遊楽
諏訪の歴史と信仰に触れたあとは、少し肩の力を抜いて観光へ。
今回は蕎麦を味わい、ガラス工芸を体験し、美術館や千人風呂を巡ります。
神も怪異も現れない、四人にとって久しぶりの穏やかな一日です。
ガラスの里に行く途中、ちょうどいい感じの蕎麦屋さんがあったので、昼食を摂ることにした。
駐車場も設置されているので、そこに車を停めて暖簾をくぐる。
店の中に入ると、長年店を支えてきたであろう老夫婦が出迎えてくれた。
「いらっしゃい、観光かい?」
お婆さんが、人懐っこい柔和な笑顔で話しかけてくる。
こだわりもあるのだろう、話しながら暖かいお茶を出してくれた。
まるで縁側のお年寄りのようなしぐさで、お茶を飲んで落ち着いている澪を横目にお婆さんに答える。
「ええ、知り合いの別荘の片づけを頼まれて、折角なので観光もさせてもらってます。」
「そうかい、うちもそうだけど、この辺りは蕎麦も有名だから、色々食べて行くといいよ。」
そういって、近くにあったメニュー表を取って渡してくれた。
かけそばや、月見、ざるそばなどの定番メニューのほかに、くるみだれというものがあった。
想像がつかなかったので、お婆さんに聞いてみると、女性向けの甘めのたれだということだった。
自分は鴨南蛮、静流は天ざるを頼む。
野乃花ちゃんは天ぷら蕎麦に、追加の天ぷらまで頼んでいた。
澪は珍しさからか、先ほどのくるみだれの蕎麦を頼んでいた。
くるみだれは少し気になるので、少しだけ味見させてもらおうか少し悩むところだ。
「お婆ちゃん、注文お願いできるかな。」
静流が代表して全員分の注文を伝えてくれる。
注文を伝えてから、十分もしないうちに、全てテーブルに並んでいた。
長年の勘で、注文をする前にどんな注文が入るか予想して作り始めているのだろう。
この短時間で出来てしまうあたり、流石だなと感心してしまった。
「天ぷらサクサク~!」
野乃花ちゃんが美味しそうに天ぷらを食べている。
結構な量を食べるのだが、まったく太らないタイプらしい。
澪も太らないのだが、ここにいない真琴さんだけは気にしているらしい。
どう見ても太っているわけではないし、普段から動いている人なのだが、気になるものは気になるそうだ。
静流はゆっくり味わうように食べている。
こちらもいつも通りだなという感じだ。和服を着せると絵になるだろうなと思う。
澪についても、思ったより箸の進みがいいようだ。
珍しいメニューだったが、好みに合ったのだろう。
自分も蕎麦は好きなので、美味い蕎麦が食べられて満足だった。
「境さん、少し食べてみますか?」
「ああ、いいか?」
「はい、どうぞ。」
自分の視線に気が付いたのだろう、目新しくて少し気になるメニューだったので、味見させてもらうことにした。
澪の箸から、そのまま一口食べさせてもらう形になった。
こういったシーンに思うところがあるのか、心なしか澪が嬉しそうにしているように見えた。
「思ったより、しっかりと美味いな。」
「でしょう?また来たら頼みたいですね。」
そんな他愛もない会話をしているうちに、それぞれに頼んだものを食べ終わっていた。
「ごちそうさまでした。」
澪がお婆ちゃんと談笑しながらお会計を済ませてしまう。
大学生の男女ともなると、男性が支払いを済ませたほうがスマートに思われるようだが、自分たちは違った。
気が付いたメンバーが支払いを済ませてしまうのが通例となっており、そこにこだわりを持たないようにしている。
今回のケースだと、澪がお婆ちゃんと話をしたかったというのもあって、先にお会計に行ったのだろう。
少しの間、澪とお婆ちゃんが世間話に興じていたので、その間にお茶をもう一杯いただいて、落ち着いていた。
食事を済ませて、ガラスの里に向けて再出発する。
十数分もあれば到着するので、途中で寄り道などはせずに直接向かうことにした。
もう少し時間がかかるようであればコーヒーだけでもコンビニでとなるだろうが、ここまで短いとその必要もない。
そんなことを考えている間に、ガラスの里に到着した。
ガラス工芸の美術館と体験コーナーがあるので、スノードームの体験に先に向かう。
美術館の展示もあるようなので、また、ゆっくり見る時間を作ってきてみるのもいいかなと思った。
体験コーナーのほうで、スノードームの体験をさせてもらう。
自分も静流も比較的手先は器用なはずなのだが、女性のようなセンスがないため、澪や野乃花ちゃんの作品より見劣りしてしまう。
野乃花ちゃんの独創的ながらかわいさがあるタイプと、全体的にまとまった美しさのある澪のタイプ。
それぞれに特徴が出るなと思いながら、作成の様子を見ていた。
「境、それは何なんだい…?」
「…冬の港をイメージしたんだが…。」
「そうか、芸術だな…。」
言いたいことは分かる。
こういったセンスが全然ダメな自分は、ほかの知り合いに見られても同じような反応をされてきている。
かくいう静流も、スノードームというよりは、建築模型のようになっていた。
この辺りは、自分たちよりも女性陣や陽向が上手なんだろうなと、静流と顔を見合わせてため息をついてしまった。
約二時間ほどの体験の結果、謎の港を作った自分と、建築模型のようなものを作った静流とは対照的に女性陣はファンシーでかわいいものを作っていた。
