調度
別荘での三日目。
買い揃えた家具を運び込み、倉庫を整理し、長らく使われていなかった浴場も綺麗にしていく。
神々や過去の話から少しだけ離れて、今回は自分たちが過ごす場所を整える一日です。
別荘のほうに戻ってみると、澪と野乃花ちゃんは、まだ戻っていなかったのでスチールラックを設置することにした。
バラバラの部品のまま段ボールに梱包されているスチールラックを静流と二人で運び込む。
静流の見立て通り、部屋のサイズにピタリとはまり込むようになっていた。
「先に測っていったのか?」
「いや、目測だけど、ちょうどいいサイズになってよかったよ。」
この辺りは、普段から父親である修さんの仕事を手伝っているからか、目測でも大体のサイズを当てて見せる。
今回のスチールラックも、壁などの雰囲気を崩さないようにデザインまできちんと考えて選ばれていた。
そこに重い荷物を順々に積んでいく。
先ほど購入した電動工具もこちらに置いておき、バッテリーだけは充電に回しておいた。
倉庫のほうがある程度整理できて来たので、リビングにある、ほこりを被った調度品なども倉庫に運び込む。
新しく購入したソファなどの家具類を配置するべき所への動線を確保しながら整理を進めた。
そんなことをしていると、澪と野乃花ちゃんが帰宅する。
澪の片手には買い物袋があったので、ふと視線を向けてみる。
「コーヒー豆も仕入れてきましたよ。」
このあたりの気遣いは、さすが澪だと言っていいと思う。
コーヒー豆の選定も自分の好みをよく知っているので、外すことはなかった。
ミルについては、景一さんの趣味と思われるホイール式のミルがあった。
自分の感性にも非常に響いたので、澪に聞いて後で事務所用にも買おうと思っている。
アンティークだと入手困難かもしれないのが悩ましいところだ。
「ひとまず、先に運びたいものは運んだから、いったん休憩しようか。」
静流が倉庫から戻ってきて、休憩の合図を出す。
澪が近くにあったエプロンを身に着けて、コーヒー豆を挽き始める。
それぞれにテーブルを拭いたり、菓子用の皿を出したりとティータイムの準備を始めた。
しばらくしてコーヒーを淹れ、四人ともテーブルに着く。
先ほど買っておいた菓子を皿にあけ、少しずつつまみ始めた。
「近くのカフェってどうだった?」
「コーヒーだけじゃなくて、紅茶も素敵だったんで、静流さんも楽しめると思いますよ。」
「女の子っぽいお店じゃなかったよ~、普通におしゃれなカフェだった!」
二人とも気に入ったようで、にこやかにお店の雰囲気を話してくれた。
買ってきてくれた豆もオリジナルブレンドらしいのだが、非常にバランスが良かった。
そのあたりを考えても、当たりの店だったのだろう。
「そういえば、昨日の一件以降、体調に変わりはないか?」
「俺は昨日話した通り、色々と考えるところはあるけど、体調には影響ないよ。」
先日の建御名方神との会話後、多少ではあるが普段よりも疲れを感じていた。
何かができなくなるようなものではないが、体に負荷がかかった時のような疲れ方だ。
ああいった空間で、それも、それほど慣れていない日本酒を呑んだのが悪かったのだろうか。
静流は色々と伝えられたことで考えることはあっても、体調には何も出ていないらしい。
野乃花ちゃんは“?”といった表情を浮かべていることからも、特に問題ないのだろう。
澪だけは少し考えてから言葉に出した。
「疲れではないんですが、少し体が重い気がします…。」
「ん-?どういうこと?」
「低気圧の時に感じる重苦しい感じというか…」
なるほど、そういわれてみれば自分が感じている疲れもそれに近いかもしれない。
急な大雨の時や雷雨が広がっているときに感じるものと近いと言われれば、そうだと思った。
「なるほど、俺も疲れが残る感じがしているが、言われてみれば低気圧か…。」
「境は建御名方神と吞み交わしたから仕方ない気もするね。澪ちゃんのほうは…?」
「澪ちゃんは、こういうのに影響されやすいんだと思うよー。」
野乃花ちゃんがいつも通り、という感じで合図をする。
言われてみれば、確かに陽向の仕事に同行したときなどはアテられるような感じになっているのを見ることが多い。
