継観
前宮で八坂刀売神と対話を交わした境たち。
導かれるように本宮へと歩みを進めた先で待っていたのは、この地を護るもう一柱の神でした。
そして、その対話の中で明らかになるのは、境だけではなく、静流自身にも受け継がれてきた"役割"。
神域で紡がれる新たな言葉を、どうぞ最後までお楽しみください。
遊歩道から歩いてきたので、東側の鳥居から本宮に入る。
通路はあるが、木々が生い茂っており、一般的な山道とは少し異なった趣となっていた。
少しずつ神域に踏み入っているという感覚がはっきりしてくる。
本殿の代わりとなる幣拝殿に向かう途中、大国主社を通り過ぎる。
建御名方神の父神となる大国主命を奉っている社だ。
祀っているとはいえ、この場所から此方に何かを伝えてくる感じはなかった。
そこから宝殿を横に幣拝殿を前にする。
先ほどの八坂刀売神から本宮に行くことを促されてから感じてはいたが、本宮から自分たちに何かを伝えようとしている。
やはり、ここも水に所縁があるらしく、前宮と同様に霧に包まれることになった。
「境、自分たちの事は確認できてるね?」
「ああ、先の前宮と同じ状況だな。」
「恐らくは八坂刀売神から招かれてる感じだと思うから、幣拝殿の方に進むよ。」
今回は静流がかなり積極的だと思った。
色々と調べている内容が何か感じるものがあったのだろう。
立ち込めてきた霧の向こうに見えた男神の輪郭が、徐々にはっきりしてくる。
それを見る静流の顔は、いつもにも増して真剣なものだった。
「よく、ここまで来たな。」
「八坂刀売神から、貴方に合うようにと。」
「そうだな、私が伝言を頼んだのだ、ここまで来れるのも道理か。」
静流の返しに、穏やかな声で更に返す。
若々しさと共に、父親のような穏やかながら力強い雰囲気が感じられた。
やはり、建御名方神からの伝言で、自分たちがこちらに訪れることになっていたようだ。
到着して間もなく、この霧の中に入り込む形になったのは、予め準備されていたのだと理解した。
「先日、西方で水神と会ったのですが、こちらは何も変わりないでしょうか?」
「彼の水神から話は聞いている。」
そう言う建御名方神に見つめられてたじろいでしまった。
流石に神様に見つめられると、プレッシャーを感じずにはいられない。
ただ、そのまなざしは穏やかなものだったので、次の言葉を待つ余裕があった。
「彼も君については分からないと言っていたが、対面すると“なるほど”としか言えぬな。」
「そんな話が…?」
「そうだ、君については他の者にも会ってもらった方が良いだろう。」
腕を組みながら、目を閉じて深く考えるようにそう言った。
その様子を見ていた静流が静かに口を開く。
今の問答については既に予想していたようで、話題を変えるための発言だった。
「先日、私共の別荘に“何か”が現れたみたいなのですが、こちらにはそのようなものは?」
「うむ、似たような話は聞いている。」
想像していない回答が返ってきた。
確かに静流の別荘で、自分たちの認識できるところとは違う何かを感じていた。
それに似たようなことが、この諏訪でも発生しているというのを聞き及んでいるということだ。
結の件があって、その影響でそういった何かとの接触が増えているのかと考えていたが、そうではなかった。
「この諏訪には私が居るので、無茶なことはしていないようだが、この諏訪を侵そうとする何かがいるのは確かなようだ。」
「どんな相手か、お伺いしても?」
「私が自身で確認したわけではない。ただ、聞いているのは、見たこともない“ニンゲン”だったということだ。」
「そうですか…。」
静流が少し考えこむ。
こういったときは、大体過去の記憶と新しい情報を整理している。
建御名方神の言う通り、見たこともないニンゲンということであれば、静流の別荘での話と辻褄が合う。
ニンゲンという部分が強調されていたということは、単純に普通の人間を指すものではないのだろう。
そこについては、自分たちの予測の外側にある話ではないかと考えた。
「特に実害があったわけではないんですね?」
「うむ、そうだな。」
「ありがとうございます、少し情報を整理することができそうです。」
そう言って、静流が謝意を述べる。
その様子を見て、建御名方神が首を傾げ、何かを思い出したようだった。
「お主は榊の末裔か。」
「はい…?」
静流は自己紹介をしていた訳では無いので困惑していた。
大阪でも龍神と直接会っているわけでないので、自分のように話を聞いたという事もないと思われる。
そうなると、恐らくは本当に先祖か何かの話をされているのだろう。
「未だに榊の家の者は観測を続けておるのだな。」
「どういう事でしょう?」
「榊の者は我々の世から絶えず観測を続けておってな、今代も秀でた者のようで安心だ。」
「観測…ですか?」
特に静流の家がそういった何かをやっているということは聞いたことがない。
ただ、建御名方神の言っていることが、全く的外れということも考えにくい。
ということは、静流自身も知らない、榊の家系がやっている何かがあるということなのかと考えを巡らせていた。
その中で、思わぬ方向で答えを知ることになる。
「家としてではない、榊とはそう言うモノとして生まれついておる。」
「生まれた時からということですか?」
「そうではない、お主のような“観測できるモノ”が生れ落ちるのが榊ということだ。」
おぼろげながら、言わんとしていることが分かってきた。
榊家というものではなく、榊家の中から、静流のように色々なものを観測して、その存在を確かな形にする者がいるということだろう。
そして、それは建御名方神が歴史を紡いでいる中で、幾度も現れているのではないかと思われた。
「そうか…私が今代の観測するモノということですか?」
「そうだな。私の知る限り、歴代でも数えられるほど、その力は秀でていると思う。」
「…なるほど、ありがとうございます。」
静流は少し満足そうにしながら、建御名方神に礼を述べた。
その礼を受けて、建御名方神があたりを見回すと、今まで何も見えなかった霧の中から人の姿が浮き上がる。
その出で立ちを見る限り、過去に生きてきた人々であろうことが分かった。
「さて、その観測が結実したものと、言葉を交わすといい。」
そう言って、建御名方神は座り込んだ。
その周りには、先ほどの人影が、自分たちを囲むように立っていた。
そこに悪意も善意も感じない、ただただ、そこに在るといった様子だった。
言葉を交わすと良いという言葉、それに従って、過去の残滓に向き合ってみようと、静流と頷きあった。
—— 幾代にもわたり紡がれた榊の観測は、今代の静流によって新たな意味を得ようとしていた。
今回は建御名方神との最初の対話を描きました。
これまで物語の中で静かに状況を整理し、観測を続けてきた静流ですが、今回はその在り方そのものに意味が与えられる回となっています。
力を授かるのではなく、自らが積み重ねてきたものを神から認められる。
そんな形で静流の役割を描けたことは、自分としても印象深い場面になりました。
そして物語は、さらに神域の深部へ。
建御名方神が示した"観測の結実"が、この先どのような形で境たちへ繋がっていくのか、引き続き見守っていただけると嬉しいです。




