湖畔
大阪編が終わり、今回から新章となる「諏訪編」が始まります。
今回は事件らしい事件はなく、夏休みらしい旅の始まりを描いた一話になりました。
移動中の何気ない会話や買い物、休憩といった日常を中心に描いていますが、その中にも次の物語へ繋がる伏線を少しずつ散りばめています。
旅先だからこそ見える表情や、新しい土地だからこそ生まれる出会い。
そんな穏やかな空気を楽しみながら読んでいただければ幸いです。
それでは、第83話「湖畔」をお楽しみください。
翌日、結局いつもの車はメンテナンスから帰ってこなかったので、大阪遠征にも使ったミニバンを使うことにした。
景一さんから別荘の掃除なども頼まれていたので、荷物を積んだりするのにも丁度良かった。
静流に車を出してもらうことも考えたのだが、先日の景一さんの話しぶりからすると、恐らく長期間放置されているだろう。
なので、掃除道具は色々と買っていく必要があると思ったのも、ミニバンにした理由だ。
朝の情報番組が終わる頃に澪が事務所に到着した。
着替えなどの荷物が少ないなと思ったのだが、よく考えると事務所の上にある寝室にあるクローゼットにも衣類を置いていることを思い出した。
流石に女性服が入っているクローゼットを開くのは気が引けるので、そこは開かずのクローゼットになっている。
どうも、澪だけではなく、野乃花ちゃんや真琴さんも、ここに色々ストックしているらしい。
なので、急に泊まっていくという話になっても問題にならないのだろう。
ちなみに、静流と陽向も、自分が使っているクローゼットの中にいざという時のための衣類を収納していた。
そこから数分ほどで、静流と野乃花ちゃんも到着した。
静流が親の車で野乃花ちゃんを拾って来たらしく、二人とも小さめのキャリーケースを持ってきていた。
野乃花ちゃんが澪の荷物を見て、上階のクローゼットの服を出してくることに気が付いたようで、手伝いに行った。
「女性陣は車で寝るんだろうね。」
「だろうな、丁度今回の計画の話をしておきたいからちょうどよかった。」
「お、ということは、今回は助手席使っていいんだね。」
静流自身も運転が好きな方なので、前が見えるところの方が好きらしい。
いつもだと澪か陽向が助手席を陣取るので、静流は大体後部座席になっているので、助手席に座るのは久々だった。
十分くらいで澪がキャリーケースを持って降りてきた。
クローゼットを開いたことは無いのでわからなかったが、まさかキャリーケースまで持ってきていると思わなかった。
構わないのだが、まるで第二の自宅みたいになっているなぁと、ぼんやり思ってしまった。
「二人とも、今日は助手席譲ってもらえる?」
静流が澪と野乃花ちゃんに切り出した。
澪は助手席に乗ると思っていたのか、少し驚いていたが、すんなり静流に譲ってくれた。
今回の予定について、昨日の時点であまり会話できていなかったことを認識していたからだろう。
「そうそう、ナビで動画再生できそうだから、持って来たよ。」
グローブボックスの中に入っているUSBの接続口にSSDを差し込んでいた。
しっかりしているというか、自由自在というか、どちらにせよこれはこれで助かるなと思った。
日程的にも少し余裕を持つようにしているので、別荘の方でも使えるだろう。
「ファイルの整理が凄く几帳面ですね。まずは映画のフォルダを…。」
「あ、これ見たかった映画入ってる!」
澪が後席からリモコンでナビを操作していると、その中に入っていたタイトルを見た野乃花ちゃんが反応する。
運転している自分は見れないのが残念だが、別荘で寝る前とかに観させてもらおうと思った。
近くのコンビニで飲み物だけは購入してから出発する。
後席で映画鑑賞している二人をよそに、静流と今回の日程を共有しておくことにした。
「今回は、ちょっと長めの予定で考えてる。」
「具体的にはどれくらい?」
「今日を含めて十日間の予定で考えてる。別荘の方の整理も必要だろうから。」
静流が少し驚いていた。
日程の事をちゃんと考えていなかったからだろう。
いつもの事を考えると、結構長い予定になっている。
「わかった、ただ、一旦父さんには連絡しておくね。」
「ああ、そうだな。いくら何でも連絡なしに十日は長いな。」
