余温
今回は、神様との対話を終えた後のお話です。
少し肩の力を抜きつつ、それぞれが受け取ったものを整理する時間になりました。
上社の本宮までは遊歩道を使って来たので、前宮に戻るのは表通りを使って戻ることにした。
昼も過ぎて疲れていたので、参道にある茶屋に寄って行こうという話になった。
時期的にも心太があるらしいので、ちょっと食べておきたいというのも、茶屋に寄る理由の一つだ。
店舗の前にテーブルが置かれていたので、暑いながらも風情を重視して、そこを利用することにする。
全員が席に着くと、澪が率先して注文を取りに行ってくれた。
この辺りの気遣いは、澪が澪たる所以と言っていいだろう。
冷たいお茶と、アイスコーヒー、人数分の心太と、聞かずとも完璧な采配だった。
自分はお茶も飲みはするのだが、コーヒーの方が落ち着く。
静流はコーヒーも詳しいし、よく飲むのだが、紅茶の方が詳しかったりする。
ここで陽向は日本茶に詳しいという、三人でバランスが取れている不思議な関係だなと改めて思った。
流石に、茶屋で紅茶は扱っていなかったので、自分と静流はコーヒー、澪と野乃花ちゃんは日本茶となっている。
改めて、先ほどの出来事を思い出す。
しっかりと認められているという感じはある。
ただ、建御名方神としても、自分の事をどう扱うべきか悩んでいて、事実だけを伝えるという感じだった。
「境くんは、すごいよねー。神様とまっすぐお話しするんだもん。」
「え、いや、あれは向こうから来たから、向かい合えただけだぞ。」
「いや、境、それが普通だと思ってるのは、この中では自分だけだと思うよ。」
深く考えていなかった。
向こうから呑もうと言ってきた感じだったので、それに答えただけだった。
言葉遣いについても、らしさを出して話すようにと促されたので、それに従っただけだ。
求められたものに、素直に答えただけなんだが、静流にまで突っ込まれてしまった。
「私の父が、気軽に別荘を使わせるのも境さんくらいですよ…?」
澪にとどめを刺されるような感じがした。
冷静に考えると、澪の家族は大病院の経営者一族だ。
どこかで聞いたような名前の有名人も、丁寧に話しかけているイメージがある。
そんな中に、真っ黒な服装で、院長と直接会話するというのは異様な風景だろう。
「まぁ…、なるようになるだろ。」
「また、境らしいけども…。しかし、俺の方もご先祖様の話が聞けて良かったよ。」
「そう言えば、心霊関係とかは全然ダメじゃなかったか?」
「霊感はゼロってやつだね。今回は境がハブになったんじゃないかな?」
なるほど、自分が建御名方神から招かれる形だったから、それに影響される形で静流も招かれる形になった。
で、建御名方神としては、静流の…榊の家系をよく知っていたから、それを見て伝えることにしたのだろう。
そう考えると、先ほどのやり取りも納得できるものがある。
「結ちゃんもそうだけど、境くんって色々なところでそう言うことやってるんだと思うよ?」
「…どういうことだ?」
野乃花ちゃんが手元にあったパンフレットの裏側に絵図を描き始める。
自分を中心にして、澪を経由して神様とか、世界を構成する何かに干渉するという図。
陽向を媒介して、所謂心霊現象に接触するという図。
自分を中心にしているが、直接的に第三者に作用することは無いらしく、何か間に入るものがあるようだった。
「あまり絵は上手じゃないけど、イメージは分かってもらえるかなぁ?」
「自分は直接干渉できるが、干渉させるには間に何か必要ってことか?」
「そうだよー、今回だと静流君は仲良しだからできたんだと思う~。」
仲良しとは、また適当な表現をされているなと思ったが、それが彼女らしさだろう。
これだけ深い付き合いを続けていると、自分との縁を通して、相手も向こう側へ触れやすくなるということか。
「これからも大変だと思うけど、がんば!」
「境さん、お疲れの時は言って頂ければ…。」
野乃花ちゃんに茶化されてしまった感じになったのを見て、澪がフォローを入れる。
良くも悪くもバランスの取れたコンビだと言えるかと思う。
ただ、二人とも天然と言われるところが多々あるので、二人だけで買い物などに行かせることはしてはいけない。
「いや、いつも通りだから、その方が安心する…。」
「境のスルースキルは、世の中を生きにくい人たちに教えるべきだと思う時があるよ。」
そんな話をしながら、茶屋を後にし、前宮に停めている車の方に向かって行った。
