設営
今回は第92話『設営』です。
神様との対話を終えた翌日、境と静流は別荘に必要な家具や工具を探しに出かけます。
一方、澪と野乃花は掃除を進めながら、それぞれの時間を過ごすことに。
少しずつ「借りた別荘」が「自分たちの居場所」へと変わっていく、そんな穏やかな一話となっています。
それでは、お楽しみください。
静流と買い出しに向かう中、少し気になったことがあったので聞いてみることにした。
「今回、野乃花ちゃんの鋭さに驚かされたんだが、いつもあんな感じだったか?」
きょとんとして、何を言っているのかといった感じで静流がこっちを見てくる。
少しして、自分の中で納得できたのか、何か思い当たったかのような表情で答えた。
「ああ、みんなといる時はなかったと思うけど、二人で行動したりすると時々あるんだよ。」
「そうなのか、事前に知らないと驚くな。」
「だろうね。驚いてる境を見るのも面白いけどね。」
そう言って面白そうに笑って見せる。
確かに、あまり驚かない方だと思うし、感情表現があまりはっきりしないと言われたこともある。
それでも、静流や陽向は、自分が慌てたりするところを見ているほうではあると思うのだが、それでも珍しかったようだ。
自分にしてみると、今回の野乃花ちゃんの行動や言動のほうが珍しいと思うのだが。
「それはそうと、あの別荘、よく貸してもらえたね。」
「ああ、かなり放置しているから整理しておいて欲しいという話だけどな。」
「それにしてもだよ。」
確かに言う通りではある。
色々な事情を勘案しなければ、どんな太っ腹なオーナーだろうという話になるほうが自然だ。
だが、静流は裏事情を知っているはずなので、面白がっているだけなのではないかと思われる。
「外堀を埋めに来られてるって、分かってて言っていないか?」
「まぁ、外堀埋めに来てるのもあるだろうけど、それにしてもポンとカギを渡して来るのはよっぽどだよ。」
少しにやけた感じがみられるところを見ると、面白半分、本気で思っているの半分といったところだろう。
ほどなくして、買い出し先の店に到着する。
出発前に倉庫を確認したが、電動工具の類は置いていなかったので、そちらも調達しておくことにした。
さすがにエアツールというわけにはいかないが、バッテリー式の電動工具くらいはないと辛そうだ。
本来の目的は、荷物を整理するための棚かラックを探すのが目的なのだが、それを組み立てるのに工具が必要だろうという話になった。
二人連れだって、しばらく店舗内を見て回る。
電動工具についてはすぐに見つかったのだが、肝心の棚のほうが思ったようなものが見つからない。
倉庫用に使う金属製の棚についてはすぐに見つかったのだが、リビングや各部屋で使用するようなものが見つからないのだ。
いっそのこと、木材だけ購入して作ってやろうかとも思ったが、さすがにそこまでの余裕はないだろうという話になる。
結論としては、倉庫用に使うスチールラックだけはここで買って、各部屋に使うものは別に探そうという話になった。
「静流、部屋に合わせるセンスの部分は丸任せでいいか?」
「ああ、かまわないよ。境は、そういったのは苦手だったもんね。」
まったく、仰る通りである。
機能性や、目的別に選定することについては得意なのだが、デザインセンスは壊滅的と言わざるを得ない。
事務所のインテリアについては、古い探偵ドラマに影響されたものが多いが、それ以外の細かい部分は澪に任せている。
最終的に全体バランスを見て、静流にアドバイスをもらったりすることもあった。
そういった経験から、今回は全て静流に任せてしまおうと考えた。
「そういえば、事務所の整理とか掃除はきちんとやってるの?」
「ああ…澪がな…。」
静流が手をたたきながら大笑いする。
あまりにも想像通りだったらしい。
そういわれるだろうとは思っていたが、そこまで笑わなくてもと思ってしまう自分と、ちゃんと笑いに変えられたと安堵する自分がいた。
自分でも整理しないわけではないが、澪が大の掃除や整理整頓好きなので、思い立つ前に全て片付いていることがほとんどだ。
「ということは、澪ちゃんの要望がメインだろうから、掃除のしやすさ重視でいいね?」
「ああ、それでいいと思う、あとのセンスは静流のセンスで澪も納得すると思う。」
「ってことは、リサイクルショップとかで年季の入ったのを探したほうがよさそうだね。」
そう言って、静流がスマホで何やら確認し始める。
どうやら近くにあるリサイクルショップを探しているようだ。
何件か探している中に、思ったようなものが見つかったようで、ナビのほうに色々と入力し始める。
最新のナビなので、画面も大きくて入力もしやすそうだ。
「結構いい感じに、古めの家具を扱ってるところがあったからそこで調達しようか。」
ナビに入力された目的地がそれらしく、思ったデザインの家具が置いているようだ。
少し離れてはいたが、許容範囲なのでその店に向かってみる。
普段走りなれた道路ではないので、地方ごとにある運転のお作法に気を付けながら店舗に向かった。
店舗に到着すると、早速、静流が年季の入った家具を見定める。
両親の影響なのだろうか、年齢を考えると審美眼は大したものだと思う。
最近の若者にありがちな、コンパクトで機能性の高いものよりも、無駄を生かしているものが良いというのが静流の言い分だ。
それを聞いたとき、静流は日本人離れしたスタイルの持ち主ではあるが、根っからの日本人なんだなと思ったものだ。
