斎庭
霧の向こうに現れたのは、この土地を静かに見守り続ける一柱の神。
諏訪編は、神々との戦いではなく、神々との対話を描く章になります。
今回は、その最初の出会いをお楽しみください。
本殿の方から溢れ出た霧は、自分たちの視界を遮っていた。
四人とも近くにいたので、視界を遮られていてもうっすらと、お互いを確認できている。
お互いに顔を見合わせていると、霧の向こうから女性が現れた。
日本史の弥生時代などで出てきそうな服装の女性だ。
穏やかで、全体を包み込むような雰囲気を持っていた。
「よくここまで辿り着きましたね。」
女性に話しかけられる。
だが、意味を介しているのは自分一人だけのようだった。
「境さん、もしかして何を言われてるか分かります?」
「ああ、澪は分からないのか?」
「はい、不思議な言葉を話されていて、意味が分からないんです。」
他の二人の様子を見ても、言葉の意味が分かっていないのは明白だった。
自分だけが、この女性と会話が成り立っているのだが、女性はそれを気にしている様子がなかった。
と言うよりも、そのことをちゃんとわかっているうえで、自分に話しかけているようだ。
「いきなりで不躾なのですが、自分以外は言葉を聞き取れないみたいで…」
「そうですね、皆さんもう少し近くに集まれますか?」
そう言われて、集合写真を撮るかの距離まで近づいてくる。
流石に接触するほどの距離ではないが、先ほどよりは随分近くに集まった。
「これで分かるようになっていませんか?」
澪だけでなく、静流も驚いていた。
野乃花ちゃんだけは、“お~”という声だけで、驚いているようには見えなかったが、きっと驚いているのだろう。
「分かります、どういう事でしょうか…?」
「私が、そこの子に話しかけているからでしょう。」
自分に話しかけているということはわかるが、それと近づくと言葉が分かるということの関連性は分からない。
確かに音として聞こえている。しかし、それとは別の何かで意味そのものが伝わっているようにも感じた。理屈は全く分からなかった。
しかし、彼女はそれを意に介している様子はなく、話を続けた。
「先日は、西方で龍神と話したようですね。」
「ええ、近代的なダムにも、水神は居てくれるようで、少し深いものがありました。」
ここは正直なところを答えておくことにした。
龍神は水神の一つだが、川などの自然の中にいるというイメージがある。
その龍神が、人工物、それも近代的なダムの中でも水神として居てくれるというのは感慨深いものがあった。
もしかすると、龍神にとって、人の子は等しく家族であり子供であるのかも知れない。
そんなことを思い出していると、彼女から話しかけられる。
「龍神も水のものなので、気持ちはわかります。」
「龍神も…もしかすると、貴方は八坂刀売神ですか?」
静流が彼女の言葉から、彼女自身が何者であるかの推測が立ったらしい。
少し興奮気味に、彼女に対して質問を投げかけた。
彼女は柔らかく微笑んで答える。
「ええ、その通りです。これでも、この社を護る一柱なんですよ。」
あっさりと、静流の言葉を認めた。
神々というものは、もっと抽象的で、要領を得ない話し方をするものだと思っていた。
だが、それぞれに特色がありそうだ。
少なくとも彼女、八坂刀売神は物腰柔らかで、接しやすいと感じていた。
みんな、こんな感じの神様ならいいのにと、少し思ってしまった。
「これは凄い…、境は大阪でもこんな存在と会ったのかい?」
「そうだな、こちらの方は人型だけど、大阪のは最初龍の姿をしていた。」
「最初はということは、最終的には他の姿に?」
「そうだ、最終的には人型になっていた。」
八坂刀売神を放置して話をしてしまっていたので、慌てて彼女の方に向きなおす。
彼女自身は全く気にしていない様子で、微笑みをたたえていた。
八坂刀売神というと、諏訪に来る前に少し調べた内容では、前宮の祭神で、農業や治水などにゆかりのある神様だということだ。
たしかに、農業と治水と言われると、全体的な柔らかな雰囲気がそれを示しているような気がした。
「先日西の方で龍神とお会いした際に、それを手配してくれた方が見聞を広めることを進めてくれまして。」
「ええ、その節は知っておりますよ。素直に見聞を広めようと思えたのは美点だと思いますよ。」
「ありがとうございます。」
宗玄さんと会話している中で、やはり若いうちに色々と見聞を広めるのは必要だと言われていた。
ただ、それを考えると祖父のように風来坊となってしまいそうな気もして、少し複雑な気分だったのだ。
静流と一緒に調べ物をしている時に、自分一人ではなく、仲間内で移動することで“風来坊”と言われるようなことは無いと考え直して今に至る。
いずれにせよ、土地神としての諏訪大社の祭神という見方で来ていることも伝えておくことにした。
「見聞を広める時に、それぞれの地方にいる、土地神の方々とお会いできないかと思いまして、こちらに来ました。」
「そうなのですね。何か身になりそうなものはありましたか?」
「いくらか気になる事が増えた感じではありますが、来て良かったとは思っています。」
今の、霧に包まれている事象についても気になるし、土地神としての八坂刀売神についても気になる。
ただ、それよりも、こちらで起こっていた色々な事象。結を含めた諸々を聞いてみたいと思った。
静流、澪にもアイコンタクトで聞いてみる旨を伝える。
「実は、先日から色々とトラブルがありまして…」
結に会ったときから、最初の三チームでの遠征、大阪での出来事についてかいつまんで説明した。
その中でも最も大きなのは、結と出会ってから、色々なところで出会った超常なるものの話だ。
流石に、結の事は正しく認識できないらしく、龍神と契約のようなものを交わしたところに食いついた。
「龍神とは契約を交わしたのですか?」
「ええ、こんなものを受け取っています。」
龍神から渡された、鱗を加工したアクセサリを見せてみる。
八坂刀売神も、これには驚くしかなかったようだ。
物珍しそうに、その加工したアクセサリを見つめていた。
「一先ず、主人とも会って話をしてみてください。」
「主人?」
「はい、建御名方神が、本殿の方でお待ちですよ。」
そう言うと、振り返って社の方に戻っていく。
とはいえ、現実、そこにいる人間ではなかったので、社に入る前に霧に包まれて見えなくなった。
前宮に四人とも取り残された感じだったが、八坂刀売神の姿が見えなくなると、すぐに周りの霧も晴れていった。
「次は本宮の方だね。さっき言っていたご主人は建御名方神だと思うから、ちょっと気を張っていこうか。」
静流が本宮の事もきちんと調べているようで、自分たちはそれについていくことにした。
—— 神々への畏れは、その優しさに触れたことで、少しだけ親しみへと変わっていった。
今回は八坂刀売神との対話を中心に描いてみました。
神様というと、どこか畏ろしく近寄りがたい存在として描かれることも多いですが、この物語では「土地を見守る存在」としての一面も大切にしています。
優しく迎え入れてくれる神もいれば、厳しく見守る神もいる。
それぞれに役割があり、それぞれの在り方がある。
そんな神々との距離感を、境たちと一緒に少しずつ感じていただければ嬉しいです。
そして、次はいよいよ本宮。
この地を治める神との対話へ向かいます。