二人は、冬の民家をイメージしたようなものと、クリスマスをイメージしたようなものが完成している。
何も知らずに見せると、まるで商品のように思われるだろう。
こういったセンスの部分については、ほかのメンバー全員をうらやましいと普段から思っている部分だ。
「かわいくできました。」
「イメージ通りできたよ~。」
二人とも力作なのか、見てほしいという感じで作ったものを持ってくる。
確かに力作だなと思い、大事に扱うようにしようという話をした。
スタッフさんにお願いし、箱と緩衝材をもらい、持って帰る準備をする。
作った作品を持って帰るように整理すると、その足でショップのほうに向かう。
「ガラスのアクセサリーってきれいですね。」
「ああ、そうだな。いくらか買っていくか?」
「あ、いえ、それも気になるんですが、事務所用にグラスも買っておきたいなと思っていて…。」
「わかった、任せるので、選んでもらえるか?」
澪がアクセサリを気にしているので、いくつかピックアップさせて買っていこうと思った。
普段は色々もらうことのほうが多いので、こんな時くらいはという感じだ。
それと同時に、事務所で使うためのガラス食器類もピックアップしてもらった。
一通り、品物を購入してから、それをもって車に戻る。
スノードームが一番壊れてほしくないのもあり、それだけはサードシートに乗せておき、ほかのお土産はラゲッジに積み込んでおいた。
「境、ちょっと美術館のほうに行っておきたいから、先にそっちからお願いできるかな。」
「ああ、分かった。」
先ほど来た道を戻るような感じになるが、片倉館に隣接する美術館のほうに向かった。
美術館までの距離は大したことはないのだが、到着したころには十六時を回っていた。
美術館のほうは十七時には閉館するため、少し駆け足気味に静流が美術館に向かう。
思ったより色々な展示物があり、静流はその美術品をまじまじと見つめていた。
昔から芸術作品は好きなほうなので、興味深そうに色々と見て回っている。
閉館時間が近づいてくると、やはりそちらが気になって集中できないようだった。
「折角だから色々見たいんだけど、また、時間を取ってリベンジしよう。」
少し残念そうな静流だったが、この後の片倉館も気になっているらしく、美術館を後にして片倉館に向かった。
片倉館では、千人風呂というのがあるらしいので、こちらは自分も気になっていた。
建物の前まで来て、改めて見てみると近代化の香りというのは、こういうことかと感じさせられる。
明治から昭和にかけての世の中の流れが、この建物には詰まっているように思えていた。
早速だが、まずは千人風呂のほうに向かう。
近頃のスーパー銭湯や温泉施設に比べると、そこまで大きい感じはしないが、それでも社交場の名残を感じることはできた。
浴槽も思ったより深く、最初は少し驚いてしまう。
「俺もそうだけど、境も銭湯好きだよね。」
「俺たち三人は皆そうだよな。最近は新設の施設が減っていて少し寂しいけども。」
お約束のように頭にタオルを乗せる形で浴槽で温まる。
自分は髪が長いので、ヘアゴムでまとめて上げてしまう。
静流も少し浴槽に入るくらいの長さだったので、タオルでまとめて浴槽に入らないようにしていた。
「ここは、浴槽が思いのほか深いんだね。」
「そうだよな、最初は少し驚いてしまった…。」
慣れればどうということはないのだが、一番最初は思ったより深いことに驚いてしまう人は多いだろう。
「座るところがあるからいいが、立ったままだと少し落ち着かないな…。」
「そうだね。」
二人で腰を掛けるところを探して、一度座って落ち着いてしまう。
話をしようにも、湯の中で立った状態でとなると、自分は少し抵抗が出てしまう。
二人で浴槽の端のほうで腰を掛けると、二人で今日の出来事を振り返る。
久々にオフで、観光を楽しめた気がした。
午前中は調べものとかもあったのだが、午後からは完全に趣味の世界だった。
久々の雑談の後は、館内で女性陣と合流し、お土産コーナーに寄って、今回来ていない陽向や真琴さんへのお土産を仕入れておいた。
「さあ、今日も帰って上映会にしようか。」
静流の提案通り、別荘のほうに戻り、食事を摂った。
その後で、残っている映画の上映会を始める。
こんなことをしているなら、こちらの別荘にだけでもホームシアターの良いやつを入れておこうと思った。
—— 神も怪異もない一日。それは思っていた以上に、自分たちを休ませてくれたようだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、タイトルの通り四人が純粋に観光を楽しむ一日となりました。
蕎麦屋では、それぞれの好みが出る注文に。
ガラスの里では、作品の出来にも性格がはっきり表れています。
冬の港を作った境。
建築模型のようになった静流。
全体を綺麗にまとめた澪。
感覚だけでかわいいものを完成させた野乃花。
手先の器用さと、デザインセンスは別物なのかもしれません。
片倉館では、美術館を十分に見られなかった静流が再訪を誓い、千人風呂では境と静流が久しぶりの雑談を楽しみました。
大きな事件は何も起こりませんでしたが、こうした時間も、次へ進むためには必要なのだと思います。
次回からは、再び神々と縁の深い場所へ向かう予定です。




