第12話「甘やかな服従と永遠の鳥籠」
庭園での出来事から、さらに季節が一つ巡った。
ルシルの王宮での生活は、すっかり新しい日常として定着していた。
かつての乙女ゲームにおける悪役令息としての運命は、すでに遠い過去の幻にすぎない。
本来のヒロインであった光の魔力を持つ少女は、誰の目にも留まることなく王都を去ったと風の噂で聞いた。
彼女が国を救うというシナリオは白紙となり、代わりにこの国を牽引しているのは、一人の少年に狂おしいほどの執着を抱く三人の男たちだった。
彼らはルシルを王宮の最深部に隠し、ただ自分たちだけで愛でるためだけの強固な体制を築き上げている。
アルフレッドの執務室の机には、常にルシルの姿を描いた小さな肖像画が置かれている。
彼はそれを時折見つめながら、常人では考えられない速度で書類の山を片付けていった。
少しでも早く、あの甘い鳥籠へ戻るために。
ガレッドは訓練場において、部下たちに容赦のない激しい稽古をつけていた。
その理由は単なる鍛錬ではなく、ルシルの周囲を固める近衛騎士たちに、いかなる脅威も寄せ付けないほどの隙のない実力を求めているからだ。
ノアの研究所は、もはやルシルの体調管理のためだけの施設と化していた。
彼はルシルの魔力波長を記録した膨大なデータを分析し、彼が少しでも快適に眠れるような新しい魔道具を日夜開発し続けている。
三人は互いを牽制しつつも、ルシルを生かし、独占するという共通の目的のために奇妙な協力関係を築いていた。
午後の日差しが差し込む温室で、ルシルは柔らかい長椅子に横たわりながら本を読んでいた。
ここは豪華絢爛な鳥籠の中でも、ルシルが特にお気に入りの場所だった。
膝の上には厚手の毛布が掛けられ、足元には魔力で一定の温度を保つ石が置かれている。
ページをめくる指先は健康的な赤みを取り戻し、以前のような病的な青白さは消えていた。
重厚な扉が開き、三人が揃って温室に入ってくる。
政務と訓練と研究を終えた彼らが、一日の終わりにルシルの元へ集うのは日課となっていた。
「ルシル、また本を読んでいたのか。あまり目を酷使してはいけないよ」
アルフレッドが本を静かに取り上げ、代わりに自分の手をルシルの手に絡める。
「俺が肩を揉もう。ずっと同じ姿勢でいたのだろう」
ガレッドが背後に回り、大きくて温かい手でルシルの肩をほぐし始めた。
「今日の魔力の定着率も素晴らしい。僕の魔力が君の隅々まで行き渡っている証拠だ」
ノアが満足げにうなずき、ルシルの足元にひざまずき魔力石の調整を行う。
三方向から降り注ぐ過剰なまでの世話に、ルシルは小さいため息をこぼした。
以前であれば、この息が詰まるほどの執着を疎ましく思い、遠ざけようとしていただろう。
しかし、命を共有し、彼らの感情の揺れを直接肌で感じるようになってから、ルシルの心境も大きく変化していた。
彼らの狂気は、ルシルを傷つけるものではない。
ただ純粋に、彼を失うことを恐れるがゆえの暴走なのだ。
その不器用で重たい愛情に気づいてしまってから、ルシルは彼らを拒絶することができなくなっていた。
アルフレッドがルシルの髪を撫で、ガレッドが肩を抱き、ノアが足元に寄り添う。
この豪華絢爛な鳥籠の中は、恐ろしいほどに甘く、そして温かい。
「……あなたたちは、本当に仕方のない人たちですね」
ルシルが諦めたように小さく笑うと、三人の瞳に強い熱が灯った。
彼らはルシルがすっかり自分たちに飼い慣らされたことを理解し、深い満足感に包まれる。
もう、死を望む冷たい虚無はどこにもない。
自分の命は自分一人のものではなく、彼ら三人とともに永遠に続くのだ。
それはある意味で、恐ろしい呪いなのかもしれない。
しかし、ルシルはその呪いを受け入れ、この美しい温室の中で彼らとともに生きていくことを選んだ。
アルフレッドの指がルシルの唇に触れ、そのまま深く長い口づけを落とす。
ガレッドとノアもまた、それぞれの形でルシルへの愛を確かめるように触れ続けた。
悪役令息として孤独に死ぬはずだったルシルは、三人の狂気的な愛に縛られながら、この逃げ場のない温かな檻の中で永遠を生きるのだ。
窓の外では、黄金色に染まる夕日が、彼らの歪で美しい結末を静かに照らし出していた。




