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邂逅

諏訪下社・春宮へ。


上社で建御名方神と出会った一行は、新たな神との縁を辿ります。


今回は、少しだけいつもと違う対話の始まりです。

翌日、当初の予定通り、下社に向かうことにした。

普段通りテレビの前で適当に寝こけていた自分と、静流の二人でそうしようと話をして決めたのだが、澪も野乃花ちゃんも反対することはなかった。

今回もテレビの前が適当に散らかってしまっていたのを、澪が片付けてくれる。

掃除が大好きな人がいると、掃除が苦手な自分などは非常に助かる。

ちゃんと整理整頓をする癖をつければいいのだろうが、普段から頻繁に利用するものは手元に置いておきたくなるのだ。


澪が片づけをしてくれている後ろで、珍しく野乃花ちゃんが朝食を作っていた。

謎の鼻歌を歌いながら、ちょいちょい失敗を繰り返して作ってくれている。

前に何度か見たことがあるが、細かい失敗はするが大きく失敗することはないので、心配するほどではなかった。


しばらく待っていると、ハムエッグとトーストがテーブルに並ぶ。

ハムエッグにケチャップで描かれた似顔絵を見ると、明らかに遊んでいるなと思えた。

その似顔絵を容赦なく塗りつぶす静流の姿が、すごく面白くて内心で爆笑していた。


朝食を終え、下社に行く準備を整える。

実は、下社に行った後に家電量販店に行こうと思っている。

思ったようなものはないかもしれないが、昨日の夜に考えていたホームシアターがどうしても欲しくなってしまったのだ。

原因を作った静流も巻き添えに、寄り道をこっそり計画しておくことにした。


そんなことを考えながら、車に乗り込んでいく。

二列目のシートが一番快適なので、そこを女性陣に譲るのが当たり前になっているあたりは、静流らしいなと思いながら運転席に乗り込んだ。

自分が運転席を選ぶのは、運転が好きというのもあるが、人の運転が落ち着かないというのが大きい。

たとえ上手な人の運転でも、自分と感覚が違うからだろう。

自分の経験が浅いからというのもあるとは思うので、もう少し年を重ねると解決するのだろうかとたまに考えることもある。

だが、今はこのままで良いと考えていた。


別荘から諏訪湖を通りすぎ、下社に向かう。

車窓から諏訪湖が見えるので、諏訪湖に寄って行きたいという気持ちもあるが、諏訪湖は後日改めて来ようという話をしているので今日は通り過ぎる。

通り過ぎてからしばらく走っていると、下社、春宮に到着する。

最初、下馬橋に到着すると、この建物の作りが非常にグッとくるものだったので、しばらく立ち尽くしてしまった。

特に理由があるわけではないのだが、自分の琴線に触れる建物なのだろう。


そこから石の鳥居をくぐり、澪と野乃花ちゃんが授与所でお守りを見繕う。

同じものを売っているように見えるのだが、女性はこういったものの見分けがつくのだろうかとふと疑問に思った。

授与所を後にしたら、次は神楽殿に到着する。

その雰囲気に圧倒されるものはあるが、特に何かを奉納するタイミングではないらしく静かなものだった。


「境さん、中に誰かいませんか?」


澪が怪訝そうな顔をして尋ねてくる。

自分は特に気が付かなかったのだが、澪には何かが見えたようだった。

静流はそういったものを感じる事が少ないのでいいとして、野乃花ちゃんのほうを窺ってみる。

野乃花ちゃんは不思議なものを認識する能力は長けている印象だ。

何かをはっきり見たりしている感じではないのだが、そこにいるとか、あるというのを認識して教えてくれたりする。

失せもの探しにも同じような才能を発揮するのだが、今回は感じている様子はなかった。


「何か、あったのかもしれないな…。」


澪の直感を疑うことはできなかった。

陽向ほどではないが、澪もそういったものを感じるのが強いほうだと思う。

なので、今はいなくても、何かがそこにあったのだろうなと納得した。


それ以上、何かを感じなかったようなので、次に進む。

神楽殿の向こうには幣拝殿があった。

事前に調べたところによると、重要文化財であるらしく、少し印象が強い建物だった

ここは本殿を持たないらしく、この幣拝殿がメインとなるらしい。

この造りが諏訪独特だったということなのだろうか、最近は同じ造りの建物の名前が諏訪神社造と言われているらしい。


この幣拝殿と、その奥のほうから、何か少し肌寒いものを感じていた。

上社に行った時もそうだったが、神様などといったものがいるところに入ると肌寒く感じるようだ。

恐らくは、この幣拝殿の向こうに何かがあるということだろう。

意を決して、幣拝殿を進み、その奥にあるものを確認する。


幣拝殿の向こう、そこに佇むのは、ご神木である杉の木だった。

細かく言えば、他にもいろいろあるのだろうが、この杉の木が最も印象的だった。

そして、その木の上のほうから光が差し込んでくる。

その差し込み方が神の降臨といった雰囲気の差し込み方で、これは芸術だなと思った。


「やはり、ここには居るみたいだな。」

「はい、ご神木の上ですね。」


差し込んでくる光を見ていると、その光で視界が白く染まる。

その眩しさから閉じていた目を開くと、神々しく、綺麗な女性がそこに佇んでいた。

優しい瞳や、やわらかい仕草から、その女性が神か何かであろうことは感じていた。


ゆっくりと、しかししっかりとしてた足取りでこちらに向かってくる。

まったく敵意を感じる事はなく、緊張も何もない感じで、何かを語りかけようとしていた。

自分にはうっすらと声が聞こえているが、静流と野乃花ちゃんには全く聞こえていない様子だ。


「貴女は、もしかすると…。」

「高志沼河姫命と、呼ばれています。」


春宮には建御名方神の母にあたる高志沼河姫命が祭られているというのは聞いていた。

しかし、こんなに早くに会うことになるとは考えていなかったので、少し驚いてしまった。

高志沼河姫命は驚くこともなく、焦ることもなく、ただこちらを見つめていた。

こちらの声を待っているのだろうか、確かな意思を感じる瞳で、自分を見据えていた。

そんな中、自分が言葉を探していると、一歩前へ出た澪が静かに口を開いた。


「少し、お話しできますか?」


自分が話しかけるよりも前に、澪が前に出ていた。

澪の声に高志沼河姫命が頷きをもって肯定する。

澪と高志沼河姫命の二人は、話ができる環境に行こうとしたのだろう。

光が木漏れ日のように揺らぎ、周囲の音が遠ざかっていった。


—— 人と神、女性同士が互いを知るための一歩を踏み出そうとしていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


今回は春宮を訪れ、高志沼河姫命との出会いまでを描きました。


建御名方神との対話では境が中心となっていましたが、今回は澪が自然と前へ出ています。


人の世話をすることが好きな澪だからこそ、神様に対しても「知りたい」「お話ししたい」という気持ちが、誰よりも先に言葉になったのかもしれません。


また、朝食では野乃花が料理に挑戦したり、静流が容赦なくケチャップアートを崩したりと、少しだけ日常の一コマも挟んでみました。


こうした何気ない時間も、この旅を支える大切な思い出になっていくのだと思います。


次回は、高志沼河姫命との対話へ。


建御名方神の母として、そして一柱の神として、どのような言葉を語るのか、私自身も楽しみです。

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