参径
前宮を後にし、本宮へ向かう古道を歩く四人。
歴史を辿り、自然に触れ、何気ない会話を交わしながら、一歩ずつ神域の奥へと近づいていきます。
神々との対話だけではなく、その場所へ至る道にも意味がある。
そんな旅路を、ゆっくりとお楽しみください。
折角なのでということで、前宮から本宮まで、遊歩道を歩いていくことにした。
先ほどの八坂刀売神の夫である建御名方神を奉る本宮まで、鎌倉時代の街道らしきものがあったのを整備しているそうだ。
そこを歩くことで、何か得るものがあるかもしれないというのが、静流と自分の意見だった。
二人して歩き始めようかと思っていると、野乃花ちゃんが先に行ってしまう。
どうやら、何か珍しいトンボを見つけたらしい。
「静流くん、図鑑でしか見たことないのがいるよ!」
「あ、メガネサナエがいるんだね。」
流石、静流と言うべき博識さだった。
少なくとも、自分は虫類が比較的苦手なタイプなので、トンボの種類などは分からない。
子供の頃、オニヤンマとかギンヤンマなんて名前を聞いたことはあるが、名前だけしかわからない。
何やら、虫よけグッズにどちらかがあった気はするが、その程度だ。
「静流は何でも詳しいな。」
「興味があるものは調べる癖があるだけだよ。」
静流の興味の範囲がどこまであるのか興味のあるところだが、際限なく話が続きそうな気がしたので、今のところは流しておくことにした。
一方、先ほどのメガネサナエというのが気になった。
名前もまるで人のように聞こえるので、少し聞いてみることにした。
「メガネはトンボとかで一般的なイメージがあるけど、サナエって名前は複数の説があってね。」
「メガネって一般的だったんですね…。」
言われてみれば確かにメガネトンボなんて名前も聞いたことがある。
澪も流石に虫には詳しくないのか、そもそもメガネという名前が一般的なことに驚いていた。
「田植えの早苗、地方名とか方言、昆虫学者がパッとネーミングしたとか色々言われてるけど、詳しくはわかっていないみたいなんだ。」
「学者が変な名前を付けてしまった例はほかにもありそうだな…。」
「コオニヤンマとか、ムカシトンボとかは適当だよね。小さかったら“コ”なんとかとか、大きかったら“オオ”なんとかって多いからね。」
「ムカシトンボって可愛い名前だね~。」
相変わらず野乃花ちゃんのセンスはわからない。
ちょっと携帯で調べてみると、化石っぽいからムカシトンボという名前だそうだ。
海外の学者よりは真面目だと言われているらしいが、日本にも遊び心は沢山あるようで安心した。
そうして歩いて行くと、途中に大きく二股に分かれた巨木があった。
案内を確認すると峯湛のイヌザクラと呼ばれているらしい。
圧巻の光景だったが、それだけではなかった。
「木の向こうに何か見えませんか?」
「何かあるよね~?」
澪と野乃花ちゃんが何かを確認したらしく、巨木の間から向こう側を確認しようとする。
自分と静流はその瞬間を見逃していたらしく、二人の行動を追うように巨木の向こうを覗く。
しかし、時すでに遅しという感じで何も確認することはできなかった。
「見逃したか…」
「そうだね。まぁ、次を待つしかないかな。」
静流も同じ状況だったらしく、一先ずは先に進むことにする。
澪と野乃花ちゃんも、もう一度発見することはできなかったようで、すぐに戻ってきた。
そこからまた進んでいくと、よく分からないオブジェがあったが、特に気になるものではなかったのでスルーして進む。
思ったよりも距離があるなと思いながら進んで行くと、小さな川を越えた先に展望台があった。
展望台からは色々なものが見えると思ったので、一度周りの様子を見てみることにした。
展望台からは八ヶ岳の方向と、諏訪湖の方向を見渡すことができる。
八ヶ岳も気にはなるが、今回の本題は諏訪湖の方だった。
