支度
今回は、少し穏やかな日常回です。
昨日までの出来事を振り返りながら、それぞれが新しい一日を迎えます。
別荘の整理も始まり、少しずつ「日常」が形になっていくお話です。
翌朝、目を覚ましてみると自分だけがリビングのソファで寝こけていた。
某探偵ものの映画が面白く、自分も同業者であることを忘れて見入っていたようだ。
普段から事務所のソファで寝てしまうことが多いので、ここまで来ても同じだなと我ながら呆れてしまう。
まだ少し眠い体を起こし、冷蔵庫に入れてあったペットボトルのコーヒーを飲む。
一息ついたところで別荘の中を見ると、やることが沢山あるなと、少しだけげんなりしてしまった。
昨日の映画が終わり、動画の選択画面に戻っていたので、ケーブルテレビに切り替える。
無難に釣り番組のチャンネルを選択していると、静流が起きてきた。
「おはよう、境。」
「ああ、おはよう。」
「やっぱり、映画を見ながら寝ちゃったのかい?」
「そうらしい。起きたらソファだった。」
相変わらず寝起きは良いようで、朝一からしっかりした受け答えになる。
いつの間に場所を覚えたのか、キッチンでケトルを取り出して湯を沸かし始めた。
夏とはいえ、この辺りは涼しいからか、朝一は暖かいものにしたらしい。
大学でも、朝はいつも暖かいものを頼むあたり、そういう習慣なのかも知れない。
湯が沸くと、ティーバックで紅茶を作ってテレビの前のテーブルについた。
「昨日は激動だったね。」
「ああ、ちょっと整理しないと、頭が追い付かなくなりそうだ。」
「丁度いいから、このまま少し整理しようか。」
大きく分けると二つの出来事があった。
まずは、静流が榊の先祖がやってきた観測の内容を引き継いだこと。
おそらくは全世代ではないだろう。
諏訪で役目についていた榊のうち、建御名方神が重要と考えた人選だと思う。
「この辺りに住んでいたご先祖様は、地域の栄枯盛衰を目の当たりにしてきたんだなと思う。」
「そうだな、それが裏にも表にもある事実を継承していったんだろう。」
「継承したのは観測結果だけじゃなくて、その観測に伴う事実とそれに対する思いや責任なんだと思う。」
静流は少し遠い目をしていた。
色々と聞いたことを反芻し、自分の中で昇華していっているのだろう。
そうすることで、いつもの静流らしい、分析や考察が整っていくのだと思う。
「観測は事実を記録するのと変わらないものだと思っていたんだ。」
「…違ったか?」
「うん、そうだね…、その事実をどうとらえるかも継承するのが、榊家にとっての観測なんじゃないかなと、今なら思えるよ。」
歴代の榊と言葉を交わすことで、静流の中にあった“観測”そのものの意味が少し変わったのだろうと思う。
何か、少しだけ、人柄が一回り大きく成長したように感じた。
その事実を、今度はどう扱うか、静流にとってはそちらのほうが難しい部分なのだろう。
「あとは、悪意を持つもの、悪人と呼ばれるモノが昔から現れていたみたいだね。」
「前に静流の別荘に行った時の話か?」
「そう、俺は境や陽向みたいに敏感に感じることはできないけど、それでも何か違和感はあったからね。」
「だけど、過去の榊は感じて、阻止することさえあったと。」
そう、過去の榊がその悪意を止めることもあったという。
今の静流は、心霊現象などの非科学的な部分については、まったく認識できないタイプだ。
自然科学などで説明されるようなものについては例外だが、基本的には心霊というものを感じることができない。
そういった特性なので、陽向のようにオカルト部分に真正面から乗り込むというよりは、分析して何かをつかんで説明するのが本筋だと思う。
だが、先日の一件から、真正面から向かい合うという覚悟を決めたようだった。
「境のほうは、前の大阪の時と同じような感じだった?」
「少し違う感じだな。龍神の時はこちらに興味を持って観察しようとしている感じだったが、建御名方神は違ったな。」
