継紡
諏訪大社本宮にて、建御名方神が静流へ託したもの。
それは榊が代々積み重ねてきた"観測"そのものでした。
鎌倉から昭和まで続く五人の榊が語る、それぞれの時代の諏訪。
そして、その先に見え始める世界の異変。
今回は世界観の核心へ、一歩踏み込むお話です。
まず最初に前に出てきたのは、鎌倉時代の榊だった。
服装などで判断しているので、厳密には少し違うかも知れない。
恐らくは諏訪大社が栄えていたころに観測したものだろう。
「この地域では、私が初代の榊となる。」
「ええ、そのころの諏訪はどんな事があったんでしょうか?」
静流が初代と名乗る男性に尋ねる。
諏訪における、榊の系譜の始まりとなった人物。
その言葉が、事の始まりを語ろうとしていることは間違いなかった。
「鎌倉の諏訪信仰により、神々と我々の距離は近しいものだったのだ。」
「近しいというのは?」
「言の葉を交わし、信仰と恩恵で成り立っていた。」
諏訪の神々と、この男性は言葉を交わすことができたようだ。
というよりは、諏訪信仰が盛んだった時代は、神々、ここでは建御名方神と言葉を交わせたのだろう。
そのためだろう、信仰心が強く、その信仰心に応える形で恩恵を与えていたと思われる。
「近しいものだったと、過去形になっている理由は何でしょう?」
静流らしい切り口で尋ねる。
確かに、過去形だということは、時代が進むにしたがって距離は離れていくとも取れる。
「そこは私よりも後代に尋ねるがよかろう。」
「分かりました。」
もっともらしい理由で切り返されたが、静流としてもそれが妥当と思ったのか、それ以上に突っ込まなかった。
そして、その初代の視線がこちらに向く。
澪や野乃花ちゃんも一緒にいたのだが、どうやら自分が見られているようだった。
「今代の神代は、測れぬものか。」
それだけを残して、建御名方神の後ろに下がっていく。
次の榊にバトンタッチということだろうが、気になる言葉だけを残して行かれてしまい、少し消化不良だ。
次に出てきたのは鎧武者の姿をした男性だった。
雰囲気的には戦国時代あたりだろうか。
先ほどの男性よりは、幾分か体つきも大きく屈強な感じになっていた。
「時を戦国に変え、諏訪の世に終わりが訪れた。」
「諏訪氏の滅亡…ですね。」
この辺りの時代は、男のロマン的な捉えられ方をしがちで、男子であれば少々詳しい者も多い印象だ。
かくいう自分も、諏訪氏の話や、武田、織田などの話は割と好きな方である。
好きなだけで詳しいわけではないのだが。
そんな話をしているなか、女性陣は少し眠そうに話を聞いていた。
「戦が起こると、世は不安定になる。そこに手を出しに来たものは確かに存在した。」
「手を出す?」
「そうだ、建御名方神様のお陰で事なきを得たが、漁夫の利を狙うのは何処にでもいる。」
この世代でも、建御名方神の信仰は高く維持されているようで、その力に陰りは無かったようだ。
ただ、他の武将が漁夫の利を狙うにしても、世が不安定なので手を出すという言葉としっくりつながらない。
ここで言う、手を出してくるものというのは、先日の静流の別荘で感じた視線と同じようなものではないだろうか。
そんなところで悩んでいると、静流がそれを汲んだように質問する。
「それは他国の武将では無いんですか?」
「否、確かに当時は武田がなだれ込んだ。しかし、その成功をかすめ取ろうとしたのは他国のものではない。」
「何か、思うところはあるように聞こえますが。」
「異なる世のものと、ワシは思っておる。」
ここに来てはっきりと、この世のものではないという考えを述べられた。
そこについては建御名方神も聞いていたのか、全く驚くような様子はなかった。
戦争が起こると世が乱れるというのは確かに聞く話だ。
そこをピンポイントで狙ってくる、とんでもなく癖の悪いやつがいると聞くと、背筋に冷たいものが流れた。
「今代の子孫は、神代とつながっておるのだな。」
「どういうことだ?」
「初代も言っていたが、確かに我々でも測れない存在なのだな。」