それと同じ類と言われれば、同じ様子にも見えた。
「澪は大丈夫なのか?」
「はい、少しだるいくらいですので、今日一日ゆっくりすれば大丈夫かと。」
「そうか、そもそも今日は部屋の整理くらいしか考えてなかったから、ちょうどいいな。」
幸い、大型家具については店のほうから搬入してもらえるようになっているので、そこに労力は必要ない。
今回の滞在期間が長いこともあり、急いで作業をする必要もないなということで、家具搬入後はくつろぐことにした。
コーヒーのお代わりをしていると、家具が到着したという連絡が入った。
ノックが聞こえたので、ドアを開けて家具の設置をお願いする。
流石プロというべきか、たった二人でサクサクと家具の設置を進めていく。
ものの十分程度で、購入した家具をすべて運び込んでいた。
ソファにダイニングテーブル、いすに至るまで別荘のデザインに合わせたものに刷新される。
一通りの家具が配置されて、全体を見回してみると、思った通りの雰囲気の別荘が出来上がっていた。
ここまでそろってきたら、やはり浴場は使えるようにしなければと思い、全員で浴場の清掃に向かう。
野乃花ちゃんがいつの間にかアメニティをそろえていて、浴場に備えておくようにケースまで購入していたことに、この時気が付いた。
「さて、自分と静流でブラシかけるか。」
「了解、浴槽の底は自分がやっておくから、洗い場とかの床はお願いできる?」
「わかった。細かいところは澪と野乃花ちゃんに任せる。」
「わかりました。」
そういってそれぞれに掃除を始める。
岩風呂のようなデザインにしたかったのだろう、大きめの岩を積んだ浴槽や、割肌仕上げの壁など非常に凝っている。
広さにしても、大きなリビングくらいの広さがあり、極端な話、四人同時に入っても問題ないだろう。
流石に、男女混浴でという勇気はないのだが。
そういった造りなので、デッキブラシなどで磨いていくと、いい感じに艶が出て満足感がある。
静流と二人、黙々と、にこにこしながらブラシをかけていった。
澪についてはシャワーや洗い場の鏡などを念入りに掃除している。
野乃花ちゃんが洗い終わったところにアメニティを配置して、浴場としての形がはっきりしてくる。
浴場だけを見ると、温泉旅館といっても違和感がないのではないかと思った。
一通り磨き終わったので、洗い流して休憩する。
休憩のついでに、先日行った上社と対になる、下社について、どうするか相談しておくことにした。
「明日、下社のほうにも行ってみようかと思うが、どうだろうか?」
「いや、少し街のほうも歩いてみたいんだ。」
あっさりと意見が通るとばかり思っていたので、静流の反対に少し面食らってしまった。
街のほうも歩きたいということなので、どこか行きたいところがあるということだろうか。
「昨日、色々と重い話だったから、今の諏訪って街がどういうものか、見ておきたいんだよ。」
なるほど、歴史の重みだけではなく、その結果としての今を見ておきたいことかと納得した。
静流の性格から考えると、行動に対しては結果が伴い、その結果が何かを知っておきたいという結論に達したのだろう。
そういうことであれば、自分も賛成だ。
静流の意見を採って、街を歩いてみようということにした。
「なるほど、じゃあ、明日は諏訪の街を巡ってみようか。」
そう決まると、後は体を休めて寝るだけだということになり、さっそく浴場を使うことになった。
自分たちできれいにしたというのもあり、この浴場を使うのはまた格別だった。
夕食については、澪が簡単なものを作ってくれたので、さっそくダイニングテーブルで食事を摂った。
その後、静流が持ってきた映画のストックを消化しながら、夜は更けていった。
—— 神との対話の余韻、そして新しい出会いの準備、少しずつ次に進み始めていた。
別荘の整理もひと段落。
家具を揃え、浴場まで使えるようになると、ようやく「借りている別荘」から「自分たちの拠点」らしくなってきました。
一方、前日の出来事は境や澪の身体にも少なからず影響を残している様子。
そして次に向かうのは下社……ではなく、まずは現在の諏訪の街。
過去を知ったからこそ、その先にある「今」を見てみることになりそうです。




