由来
諏訪の歴史に触れた次は、その土地に受け継がれてきた信仰へ。
今回は八剱神社を訪れ、御神渡神事の由来について話を伺います。
神話と自然。
その二つが重なり合う理由を、四人なりに理解していくお話です。
高島城で、静流が色々と考え、感じることができたので、次に八剱神社に行くことにした。
高島城は、その成り立ちから人々の生活を見守ってきたという側面を感じることができた。
対して、八剱神社は建御名方神と八坂刀売神に関係する神事がある。
有名な神事ではあるのだが、詳しい話を聞いたことはなかったので、一度神社のほうに行ってみることにした。
昨日のうちに、神社に伺うことを連絡してみたところ、少し話をする時間をいただけることになった。
高島城を後にして、八剱神社に向かう。
とはいっても、大して離れていないので、すぐに着いてしまう。
歩いてもいけないことはないのだが、後のことを考えて、車で移動しておくことにした。
八剱神社に到着して、まずは普通に参拝することにする。
奉られているのは大国主命、日本武尊、誉田別尊の三神となっている。
だが、祭事に謂われているのは建御名方神と八坂刀売神の話とのことだ。
このあたりの難しい話はよく分からないのだが、一度に色々な神様の話を聞けるのだから、ありがたいと思っておくことにした。
「ここの神事は、建御名方神が八坂刀売神に会いに行ったというお話なんですよね。」
澪が何気なくつぶやく。
その行動や伝説にロマンを感じるものがあるのだろう。
言われてみれば確かにロマンを感じるようなイベントだと思うし、その神事が長く続いていることもすごいと思う。
ただ、先日建御名方神と話した感じでは、そういったロマンだけで片付けにくいものがあった。
「そうだな、その建御名方神が移動した跡を見て、吉凶の判断をしたりするらしいな。」
「移動した跡って言われているところが、氷がせり上がったりしている、不思議な現象なのが良いよね。」
「そういうものなのか?」
「そういうものだよ。特に女子にとってはね。」
静流になんとなく説得されてしまった。
昔から、そういった異性の感情の機微には非常に疎いので、こういった時の静流様といった感じである。
静流は情報を積み重ねて、理論的なアプローチが多い、典型的な男性タイプだと思う。
だが、こういった異性の機微に聡いところが、女子から慕われる理由なのだろうと思う。
大学になってからは分からないが、以前は非公式のファンクラブが存在したとか。
普通にお参りをして、宮司さんの所に伺う。
事前に話をしていたからか、宮司さんは快く迎え入れてくれた。
「諏訪の色々なところを巡っているとお聞きしましたよ。」
宮司さんが挨拶代わりに軽く質問してくる。
どういった話を聞いているのかはわからないが、自分たちのことを説明した記憶はなかったので不思議だった。
その不思議な気持ちが顔に出てしまっていたのだろう、宮司さんから説明される。
「神代さんのお爺さんから、少しばかりお話を伺ったのですよ。」
なるほど、祖父であれば、そういった事前の根回しを勝手にやっている可能性はある。
というか、祖父が自分たちの行動を知っているのであれば、事前にあれこれテコ入れはされているだろう。
「うちの爺さんですか…、ご迷惑をおかけしていませんか?」
「いえ、色々と面白いお話を聞かせていただいていますよ。」
少し思い出したのだろう、楽しそうな表情で小さく笑っていた。
祖父はふらっと旅に出ることが多いが、その分、色々なところで情報を仕入れてくる。
単純に土地ごとの伝奇などを聞いてくることもあるが、それよりは土地に住む人と仲良くなるのが得意なようだ。
比較的、人と仲良くなるのに時間がかかる自分としては、祖父と自分の血縁を疑いたくなることもある。
「先日、たまたまこちらに来られた時に、お孫さん…境さんのことをよろしくと頼まれましてね。」
流石の気遣いだなと思った。
自分が引っ越したり旅行に行ったりするときで、寺社仏閣を訪れる時は調整してくれていることが多いイメージがある。
そのあたりは昔から変わらない気質なんだろう。
今回もそのおかげで色々助かったわけなので、今後も続けてもらったほうが助かるなと内心思っていた。
「で、私に聞きたいことといえば御渡神事のお話ですかね?」
「はい、なんとなく伝承的なものは聞いたのですが、実際のところを教えていただきたくて。」
「なるほど、一般的に知られているところはご存じですよね?」
「ええ、諏訪湖の氷上に道のようなものができるという風に聞いています。」