車中で静流と会話していると、別荘の整理がちゃんと終わっていない間に上社の方に行ってしまったので、浴室が整理されてないことを思い出した。
使えなくはないだろうが、ここから帰ってから、掃除して、お湯を張って、としているときっと嫌になるだろうという話になった。
幸い、諏訪は温泉や入浴施設が豊富なので、別荘に戻る途中で温泉に寄って帰ろうという話になった。
着替えの問題はあるが、下着くらいであればコンビニでも調達できるだろうという話になった…のだが、そこに異を唱えたのは野乃花ちゃんだった。
「静流くん、二人はコンビニで大丈夫だけど、澪ちゃんと私は困るよ~。」
「あの、私の方はまだいいですけど、野乃花ちゃんはちょっと大変かなと…。」
なるほど、自分たちは下着と言っても下だけで済むが、女性はそうもいかないかと思った。
ただ、それを覆すのもまた野乃花ちゃんということになる。
「途中にファストファッションの店はあるみたいだよ。」
静流がスマホで調べると、某有名ファストファッション店が近くにあることが分かった。
野乃花ちゃんの納得するものがあるかは分からないが、少なくとも緊急的には何とかなるのではと思った。
当の野乃花ちゃんは顎に手を当てて考え込んでいる。
「うーん、とりあえず付けないで帰ろ!」
「え?!」
野乃花ちゃんの発言に静流が驚く。
自分は、何となく、野乃花ちゃんならあるかなと思ってしまって、むしろ納得してしまった。
とはいえ、目立つ可能性はあるので、そこそこ気を遣うことにはなるだろう。
そんなことはどこ吹く風というのが、野乃花ちゃんの素の部分なので、そこは静流に苦労してもらうしかないなと思った。
コンビニで下着を調達するよりはということで、見つけたファストファッション店で下着類を調達する。
野乃花ちゃんのサイズもラインナップ的にはあるらしいのだが、在庫が無いようで、予定通りのプランとなった。
少し疲れている静流を見て、ドンマイと心の中でささやいた。
そこからほどなくして、温泉施設に到着する。
当然ながら、男女で分かれて汗を流すことにした。
この季節に数キロほど歩いているのだから、全員汗はかいている。
別荘の浴室は明日にでも使えるようにするとして、今日のところは素直に温泉で一息つくことにした。
丁度、飲食もできるようだったので、そちらについても今日は手を抜くことにする。
静流と二人、軽く汗を流すと、足が筋肉痛にならないように温泉に浸かってセルフマッサージする。
そんなことをしながら、先ほどのやり取りで気になったところを聞いてみることにした。
「なぁ、さっき昭和の人から何か受け取ってなかったか?」
「ああ、コインだね。新五円金貨ってモノらしいよ。」
「五円金貨…?」
「明治から昭和初期に発行された五円は金貨だったらしいんだよ。」
流石というか、静流は何でも知ってるなと思った。
静流に聞いたところ、自分が知っている五円玉は戦後に発行されるようになったものらしい。
貨幣価値が違うとはいえ、黄銅とかではなくて金貨だったのかと、改めて驚かされた。
「そのコイン、何か意味があるのか?」
「それは分からないんだ…。」
少し目を閉じて考えるような素振りをする。
随分深く、思考を巡らせているようだった。
「ただ、もらった言葉そのままだと、“これが役目を負う覚悟だ”ってことらしい。」
「覚悟…何かいわくありげだが…」
「もらったのは、戦時中、当時の恋人が願掛けに渡してきたみたいだね。」
静流が深く息を吸い込む。
それにつられるように、自分も固唾をのむ。
「生きる事…それ自体が覚悟になったんじゃないかな。」
「…命が軽かった時代か…。」
二人して、当時の想いを考えると胸が痛くなる。
それほどの想いを込めて、願うというのはどういう気持ちだったのだろうか。
その思いを考えるとともに、今を生きる自分たちには、その経験はできないだろうとも思った。
「引き継ぐ重みが、一層重くなったな。」
「そうだね。でも、それが俺たちが抱えていくべきことなんだと思うよ。」
そう言う静流は、少しすっきりしたような表情をしていた。
その表情を見て、安心して温泉を堪能することができた。
――一方、女湯では。
「野乃花ちゃん、本当に着けなくて大丈夫?」
「うーん、多分大丈夫!」
相変わらず野乃花ちゃんは、そういったところに無頓着だなと思った。
私の方のサイズは普通に売っていたので、とりあえず間に合わせで一着買っておいた。