そこまで言うと、次代の榊と入れ替わった。
静流のご先祖様は、思わせぶりな状態で退場するのが得意なのだろうか。
続けざまにお預けを食らってしまい、少しストレスを感じていた。
次に出てきたのは女性だった。
巫女装束を纏っていたことを考えると、諏訪大社の巫女をやっていた人だと思われる。
前の二人と比べると、いくらか穏やかな感じがしていた。
「私は徳川の世になってからの榊となります。平安な時代でした。」
「江戸時代の諏訪はどのようなものだったんでしょうか?」
「少し、そのころのことをお話ししましょうか。」
江戸時代になると、全国的な戦は収まり、平和な時代が訪れていた。
その中で、今でいう旅行ブームのようなものが起こり、諏訪大社への参拝客も増えたとのことだ。
ただ、参拝客と言っても主には旅の折に社へ立ち寄り、旅の無事を願って帰るだけで、信仰が大きくなったわけではなかった。
とはいえ、諏訪大社を知るものが増え、多少なりとも信仰する人々は増えていく。
この頃には、榊のものであっても、神々との交信能力は薄らいでいたとのことだった。
「戦による神頼みが減ったということですか?」
「ええ、そこまで逼迫しなくなったのでしょう。お陰で、街も広がり、色々な人を見ることができるようになりました。」
「ということは、建御名方神と会話することも減ったのでしょうか?」
「いえ、関わり方が変わっただけでした。」
戦がなくなると、軍神の側面もある神々の信仰は少し薄らぐと思っていた。
ただ、建御名方神はその特性上、平和な世の中であっても、人々の生活には必要な部分を担っている。
女性はそのかかわり方についても簡単に話してくれた。
建御名方神や八坂刀売神と共に、人の生活や文化を眺めていたそうだ。
榊としては観測するという側面があるので、世の人の営みを見る事だけでも収穫があると考えていたようだった。
また、建御名方神の方としても、人の営みを眺めていることで、色々な発見があった時期でもあるそうだ。
人と神がお互いの理解を深めていったのが江戸時代の諏訪だということだった。
「皆さん同じことを言っていますが、やはり今代の神代は私達ではわかりませんね。」
「ちょっと教えてほしい。」
先ほどまでと同じように、一言だけ残して去って行かれるのは嫌だったので自分の方から引き留めた。
自分の事を理解できないと、世の中を観察している人たちに言われているのだ。
その部分を気にするなと言う方が難しい。
「分からないというのは、どういうことだ?」
「言葉の通りです。建御名方神様も同じ状態だと思いますが、後でお話しいただけるように伝えましょう。」
そう言って、江戸時代を生きた榊は戻っていく。
それと入れ違いに、比較的近代的な洋服を着た男性がこちらに向かってくる。
その身なりからすると、恐らくは明治時代、明治維新ごろの人だと思った。
「その服装からすると、警察の方ですか?」
「ああ。御一新の後、榊の仕事と並行して警察の務めにも就いていた。」
榊の観測業務を行いながら、警察の仕事もするというのは、驚嘆すべき体力だと思った。
そのような体力仕事を、観測という繊細な作業と並行していたことから、明治代の榊は非常に優秀だったようだ。
「私の時代も激動の時代だったので、益を掠め取ろうとする悪人がいたな。」
そう言われると、戦国時代同様、明治の時代も激動の世の中であったことは想像に難くない。
維新の直後などであれば、先の悪人と呼ばれるモノにとっては格好のタイミングだっただろう。
この時代の榊の話を聞くに、その悪人に対して何らかのアクションをとっていたということだろう。
「横から失礼、貴方は維新前後を生きた方ですか?」
「後に明治維新と呼ばれる、その御一新を目の当たりにした一人だ。」
「やはり、その時は動乱が?」
「そうだな、火事場泥棒と言ったものは、いつの時代にもいるのだろう。」
どうしても維新を見た人かどうかを聞きたかったので話に横から入ってしまった。
結論としては、明治維新を生きて、その時の世の中を観測した榊の一族だった。