「境、思ったのはあったんだけど、予算的に大丈夫?」
静流がチェックした家具類を確認してみる。
棚やテーブル、小物置きなど、別荘で必要になりそうな家具を一通り選んでいた。
トータルの金額だと六桁中盤に差し掛かるくらいになっている。
自分で払えなくはない額ではあるが、念のため澪経由で景一さんに確認してもらうことにした。
「あ、境さん、どうされましたか?」
「いや、静流と家具を見に来たんだが、金額が六桁中盤くらいになってしまって、景一さんに確認してもらおうかと。」
「大丈夫ですよ、それくらいであれば全然大丈夫です。後で教えてもらえば大丈夫なので、買ってきてもらえますか?」
「お、おう、分かった。それじゃあ、一式揃えて帰る。」
「お願いします。」
掃除をしながらだったのだろう、割と簡素な会話で終わった。
それも、確認さえ必要なという、想像の斜め上をいく回答だった。
そのままの内容を静流に伝え、購入の手続きを進めてもらう。
流石に、この数だとミニバンに積むのは難しいなと考えていたのだが、店のほうがトラックでそのまま運んでくれるということだ。
一度にこれほどの量を購入するのは珍しいのだろう、店長らしき人が非常に驚いていた。
住所を伝えると、今日中に運んでもらえるということだったので、静流と二人で昼食を摂ってから帰ることにした。
澪と野乃花ちゃんにもメッセージで連絡しておく。
ちょうど二人も近くのカフェまで行こうと思っていたらしく、それぞれに昼食を摂ることになった。
静流と二人、近くにあった蕎麦屋を見つけて入っていく。
個人経営なのだろう、そこそこ広いが、独特の雰囲気があって落ち着く店だった。
二人して、暖かい蕎麦を注文する。
やはり、地元と比べると、こちらは避暑地らしい涼しさがある。
おそらくは、そのせいで暖かいものを食べたくなったのだろう。
「さっきの家具類、どこに配置するかは、もう決まってるんだよな?」
「ああ、だけど、あの金額がさらっと通るもんなんだね…。」
「それは俺もびっくりした…。」
二人してしばらく黙り込んでしまった。
大学生という立場柄、そこまで経済的に余裕があるわけではないと思う。
家庭的に余裕があっても、個人としてそこまでの裁量があるというのに驚いたというのが実際のところだ。
澪の家庭に余裕があるのはわかっているが、確認もせずにOKといえるのが、なんといっていいかという感じだ。
今乗ってきたミニバンの件についてもそうだが、色々と心配になってしまう。
「だけど、これで一通りいい感じの別荘のデザインができると思うよ。」
「ああ、その写真を景一さんに送れば、色々と満足してもらえるだろ。」
お互い、どことなく、不安になってしまっている部分があるのだろう。
持ち主に、ここまでできたという結果を送っておくことで、ひとまずの安心材料としようと考えていた。
「境、最近の澪ちゃんは大丈夫?」
「どういうことだ?」
「いや、前に色々と不安定になってたことがあったからさ。」
「ああ、そのあたりは、もう大丈夫だ。」
静流や陽向は結構長い付き合いになる。
その関係で、澪の姉についても知っているのだ。
それで、澪が不安定になってしまっていたことも知っている。
最近は安定しているが、先日のミニバンの件に今日の件を考えると、心配になってしまったのだろう。
「むしろ、俺のほうが外堀を埋められすぎて、ソワソワしてきているくらいだ。」
「ならよかったよ。」
静流が面白そうに笑う。
外堀を埋めてくる澪とその両親というのがよくわかっているのだろう。
そして、静流にとって、それは歓迎する状況のようだった。
おそらくだが、陽向も、真琴さんも同じ感覚だろうと思う。
言わずもがな、野乃花ちゃんも同じ意見であることは間違いない。
「さて、そろそろ帰って、倉庫の整理から始めようか。」
二人とも食事を終えて、一息ついたところで別荘のほうに戻ることにした。
澪と野乃花ちゃんもカフェに行っているはずなので、その間にスチールラックを運び込んでおくことにした。
一言、ラックを組むのでゆっくり帰ってきてもらうようにメッセージを送っておく。
念のため、近くのスーパーで菓子の類も買って帰ることになった。
まだ、日は高いうちに別荘に戻ることができそうで、少し安心していた。
—— 購入した家具は、ただ部屋を埋めるためのものではない。
—— 少しずつ、この別荘を『自分たちの居場所』へ変えていくための、大切な一歩だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回はタイトルの通り、「設営」がテーマのお話でした。
家具や工具を選ぶだけのように見えて、それぞれの価値観や役割が自然と表れる回になったと思います。
機能性を重視する境。
空間全体の雰囲気を考える静流。
掃除や整理整頓を第一に考える澪。
そして、その場を明るく彩る野乃花。
四人それぞれの個性が重なって、少しずつ別荘が「四人の場所」へと変わっていきます。
また、景一の豪快さ(?)や、澪一家の「外堀を埋める」勢いに、境が少しずつ振り回され始めている様子も描いてみました。
本人もようやく、自分が囲まれつつあることを自覚し始めたようです。
次回からはいよいよ、運び込まれた家具を配置し、本格的に別荘の整理が始まります。
少しずつ完成していく別荘の様子も楽しんでいただければ嬉しいです。
それでは、また次回もよろしくお願いいたします。