龍神も水を司るものであるため、今回は近しい環境のある諏訪湖を選んだというのもある。
なので、今回は諏訪湖の方面に気を入れて観察することにした。
遠くから見渡しているので、細かいところはわからないが、やはり湖面には少し霧というか靄のようなものがありそうだった。
それが不穏かと言われるとそんな感じはしない。
ただ、何かをはっきり見せないためにそうなっているようにも思えた。
今はまだ、直接諏訪湖を見に行くタイミングではないので、詳しいところまでは確認できなかった。
ただ、全体的に何かがあるのだということは、おぼろげながら感じていた。
「境さん、ここからの風景を撮っておきたいんですが、良いですか?」
「ああ、携帯のカメラでいいか?」
そうして、ポケットから携帯を取り出そうとしていると静流に止められた。
「どうした?」
「撮影なら任せてほしいんだ。」
そう言って持って来たカバンのチャックを開く。
中から大きめのミラーレス一眼が姿を現した。
歩くことを考えると大きなカバンだなと思っていたが、こういったことだったのかと納得した。
「両方撮影するかい?」
静流が澪に確認する。
澪は全員入った状態で撮影したいということを伝え、静流が三脚にカメラを立てる。
最近のカメラは簡単にリモート操作できるようで、昔のドラマにありそうな、タイマーをかけて走りこむというシーンは無かった。
並び順などは適当だったが、いい思い出になるだろう写真が撮影できた。
静流も趣味のカメラが活躍できてご満悦のようだ。
写真の印刷は帰ってからにするとして、静流のカメラを覗いている澪と野乃花ちゃんに声をかけた。
「そろそろ先に進もう。」
「そうだね、印刷は別荘でもできそうな気がするし…」
静流の言う通りかも知れないと思っていた。
流石、天原家の別荘なだけあって、色々な装備のほとんどは別荘に備え付けられていた。
その中にプリンタもあったので、写真の印刷は可能だろう。
そこからまた歩き始め、少し疲れてきたなと思い始めた所で朱色のお寺らしきものを発見した。
此方もガイドがあり、織田信長ゆかりのものだということが分かった。
昔に本陣を置いたことがあり、明智光秀との問題については、ここでもあったそうだ。
何となくだが、その時の明智光秀の念のようなものを感じた気がする。
特別何かが見えていたりはしないので、直接的に何かが干渉してくるといったことはなさそうだ。
ただ、そういった歴史を聞いてしまうと、色々と考えるところがあった。
ここについては、また後日ゆっくり見に来ても良いかも知れないと考えていた。
「やっと着いたね。」
「そうだねー、ここにも何かいるかなぁ?」
そう言いながら野乃花ちゃんが珍しい生き物を探しに歩いて行った。
遠くまで行くわけではないし、確かに面白いものを見つけることも多いので、あえて自由にさせている。
静流も少し心配しているが、基本的には自由な方が発見が多いので、ちゃんと目をつけておきながらも自由にさせていた。
先ほどの法華寺から一の鳥居まで歩き、ようやく到着したと思っていると、少し明るい霧のようなものが立ち込める。
八坂刀売神の時もそうだったが、ここの神様は霧の中に誘い込む形で話始めるのだと、そう認識した。
—— 歴史の向こう側に、先ほどの女神と対になる男神がいることを、はっきりと感じていた。
今回は建御名方神との対話へ向かう道中を中心に描いてみました。
歴史ある古道を歩きながら、珍しい生き物を見つけたり、景色を眺めたり、写真を撮ったり。
大きな出来事はありませんが、旅だからこそ生まれる何気ない時間も、この作品では大切にしたいと思っています。
そして最後には、再び立ち込める霧。
前宮で迎えてくれた女神の先に待つ存在とは、どのような神なのか。
次回はいよいよ、本宮での対話へ進みます。