やはりと言うか、そういったタイミングでは何かしらの悪意を持ったモノが現れるようだ。
いつの時代にもという表現は、自分の心にざわめきを残した。
「維新の頃、諏訪はどのようになっていたんでしょうか?」
「神仏分離というものを知っているか?」
「知識としては…。」
静流としても学校で習った程度には知っているが、詳しく何が起こったかはわからないようだった。
ただ、そこに一石を投じたのは、まさかの野乃花ちゃんだった。
「知ってるよー。神様と仏さまは別のものって話を国がしたんだよね。天皇との関係で。」
「そうだな。それが暴走した結果、廃仏毀釈が起こった。」
「お寺やお坊さんに不満を持ってた人たちもいて、それが一気に噴き出したんだよね~。」
「そうだ。ただ、それだけではない。国の方針も、人々の不満も、財を欲する者の思惑も混ざり合っておった。」
少し驚いてしまった。
いつもぼんやりしている野乃花ちゃんが、同じ口調で凄く核心を突いたところを話し始めたからだ。
説明している話も分かりやすかった。
神仏分離の発生は神話と天皇の関係で、神と仏が同じになるとややこしくなったのだろう。
だから、尊王として進んでいた政治は、天皇を分かりやすく象徴化するために神と仏を分けて話した。
ただ、そうしたときに、キリスト教への警戒のために行われていた、仏教への偏りが不満となっていた。
それが都合よく、明治維新で急激に変わった世の中への不満のはけ口になった側面があったということだ。
ということは、その不満のはけ口との争いがある間に、先の悪人と呼ばれるモノが暗躍したのだろう。
警察機構ができていたとしても、こちらについては分かる者と分からない者がいる。
その間をとっていたのが、明治時代の榊ということなのだろう。
「先ほど言われていた、悪人と、直接対峙されたことはありますか?」
「ある。ただ、やつらは影のようなもので、その顔や表情を読み取ることはできなかった。」
「影…、黒子のような感じでしょうか?」
「その認識でよい。押し返して事なきを得たが、我々は、榊として対策を練る必要があった。」
「対策ですか…?」
「何者かがこの世に悪意を持っている。なので、我々、榊は監視・観測を厳にすることになる。」
少し未確定部分が多い表現だった。
その表現の影響か、全体像がいまいちつかみ取れない。
世の中に対して悪意を持つ何か、それをどうやって監視していたのだろう。
観測するにしても、何をどう観測するのかがイメージできなかった。
「不思議だろう。だが、我々の代ではこれ以上のことはできなかったのだ。」
「どういうことですか?」
「後代は、この相手の事を観測している。詳しくはそちらに聞くといい。」
そうして、最後の榊と入れ替わる。
服装から見ると、昭和の世代だろう。
戦後しばらく経った頃の装いに見える。
その年頃からすると、大戦を経験した人物であろうことも分かった。
「最後はワシじゃな。」
その男性は、その髪の色が示す通り、老齢であろうと思われる話し方をしていた。
ただ、そのたたずまいは凛としており、年齢を感じさせない凄みがあった。
背筋もピンとしており、絵にかいた老人のように腰が曲がっているようなことは無い。
「勿論、君らが思う大戦の経験者じゃよ。」
「ということは、やはりその前後には…?」
「そうじゃな、先の榊が話した通り、恐らくはこの日ノ本を奪おうと考えておったんじゃろう。」
ここに来て、悪意と言われているモノの目的らしきものが見えてきた。
日本を奪うというのがどういう意味かは分からない。
この世界のモノであれば、恐らくは戦争などで略奪してしまうのが手っ取り早いだろう。
特に大戦後なので、いかようにも占領・占拠することはできたと思う。
だが、そういったような話しぶりではなかった。
「奴らは、日ノ本だけではなく、この世界全てを手に入れようとしていたというのが、ワシの私見じゃ。」
「世界を手に入れる…?」
「そうじゃな、ただ、それは手段であって、恐らく目的ではないというのがワシの観測結果なんじゃ。」