「そうですね。その道が建御名方神が八坂刀売神を訪れた時に通った道といわれています。」
ここまでは事前に調べたとおりだ。
氏子の話や六百年近く続いている、由緒ある神事だというあたりまでは分かっている。
その氷上の道を見て、吉凶を占ったりということもあるのだが、実際に聞きたいのはそのあたりではなかった。
「気になっているのは、その道が、建御名方神が通ったとされている理由ですよね?」
「え、ええ、そうですね。」
穏やかな顔をして、鋭い質問をされたので少しどもってしまった。
そう、建御名方神と自然現象の紐づけ理由がわからなかった。
いつも上社から下社に道ができるというわけではないと思う。
なのに、なぜ建御名方神の伝説に紐づいたのか、そこが気になっていた。
「明確な答えはないのですが、諏訪全体が自然信仰的な色が強いことはご存じですか?」
「いえ、そうなんですか?」
「諏訪大社を含め、自然そのものをご神体とする部分が多い土地でもあるんですよ。」
そう言われて改めて考えてみると、確かに諏訪の信仰は自然そのものをご神体として考えることが多いようだ。
続けて宮司さんが説明する。
「なので、自然現象が先にありまして、そこに建御名方神の話が重なったという形といわれています。」
「そうか、順序が逆なんであれば、確かに、そう考えると辻褄が合いますね。」
自然現象が先にあって、それに合う話として建御名方神の話があったと。
その神話が重なることで、自然現象に説明を付け、祭事や祭礼、占いなどの方向に進んでいったのだろう。
それであれば納得がいく。
考え方としても、そのほうが自然だと思った。
「ありがとうございます、何となくですが、色々と整理できた気がします。」
「お力になれたようで何よりです。建御名方神も喜んでいただけると思いますよ。」
話がひと段落したところで、宮司さんが思うところを話し始めた。
「神話や伝承というものは、不思議なものでしてね。」
息を一つため、話を続ける。
「昔の人は、自然を見て神を感じました。今の人は神話を読んで自然を見る。」
言われてみればその通りな気がした。
宮司さんはまだ何か続けようとしている空気があったので、次の句を待つ。
「どちらも、私は間違っていないと思っています。」
宮司さんの立場では難しい話でもあると思う。
ただ、その意見を聞かせてもらえたのは自分たちにとっては大きな収穫になったと思った。
その後、宮司さんと色々と話をさせてもらった。
宮司さんからすると、今どきの若い人が、こういった伝奇や神事、祭事を調べたりというのが嬉しいらしい。
近年は色々と情報が発達しすぎて、こういったところに足を運ぶ人も減っていると嘆いていた。
その中で、自分たちみたいなタイプは歓迎すると言われた。
一通り、雑談も済ませて神社を後にする。
話をしている間、静流は静かに話を聞き、時折、気になったことだけ質問していた。
一方の女性陣については、奥にいらっしゃった奥様と話をしていたそうだ。
立場柄、野菜をおいしく食べるコツをたくさん知っていたそうで、色々とメモに書き込んだそうだ。
それにしても、先日の建御名方神は、八坂刀売神とべったりという感じではなかった。
むしろ、お互いを信用していて、相手が話したい相手がいるならば、それを優先させようとしている空気があった。
伝説だけを見ると、情熱的な神様に見えるが、実際にはそうでもなかったので、自分の中で少しおかしくなって吹き出してしまった。
横で見ていた静流が一瞬驚いていたが、今までの付き合いもあり、彼の中で昇華されたようだった。
「静流くん、境くん、お昼にしようよ~。」
野乃花ちゃんが空腹を訴えてきたところで、緊張もほぐれたので、近くのお店でお昼を摂ることにした。
そのあとは、澪と野乃花ちゃんのリクエスト、ガラスの里に向かうことになっている。
何やら体験学習もさせてもらえるようで、二人とも楽しみすぎてそわそわし始めていた。
楽しそうな二人の気分を、そのまま高く維持したいなと、改めて感じていた。
—— ようやく見えてきた諏訪、人や時間、出来事だけでなく、この先のことも少し考えようと、そう感じていた。
今回は八剱神社で御神渡神事について学ぶ回となりました。
実際に諏訪へ行くと、「御神渡り」という言葉はよく耳にしますが、その由来まで詳しく知る機会は意外と少ないように感じます。
自然現象が先にあり、そこへ神話が重なっていく。
そうした信仰の積み重ねが、今もなお受け継がれていることに、日本らしい文化の面白さを感じました。
次回は少し空気を変えて、ガラスの里へ向かいます。