だけど、野乃花ちゃんの方は在庫が無いとかで間に合わせることもできなかった。
店員さんの話し方からすると、事前に取り寄せないと普段からおいているわけではないのかなと思った。
「さー、澪ちゃんも入るよー。」
驚くほど速く、全ての服を脱いで温泉に入っていく。
ちょっと考え事をしていると置いて行かれそうになって慌てて追いかけた。
姉さんもそうだったけど、野乃花ちゃんもスタイルが良いなと羨んでしまう。
真琴さんは反則ボディの持ち主なので、羨むことも諦めることにした。
私自身も太っているわけではないけど、野乃花ちゃんのような柔らかい感じが羨ましく思う。
そんなことを考えながら野乃花ちゃんを見ていると、悪戯っぽく笑いながら近づいてきた。
「澪ちゃん、境くんとはうまくいってるの~?」
「?!」
慌てて、手に持っていた手桶を落としてしまう。
お湯が入っていない状態だったので、良い感じの音を立てて地面に衝突した。
他のお客さんが居なかったのが不幸中の幸いだった。
「また~、もっと積極的にね~。」
ニコニコしながら脇腹をつんつんされる。
くすぐったくて腰をひねりながら少し離れた。
「そうですよね…、野乃花ちゃんは静流さんとは?」
「時々だけど、二人でお出かけすることも増えたと思うよ~。」
「お互い、苦労してる気がしますね。」
境さんも、静流さんも、忙しい人だし、色んな意味でしっかりしていて隙が無い。
なので、甘えられることは無いし、うまく甘えるタイミングも難しいなと、時々思っていた。
苦笑いを浮かべた野乃花ちゃんも同じような感じなのだろうというのは、その表情からも分かった。
深く息を吐き、先ほどまでとは違う、少し真面目な話を持ち掛ける。
「先ほどの神様との盃、大丈夫なんでしょうか?」
「気に入られると、色々と問題が起こりやすいって言うよね~。」
「ええ、あまりに近すぎる気がして…。」
あの距離感で話をされるとは思っていなかった。
二人だけで向き合っていたので、こちらから割って入ることもできなかった。
だけど、話の内容は聞こえてくるので、少しハラハラするような場面が続いていた。
最終的には綺麗に話がまとまっていたので大丈夫だとは思うんだけど、この後どうなるかも心配だった。
「境くんなら大丈夫なんじゃないかなぁ?」
「どうしてそう思います?」
「そこは澪ちゃんの方知ってるでしょ~?」
何を言ってるのという感じで、指をさしてくる。
だけど、私自身としては何を言っているのかわかっていなかった。
「よく思い出して、澪ちゃんは、境くんなら大丈夫って分かってるはずだよ?」
「うん…、よく考えてみるね。」
野乃花ちゃんも天然さんと言われるけど、こういったときに曖昧な言葉を選ぶのは意味がある。
実は天然と言われているのは、仮面なのではないかと思う時もある。
実際にドジっ子な場面をよく見るので、ギャップがあるだけなんだなということは知っているんだけど。
ただ、境さんを私は知っているはずと言われたのは嬉しかった。
それとともに、もっとちゃんと考えないとと反省した。
そんな話をした後、女子特有の恋愛トークや、おしゃれの話などに花が咲いた。
のぼせるほどではなかったが、結構火照ってしまうくらいには、温泉に浸かっていた。
温泉を出て、境さん、静流さんと合流して夕食を摂ってから別荘に帰る。
別荘に戻って、映画を見ていると、すぐに眠気に襲われて、みんなそれぞれに寝床に入っていった。
—— 神から託された言葉と、過去から引き継いだ想い。その重さを抱えながら、諏訪の夜は静かに更けていった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
神様との対話を終え、今回は少し日常寄りのお話となりました。
静流が受け取った五円金貨には、役目だけではなく、過去を生きた人の願いも込められています。
境たちにとっては遠い時代の出来事ですが、それでも受け取った以上、無関係ではいられません。
一方で、女湯では少し恋愛寄りのお話も。
野乃花は普段通りに見えて、時々とても核心に近いことを言います。
天然なのか、分かってやっているのかは、本人にしか分からないところです。
そして、急な温泉には着替えの準備が必要です。
特にサイズについては、事前確認が大切なのだと思います。
野乃花本人は、あまり気にしていませんでしたが。
次回も、よろしくお願いいたします。