世界を手に入れるのは手段ということはどういう事だろう。
普通に考えると、目的の一つとして考えるのが自然に思える。
例えば、オカルトになるが異星人が住める環境を求めてくるといった方が、すんなり入ってくる。
だが、目的ではなく、手段だというのがよく分からない。
「手に入れるのが目的じゃなく、手段だというのはどういうことだ?」
思わず話に割って入ってしまった。
話の流れが見えなくなってきて、内容が頭にスッと入ってこない。
今のうちに分からなくなっているものを整理しておく必要があると感じていた。
「奴らの目的に、この世界を掌握する必要があったのじゃろう。対峙したときに、その瞳には信念があったんじゃ。」
「とはいえ、悪だと断じるべき相手なんですよね?」
「そうじゃな、ただ、ワシらにとっては悪でも、奴らにとっては正義ということもある。」
「…正義の反対はまた正義である…ということですね。」
今まで言葉を発していなかった澪が、ここに来て言葉を発した。
正義の反対はまた正義。
それは澪の中で何か思うところがある言葉なのだろう。
普段は見ない、凄く複雑な表情をしたまま、榊の方を見ていた。
「そうじゃな、恐らくは必要があっての行動なんじゃろう。」
「それは、観測した結果なんでしょうか?」
澪が尋ねる。
榊の老人は、それに答えることが難しいと言うかのように、白い顎鬚に手を当てて天を仰いでいた。
しばらく考え込み、澪の方を見据える。
凛とした視線と視線が交差し、お互いの信念がぶつかるかのような空気が流れた。
「ワシの観測結果という意味ではそうじゃ。」
「そう…なんですね…。」
二人とも、少し悲しそうな表情で見つめあう。
同じような感覚に陥っているのだろう。
自分も、正義と正義がぶつかることの悲しさについては、少しはわかるつもりだ。
それは、静流も同じのようで、苦い表情をしている。
ただ一人、それを俯瞰できるのであろう、野乃花ちゃんだけが笑顔を浮かべていた。
「譲れないときは、終わりがなくても話し合うしかないよね~。」
野乃花ちゃんが笑顔のまま、言葉を紡ぐ。
尤もだなと思う反面、その難しさを思うと少し苦しくなるところがある。
ただ、それをそのまま受け止められるのが、野乃花ちゃんなのかなと、少し見直していた。
「そうじゃな、その通りじゃ。だからこそ、今代の神代はお主なんじゃろうな。」
そう言葉を残して、建御名方神の前まで下がっていく。
その言葉の意味を聞きたいところではあったが、恐らくは、それを建御名方神に伝えてもらおうということだろう。
榊が全員、建御名方神の後ろに下がる頃には八坂刀売神が建御名方神の傍らに立っていた。
そして、二人が前に出てくる。
「榊の言葉は伝わったか?」
「ええ、後は境に…。」
そう言うと、静流がこちらに視線を向けた。
普段はもっと軽くて明るい感じなのだが、この時の静流は静かで、穏やかで、優しさがにじみ出ていた。
今まで見たことの無い姿だったので、少し驚いた。
元々、整った顔立ちで、その性格から、皆のお悩み相談所のような立ち位置になる事が多い。
ただ、その時の優しさとは違う、何かを悟ったような雰囲気を感じて、少し気恥しいものもあった。
「さて、今代の神代よ、もう少し語ろうではないか。」
建御名方神は自分の前に胡坐をくみ、酒を片手に語り始めようとしていた。
ここに来て、自分が前に出る必要を感じていた。
意を決して、自分も建御名方神の前に胡坐をかく。
腹を据えて、語り合う心の準備をした。
—— この諏訪で、自分が来た意味を考える時が、目の前に迫っているのを感じていた。
今回は少し情報量の多い回になりました。
鎌倉、戦国、江戸、明治、昭和と、それぞれの榊が見てきたものを一本の流れとして描いています。
歴史は変わっても、「世が乱れた時に現れる何か」は変わらない。
そして、その観測を積み重ねてきた榊が、ようやく今代へと託します。
次回はいよいよ建御名方神と境が正面から語り合う、本章の核心です。




