシルはカップの縁に唇を寄せながら、かつての自分を思い返していた。
病に侵され、誰からも愛されずに死んでいく運命を受け入れていた日々。
あの頃は、自分の命がこれほどまでに世界に深く根を張ることになるとは想像もしていなかった。
今やルシルの鼓動が一つ止まれば、王太子、騎士団長、筆頭魔術師の命が同時に失われる。
王国の根幹を揺るがすどころか、国そのものが崩壊してしまうだろう。
たった一人の病弱な少年の命が、王国の存亡よりも重い価値を持ってしまったのだ。
その事実の重さに、ルシルは小さく息を吸い込んだ。
しかし、恐れはなかった。
彼らの魔力が血管を巡り、常に内側から温めてくれているおかげで、ルシルの心はひどく穏やかに保たれている。
それは彼らが意図的に精神安定の魔法を織り込んでいるからかもしれないし、単にルシル自身が彼らの熱にほだされてしまったからかもしれない。
どちらにせよ、ルシルはこの鳥籠から逃げ出す気はすでに失っていた。
広場での式典が最高潮に達し、民衆の歓声が一際大きく空を震わせたときだった。
広場に立つ三人が、まるで示し合わせたかのように、一斉に顔を上げた。
何万もの群衆を前にしながら、彼らの視線はただ一点、ルシルが立つはるか上空のバルコニーへと真っ直ぐに向けられている。
距離が離れていて表情までは見えないはずなのに、彼らの熱を帯びた眼差しが直接肌に突き刺さるようだった。
アルフレッドの狂気をはらんだ青、ガレッドの燃え盛るような赤、ノアの冷たく鋭い灰色。
三つの色が、結界越しにルシルを強く捕らえて離さない。
民衆は彼らが神に祈りを捧げているのだと勘違いし、さらに大きな歓声を上げる。
しかし、彼らが仰ぎ見ているのは神ではない。
自分たちの命を繋ぎ、狂気を注ぎ込む対象であるルシルだけだ。
ルシルは自分が、この国の裏側で隠された神のように祀り上げられていることを悟った。
誰も知らない。
この華やかな国の頂点に立つ男たちが、一人の悪役令息の足元にひざまずき、その微笑み一つで世界を焼き尽くすほどの狂気を抱えていることなど。
ルシルは小さく息を吐き、結界越しに彼らへと視線を送り返した。
彼らの重たい愛に応えるように、ルシルの胸の奥で三つの魔力が甘く渦を巻いていた。