「どう違ったんだ?龍神のほうは、自分で見ていないからわからないんだ。」
「龍神は、興味が先に来ている感じで、建御名方神は、こちらに謎を投げかけて次の行動を促す感じ…だと思う。」
あまり自身はなかったが、旅をしろということは、次に行動を移せということだろう。
ここに来た意味は大きいとは思うが、自分が何者か、そこについては課題を残したままだった。
「とりあえず、新しい行き先を検討しないとね。」
「そうだな。」
そんな話をしながら、お互いにコーヒーや紅茶を飲んでいると、女性陣が起きてきた。
澪は少し寝ぼけているのか、寝室から枕を抱えてきてしまっている。
もう一方の野乃花ちゃんに至っては、Tシャツの襟元が広くなっている。
おそらくは襟元が広いほうが呼吸がしやすい気がするなどで、なんとなく楽な気がするのだろう。
そのせいで、襟元は胸元が覗いてしまいそうなほど伸びていた。さらに、夏用の部屋着なのだろうか、半ズボンのままだった。
そのあたり、野乃花ちゃんらしいなと思ってしまうのだが、静流が少しバツが悪そうにしているのがおかしかった。
「野乃花ちゃん、もうちょっと澪ちゃんみたいな服にしない…?」
「えー、こっちのほうが楽でいいんだよ~。」
静流の訴えは、一瞬にして却下されてしまった。
目のやり場に困っているのだろうか、少し落ち着かないような様子が見て取れた。
そんなことをしているうちに、朝の情報番組が終わろうとしている。
そろそろ、別荘の片づけを始める必要があるだろう。
「さて、澪、掃除から始めようと思うけど、何か必要なものあるか?」
「えっと、各部屋にゴミ箱があったほうがいいと思うので、ゴミ箱とゴミ袋は必須ですね。」
「手袋とかは大丈夫か?」
「軍手なら持ってきているので大丈夫ですよ。着替えたら早速掃除機をかけますね。」
「頼む。俺は静流と買い出しに行ってくるよ。」
枕を持ってきてしまっていることには気づかず、普通に会話をして寝室に戻っていった。
寝室に入って行ってから、間の抜けた声が聞こえたあたり、本当に気づいていなかったのだと思う。
自分は静流と買い出しに行くことにした。
澪は掃除が得意なので、任せておいても問題はないと思う。
野乃花ちゃんには、ちょっとファンシーにはなるが、部屋の飾りつけなどを任せたい。こういったセンスは良いという印象だ。
澪もそういったセンスが悪いわけではないが、自分や静流に気を使いすぎて、十全にセンスを発揮できないことが多い。
掃除や飾りつけ以外の部分で、棚などで補修が必要な部分もあるだろうし、収納用の家具も少し買い足そうと思っている。
自分も苦手ではないが、こういった整理するときの効率については静流が適任だろう。
そういった経緯で、この人選で別荘の整理を行っていくことにした。
さあ、今日は一日、難しいことを考えずにやっていこうと思いながら、静流と一緒に買い出しに向かった。
—— 整理を任された別荘、それは男子にとっての秘密基地のようで、少し昂っていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、諏訪編の中でも特に穏やかな一話となりました。
神様との対話や受け継がれた想いは、一日で理解できるものではありません。
だからこそ、朝の紅茶やコーヒーを飲みながら振り返ったり、掃除や買い出しをしながら少しずつ自分の中へ落とし込んでいく時間も大切なのだと思います。
それぞれが得意なことを自然と分担して動いている姿を書いていると、この四人も随分息が合ってきたなと感じました。
ちなみに、澪の寝ぼけ具合と野乃花のマイペースさは通常運転です。
静流は今日も苦労人でした。
次回からは、少しずつ別荘での時間や、その先へ向かう準備を進めていきます。
引き続き、お付き合いいただければ嬉しいです。




