だらしない探偵に怪我を見抜かれました。最悪です。
その日の夕方、依頼の帰り道は雨が降っていた。
雨粒がアスファルトに丸い弧をいくつも描いている。
くしゅん!くしゃみが出る。鼻をこすった。急な雨に傘なしは堪える。
小走りで進んでいると、近くにコンビニが見えてきた。橋田さんとの合流場所だ。
案の定、橋田さんは、コンビニの軒下で両腕をさすりながら雨宿りをしていた。慌てて彼のもとに駆け寄る。
「まさか急に雨に降られるなんてな……」
橋田さんは苦笑いしていたが、ずぶ濡れの僕を見て血相を変えた。
「おい、お前……その格好」
橋田さんは慌てたように手元の傘を引っ掴み、ばさりと広げた。
「おい、早く入れ。帰るぞ」
そうして、足早に歩きだそうとする。僕も傘の中に入り、ついていこうとする、そのときだった。
「……っ」
足に鋭い痛みが走る。すぐに見当はついた。おそらく、さっきターゲットを追ってるときに、転びそうになって足をひねったときのものだろう。
でも、悟られるわけにはいかない。あの橋田さんに、絶対に。これは僕のミスだ。
僕は唇をぎゅっと噛みしめた。血が出そうなくらい、強く。
橋田さんは歩き出す。いつもの歩調で。僕もついていく。必死だ。普通の歩き方をしたいけど、どうしてもわずかに足を引きずってしまい、僕は心の中で舌打ちした。
橋田さんは僕をちらりと見た。肩が触れそうな距離、普段なら絶対に無理だが、いまはそれどころじゃない。
「おっ、小雨になってきたな」
橋田さんが突然声を上げる。
心なしか歩くスピードが遅くなっていて、僕は助かったと息をついた。
事務所につくと、ばさっとタオルを投げられた。
「拭けよ。風邪引いても看病してやんねえぞ」
「自分のときはさせたくせに」
「あれはお前が勝手に……とにかく、さっさと拭いとけ」
僕は乱暴にタオルで体を拭いた。橋田さんに似つかわしくない、良い柔軟剤の香りがする。
「あと、この服も脱いどけ。濡れたままじゃ危ないだろ」
彼は手を伸ばし、僕に近づいた。仰け反るように慌てて後ずさる。
「いや、ちょっ、やめてください!」
橋田さんは、僕のその言葉に目を見開いた。
「なにも……そこまで言うこたねえだろ」
彼は上着を持ったまま固まった。
困ったように下がった眉で、口元がなにか言いたげに開きかけている。
「自分でできますから!子供扱いしないでください」
僕は橋田さんから、ひったくるように上着を掴んだ。
橋田さんが上着を羽織る僕を、確かめるように黙ってじっと見ているのを感じながら、僕は袖に腕を通した。
サイズは全然合ってない。ぶかぶかで、袖がだらんと垂れ下がっている。どう見ても不格好だ。最悪。
「似合うじゃん」
「黙っててください」
半笑いの橋田さんに怒りながら、僕は立ち上がって半歩下がろうとした、その時だった。
「──っ」
足に熱い痛みが走って、僕は思わず足首を庇う。一瞬のことだった。
「ワタル。足、見せろ」
さっきまでの間延びした声と違う低い声音に、僕は固まった。
空気が、すっと変わる。
「……平気です」
橋田さんは引かなかった。しゃがんで、無言で僕の足首に手を伸ばす。
橋田さんはズボンの裾をまくった。
くるぶしが少し赤く腫れている。
彼はその足首にそっと触れた。
僕は息を呑んだ。痛みか、触れられたからか、なぜなのかは自分でも分からなかった。
橋田さんの手が一瞬止まる。
引っ込めたいのに、できない。橋田さんに足を預けてしまっていることに、今更気づいた。急に、触れられている箇所に意識が集まってくる。
橋田さんは足首から視線を逸らさないまま、事務所の手近な鞄を引き寄せ、救急キットを取り出した。
小さな保冷剤を取り出し、ハンカチに包みながら足に当てる。冷たさと痛みで声をあげそうになった。
それに気づいたのか気づいていないのか、患部を避けるように添えられた指が、そっと僕の足を支える。
指の力の逃し方が絶妙で、腫れている場所に触れない慎重さがあった。乱暴そうな手なのに、そこだけ正確だ。
橋田さんは包帯を取り出し、保冷剤の上から手際良く巻いた。
いつもは粗雑な癖に、包帯を巻く指先は妙に丁寧で、僕は目を伏せた。
橋田さんを見ていると、なんだか変に胸が詰まって、僕は文句を言うタイミングを失った。
事務所に沈黙が落ちる。
雨の音がパラパラと屋根を叩いた。
僕は橋田さんのつむじを見下ろしながら、何も言えなくなった。
彼は包帯を巻き終わり、パチン、と包帯を切った。
僕は借りた上着の袖を握って、顔を背ける。
「……今回だけですから」
橋田さんは声をあげて笑った。
笑って、僕の熱を帯びた頬を見た。彼の笑いが止まった。
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