よくよく考えてみると、出発前に日数くらいは連絡しておくべきだったかなと思った。
修さんの事を考えると問題になる事は無いと思うが、礼儀的にも問題だったかもしれないと反省した。
静流が電話していると、こちらに携帯を向けてきた。
「父さんが境に話したいことがあるって。」
「ん、なんだろう?」
そのままスピーカーにしてもらって会話のバトンを受け取る。
「おお、境くんか。」
「はい、今回は連絡が遅れてしまいまして。」
「いや、そんなことは構わん。」
本当に全く気にしていないような言い方だった。
修さんらしいなと思ったが、少しは心配してもいいのではとも思ってしまった。
「それはそうと、天原の別荘に行くって聞いたが?」
「ええ、諏訪湖の方に行くのに別荘を使っていいと言われまして。」
「なら、丁度良いな。後で静流に依頼を送っておくから、ちょっと頼む。」
「はい、分かりました。」
安請け合いにも見えるが、修さんが現実的に難しいことを依頼してくるとは考えにくい。
なので、詳細は後でも構わなかった。
そこから、静流と修さんが簡単な会話を交わして、今回の日程の了承を得ていた。
野乃花ちゃんの方はどうだろうと疑問に思ったが、恐らくは修さんの方から連絡が入る手はずになっているのだろうと、自己完結しておいた。
「修さん、澪の両親と知り合いなのか?」
「そうだね、澪ちゃんだけじゃなくて、陽向や野乃花ちゃん、真琴さんの親御さんとも連絡とってるみたいだよ。」
「意外と世間は狭いな…。」
真面目に、世間の狭さを思い知らされてしまった。
いつものメンバーはそれぞれの両親同士も連絡を取っていると考えるのが自然だろう。
静流のところだけという方が不自然だ。
しばらくして高速に乗って、最初のSAにたどり着いたので休憩をとることにした。
思ったよりフリップダウンモニターで見る映画が良かったみたいなので、少しお菓子でも買っておくことにした。
後席の窓はスモークになっていることもあり、映画館気分なのだろう。
高級ミニバンの二列目シートは、映画館の椅子に勝るとも劣らないと思う。
SAで買い出しなどを済ませて車に戻ってくると、既に女性陣は映画の続きを待っている状態だった。
そんなに面白いなら自分も見たかったと、少しだけ思ってしまった。
「境、諏訪大社の内容については確認した?」
「ああ、澪の父さんが資料を貸してくれてね。」
「そうなんだ、要点だけ説明できたりする?」
「勿論、大丈夫だ。一応資料も持ってきているから、興味があれば後で見てもらっても構わないぞ。」
そう言いつつ、景一さんに渡してもらった資料の概要を説明した。
諏訪大社の歴史の話がほとんどだが、建御名方神の神話などについても説明が書いてあった。
その中で興味があったのが、諏訪の神の方が先にあり、それに建御名方神が充てられたという話だ。
大阪遠征でもあったが、土地に紐づいた存在と会話ができたというのがある。
それでいうと、今回の建御名方神についても同じことが期待できるのではないかと考えていた。
「なるほどね、前回の龍神さんだっけか、それと同じような現象が起こらないかという期待なんだね。」
「そうだな。」
「ちなみに、それだけが今回の目的なのかい?」
「いや、折角の避暑地だから、少し羽根を伸ばそうかと。」
なるほど、いいね、といった返しをして、静流も賛成だということを伝えてきた。
最近、忙しいというか、頭の中身を空っぽにできるようなタイミングがあまりなかったので、リセットが必要だと思う。
自分だけじゃなくて、澪、静流、野乃花ちゃんとも同じだ。
精神的にも肉体的にも、頭脳労働としても負荷はかかっているだろうから、避暑地を満喫するつもりだ。
「そう言えば、修さんから連絡は?」
「あ、さっき来てたな…」
静流がメッセージを確認して、少しため息をついていた。
何となく予想はつくが、景一さんの別荘にも何か関わっていたのだろう。
「暖炉を設置しているから、良い感じにまとめておいてってさ。」
「やっぱり、別荘の設計は…?」
「ご明察。父さんが作ったみたいだよ。」
案の定というか、修さんらしい依頼だなと思った。
安定性、耐久性などは非常に優れたものを作られるのだが、デザインは自信がないらしい。
なので、静流にデザインを依頼することも多いのだ。
自分も、暖炉などといったものがある部屋のデザインについては得意だったりする。
丁度、高速を降りたところでホームセンターに寄っていく予定だったので、そこで資材を買い足しておくことにした。
しばらく高速道路を走り続け、高速道路を降りる。
そこから少し走るが、地元では有名なホームセンターがあるので、そちらに向かうことにした。
そこで食料も仕入れることができそうなので、最初の買い物はそこでまとめて行うことにした。
「さて、買い出ししますか。」
「そうだね。とりあえずホームセンターの方はこっちでやって、澪ちゃんと野乃花ちゃんは食料の買い出しをお願いできる?」
「わかりました。野乃花ちゃん、行きましょう。」
そう言って、伸びをしている野乃花ちゃんを連れて食料を買い出しに行く。
自分と静流はホームセンターの方に行くことにした。
ホームセンターの方で、料理に使いそうな調理器具のほか、恐らく庭かどこかでBBQもあるだろうと思い、BBQセットを仕入れておいた。
そこから、修さんに依頼されたインテリアを整理するためのアイテムを探す。
ただ、サイズ感とかが分からないので、最初は工具だけをそろえておくことにした。
「そうだよね、サイズが分からないとねぇ…。」
「そうなんだよ、とはいえ、ここからそこまで遠くないから、もう一度買いに来たら良いだろ。」
ここから別荘まで、一時間はかからないところにあった。
なので、何か足りなければ、整理してから買い足しに来る方が確実だろうと思った。
調理器具と、測量用の工具、そこに掃除道具を追加してレジに向かう。
ゴミ袋も大きなものが必要だろうと思ったので、大きなゴミ袋を複数購入しておいた。
結構な荷物になってしまったので、カートに載せたまま車に向かう。
途中、食料品を購入してきた澪たちと出会った。
「また、たくさん買ったな…。」
「はい、今回は長いので、映画を見たりするとき用のお菓子も買ってきたので…。」
「そだよ~、お菓子ないとダメでしょ!」
恐らく野乃花ちゃんがいっぱいかごに入れてきたんだろうなと、このセリフを聞いた瞬間に察してしまった。
とはいえ、それ以外にも肉類、魚類、野菜類など、数日は困らない量を購入してきていた。
別荘には冷蔵庫がちゃんと準備されていることを知っているのだろう、クーラーボックスなどではなく普通の袋に詰め込んできていた。
「さて、少し諏訪湖見てから別荘まで行こうか。」
そう言って、湖岸道路を少し流す。
丸っと一周するには少し時間がかかるので、少しだけ湖畔公園に寄っていくことにした。
「わー、湖だー!」
湖畔公園につくと、野乃花ちゃんがはしゃぎ始める。
確かに、自宅付近に湖がある環境というのは珍しいだろうから、テンションが上がるのも分かる。
いつも通りだなと、少し安心しながら様子を見ていた。
「昔は、家族で来たりしていたんですよ。」
「昔は…か…。」
少しだけ、凜の事を思い出してしまう。
その様子を見て気が付いたのか、澪が慌ててフォローしてきた。
「あ、中学生にもなると、そういったことって減ってきたんです…。」
「まぁ、反抗期もあっただろうしな。」
気を遣われたことに気づいてしまい、少し澪をからかってみる。
それに気が付いたのか、澪が頬を膨らませて抗議してきた。
そうして、少しだけ自然に触れあってから、再度、別荘への道を進んだ。
—— 諏訪という土地は、思い出と新しい出会いが、静かに重なり始めていた。
第83話「湖畔」を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は移動回ということもあり、いつも以上に「日常」を意識して描いてみました。
大阪編では世界観や神話など大きな出来事が続きましたが、そういった出来事を受け止めるためにも、彼らが笑い合い、映画を見て、お菓子を買って、旅を楽しむ時間は必要だったように思います。
今回から舞台は諏訪へ移ります。
諏訪大社、建御名方神、そして土地そのものが持つ歴史や空気。
これまでとは少し違った視点から、日本という土地の魅力や神話の世界に触れていければと思っています。
次回はいよいよ別荘へ到着。
静かな避暑地での十日間が、どのような物語へ繋がっていくのか。
引き続き、お付き合いいただけると嬉しいです。




